ありったけの

由海(ゆうみ)

You better

 苦しい恋は嫌い。

 切ない想いも嫌い。

 悲しい結末は、もっと嫌い。


 だから、この恋がいつ終わっても大丈夫なように、準備を重ねてきた。

 あの人にのめり込んで自分を忘れてしまわないように。あの人の存在が世界の中心にならないように。


 遠距離恋愛なんて、苦しいだけ。

 そばに居て欲しい人が、そばに居ない。

 抱きしめて欲しい時に、抱きしめてもくれない。

 一緒に過ごす時間より、離れている時間の方が圧倒的に長い。

 物理的に埋められない距離に、心の距離までむしばまれる。

 『もっと楽な恋をすれば良いのに』とか、『もっと近くにいる男性ひとを選べば良いのに』とか。そんなこと、言われなくても分かってる。


 だから、最後にあの人が振り向いてくれなかったなら……今日こそ、この恋を終わらせよう。




「ごめん、あと5分しかない。もう行かなきゃ」

 そう言って別れの口づけを交わすと、あの人は空港の保安検査場の長い列に並んだ。私が見送る場所からは後ろ姿しか見えないけれど、人混みが大の苦手な人だから、心の中で苛立ちながら、なんとか平常心を保とうと顔を引きつらせているに違いない。


 ようやく金属探知機のゲートをくぐり抜けたあの人が、検査を終えた手荷物を手にすると、真っ直ぐ搭乗口に向かって歩き出した。


 こちらを振り向きもせずに。

 


 その姿を、遠くからぼんやりと見つめ続けた。

 これで終わり。こんなにも呆気なく……そう思うと、身体中の力が抜けた。










 ふと、あの人が足を止めてこちらを振り返った。

 その唇が、ゆっくりと『愛してるLove you』の二文字を形作る。








 ──ああ、もう!


 心の中で思わず叫んだ。


 ──どうして、このタイミングで振り向いたりするのよ!


 声を出したら、泣き出しそうだったから。


 思いと裏腹に、子供のように鼻の頭にしわを寄せて、べえっと舌を突き出す私を見て、可笑おかしそうに肩を震わせながら手を振るあの人が、ゲート越しから完全に見えなくなった。


 


 お互いを想いながら、次に逢える時を指折り数えて待ち続ける。

 その時間は、例えるなら、恋に溺れて盲目にならないための冷却装置。お互いの「嫌い」を見つめ合い、少しずつ「好き」に変えていくための準備期間。自分を見失わずに、自分自身であり続けるための休息時間。


 一人の時間を楽しめるから、二人の時間がもっと楽しくなる。

 一人で生きていくだけの強さは持ち合わせているけれど、あの人と共に歩む人生の方がもっと強くなれる気がするから。


 いつの日か、照れ隠しの『Like you大好き』ではなく、面と向かって『Love you愛してる』と言ってみよう。ちょっと恥ずかしそうに苦笑いしながら『You betterそうじゃないと、困る』と応えるあの人の傍らに、ずっと居たいから。

 

 

 今日も遠い空の下にいるあの人に、ありったけの想いを馳せる。

 私とあの人の恋は、まだ終わらない。

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ありったけの 由海(ゆうみ) @ahirun

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