第5話 夏の大三角形

 肝試しを終えた後、参加した全員で近くの漁港の堤防に移動した。


 対岸の砂浜で花火大会が行われている。


 ひゅー、とん。ぱらぱらぱら……


 赤、黄、緑。色とりどりの花が夜空に開き、少し遅れて音が届く。

 海から吹く風にしょうえんの匂いが混じっている。


 咲の前髪がふわりと揺れた。


 その横顔に見とれている自分に気づき、涼介が慌てて目を逸らす。


 そういう一瞬の仕草に美羽は気づいている。


「咲ー」

 と言って、隣に座っている咲の手を握った。


「ん?」

 と咲が美羽に顔を向ける。


 この恋敵は大切な親友でもある。

 美羽は握っている手にギュッと力を込めた。


「綺麗だね、花火」

「うん」


 ひゅー、とん。ぱらぱらぱら……


 不器用な3人の背中を、陽平が一人、壁に寄りかかって見ていた。


 プシッ、と缶ジュースのプルトップを開ける。

 冷たいスポーツドリンクをゴクゴクと喉に流し込む。


(クソ、女々しいぞ、俺。素直に応援してやれ)


 花火の消えた夜空に星がまたたく。


 ベガ、デネブ、アルタイル――夏の大三角形だ。微妙な均衡を保つ星々が、手を伸ばせば届きそうな、しかし、届かない遠さできらめいている。


「田中」

 と涼介が隣に座っている秀一に声をかけた。


「真田です」


「お前、なんか雰囲気が変わったな」

「えっ、そそそ、そうですか?」


 秀一の胸に、香苗の体の感触が残っている。


「何かあったのか?」

 

 らちな妄想を消すように、秀一はギュッと目を閉じた。


 ひゅー、とん。ぱらぱらぱら……


 夏の終わりを告げるように、光の果実が弾けて消える。


 秀一は目を開けて、笑顔で答えた。


「何もなかったです」


「そうか」


 涼介は再び夜空に目をやった。

 夏の大三角形を反転させた、その頂点のあたりに、北極星がある。


 一際強い光を放つその星を、藤堂有里も見ていた。


 有里は天童豪太に憧れている。


(あの人は今、どこで何をしているだろう?)


 北極星を見上げてそう思うことが、夜の習慣のようになっている。


 ひゅー、とん。ぱらぱらぱら……


 海を渡ってきた涼しい風が、Tシャツからのぞく腕をでていく。


 有里の隣で、香苗は自分の体を抱くように、無意識に両腕をさすっていた。

 泣いてしまった後で、心が軽くなっている。


(秋からまた頑張ろう)


 と思った。


 今、隣に居てほしい人に寄りかかるように、小首をコトンと傾ける。


 その仕草に秀一は気づいていなかった。




   (完)


——————————


 最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


 この話は、秀一を主人公とする青春編の第四章「田中、日本一の兵」のスピンオフとして書こうとしていたんですが、夏が終わってしまうので、順番を入れ替えました(森陽平、相馬香苗というキャラは第四章で重要な役割を担います)。


『美少女剣士と野獣 ~幕末坂高校剣道部・青春編』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884770026


 咲と涼介が出会う話は第一章で、美羽が涼介に惚れる話は第二章で書いています。藤堂有里が豪太に憧れる話は、第三章で書く予定です。


 青春編の連載を挟み、幕末編の連載も再開できればと思っています。


『チェスト!幕末坂高校剣道部』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884728921


 またよろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オバケトンネルの怪 純太 @jun_al25

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ