エピローグ 最強の屍
「……ふん。かような小娘に、儂の存在を全否定されようとはな」
誰もいない深夜の公葬地で、儂は一人呟いた。
まるで世界など最初から存在しなかったかのような静けさだった。微かな風の音も虫の鳴き声も、どこかに消えてしまった。星の瞬く音が聴こえそうなほどに、静かな静かな夜だった。
先ほどまで腰かけていた墓石に、正面から向き合う。
そして病人のように白い手を、墓石にすっと添えた。
「……娘に引導を渡してやるつもりで祖国帰りしてみれば、孫の方が先にくたばっているとはな。事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったもんじゃな」
手を引き寄せて、ゆっくりと目を瞑る。
――現実逃避が好きな一族だと、奴は言っていた。
それは、中々的を得ていると思った。
父親は現実逃避の末に自殺し、母親は意識だけが現実から遠ざかり、そして祖母は物理的に距離を置くことで現実から離れた。
そのように見えていても仕方がない。
在原 悠にとって、家族は全く家族らしい機能をしなかった。
それどころか、ただの重荷だった。子供が一人で背負うには、あまりにも重すぎる課題だった。
歪んでしまっても、仕方がないと思えるほどに。
「罪滅ぼし、というわけでもないんじゃがな。奴の苦労も、永遠の命と引き換えならばこそ報われると思っておったが……」
どうやら、そういうわけでもないらしい。
だとすれば――
だとすれば、自分は今まで何をしてきたのだろう?
現実逃避の果てに家族を捨て、国を捨て。
人間であることを捨て、魔術に手を染め、挙句の果てに、最強の屍にまで成り果てたというのに。
救うべき人間など、誰一人として居ない。
みんなどこかに行ってしまった。
「儂は……儂は一体、何がしたかったんじゃろうな」
その問いかけに、答える声はない。
星の瞬きすら聞こえそうなほどに静かな、静かな夜だった。
儂はもう、死ぬことすらも許されない。
この先どうすればいいのか、誰も教えてくれはしない。
君のいない夏と、最強の屍と 神崎 ひなた @kannzakihinata
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