ことば、天才、そして蝶

  • ★★★ Excellent!!!

ぼくは常々、人間は物質の世界とは別に、ことばの世界を(自覚する・しないを問わず)生きているなあ、と思っているのですが、そのことをつくづく実感させられるような小説でした。ことばに魅せられ、ことばの限界に苦しみ、だからこそ、その限界の向こう側に飛翔しようとしたひとりの人間の物語。その物語を語るのが、その人物の最も親しい友人であるのは、まったく当然のことでしょう。天才を天才としてあるがままに描くのは、事実上不可能です。なぜなら、天才は本質的に理解不可能なものですから。おもてに現れたものは何とかわかっても、その裏にある精神まではわかりきることはできない。だからこそ、天才は間接的に描かれるしかないのです。

そう、羽生犀星という人物を完全に描写することは、誰にもできない。そういう人物として象られていますからね。主人公氏は、そのことをよくわかっている(当然作者自身も)。天才は完全に描写しえない。だからこそ、羽生犀星は死なねばならなかったし、その詩集は焼かれなければならない。描きえないものを描かないことで、逆説的にその素晴らしさを十全に伝えることができますから。

それにしても、モチーフとして蝶を選んだことは、つくづくこの物語に似合っていると思ったことですよ。古来より、蝶は魂を運ぶものだといわれています。だからこそ、羽生犀星は、自身の詩人としての生命を賭けた一作のモチーフに蝶を選んだのだし、そしてまた、その詩集が炎の中で昇華されることで、自身も蝶に化身したのだろうなあ、と思うのです。このあたり、作者がしっかりとモチーフを意識し、それを巧みに乗りこなしているのがよくわかりますし、その腕前にしみじみ敬服するわけです。

総じて、しみじみと美しく、また「天才」というものについてよく捉えた、優れた幻想小説だと思います。幻想を、詩を愛する人なら、これを読まない手はないというものですよ。

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