特別篇 そして物語は続く
余談がある。
ある日の打ち合わせにて、京太郎くんはいつになく落ち込んだ表情だった。
どうもここのところ、仕事がうまく進んでいないらしい。
私はにやりと笑って、彼にこう言ってやった。
「何に困っているか、――当ててあげましょうか?」
「?」
「人間関係。……特に、女、だ」
すると京太郎くんは、困ったように笑って、
「……よくごぞんじで」
「閉鎖空間で男女が暮らしているのだから、何も起こらないはずはない。そういう問題が出てくるのはわかっていました」
「それなら、もっとはやくあなたに相談しておくべきだったかな」
私は得意になって、
「さらに当ててあげましょう。……きっと問題を起こしたのはその、ルーネ・アーキテクトとかいう娘じゃありませんか?」
「――いや。彼女は大人しいものです」
「えっ。……では、例の娼婦の……」
「お吉は美人ですが、どうも……私の個人的な情婦を公言しているらしく、誰にも手をつけられていないようです。私は一度たりとも手を出した覚えはないのですが」
「ふうむ。では、ソフィア? 彼女は確か、ステラに関心が、――」
「いえ。私の知る限り、それもないですね」
では、誰だろう?
その時の私は、ちょうど物語全体の下書きが終わったばかり。主だった人間関係は把握しているつもりだった。
「となると、他に問題を起こしそうな者はいないはずだが……」
「まあ、その一件はまた、次の機会にお話ししましょう。実を言うとそれは、大した問題じゃないんです」
「そうなんですか」
「ええ。……もっと大きなトラブルで。……実を言うと、あれからちょっとした事故が起こって、船が遭難してしまったんですよ」
「ほう」
「それそのものは『ルールブック』の力でなんなく切り抜けることができたのですが、予定の航路が進めないことがわかって、仕方なく近場にある島に錨をおろすことが決まって……そこで我々は、その島国の政治問題に巻き込まれてしまうのです」
「政治、ですか」
「ええ。――その島ではどうも、卵の殻の正しいむきかたに関する議論で、長年に渡って殺し合いを続けているハーフリングの国だったのです」
「ハーフリング……というのは、たしか、普通の人より身体の小さい……」
「ええ。妖精の一種です」
「ふうん」
私はその時点でぴんときていた。
小説を書くに当たって、一つだけずっと疑問に思っていたことがある。
グラブダブドリップ。
ラグナグ王国。
バルニバービ。
ラピュータ。
ニホンと、ザモスキ。
”アドベンチャー号”というのは確か、”彼”が最後に船長を務めた船だったはず。
――全て、『ガリバー旅行記』にも登場するワードである。
それに関して、不思議と京太郎くんはただの一度も触れていない。
彼がその事実に気付いていないのか、気付いているのに気付いていないふりをしているのか、正直、未だに良くわかっていないところがある。
とはいえこれも、彼が時々口にする、”まったくの偶然”なのかもしれない。
全ての真実は、――いずれ、彼が自然と語ってくれる機会を待つとしよう。
「その国の名前、当ててみせましょうか」
「?」
「リリパット、だ」
すると京太郎くんは目を丸くして、
「夕也さん、――あなたも”WORLD0147”を旅したことが?」
【第一部 完】
32歳、《ルールブック》片手に異世界救世紀行 蒼蟲夕也 @aomushi
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