第12話 思い出の味

 話はよくある内容だった。


 3つあるおはぎのうち、フミさんが作ったものを当てろということだ。


 練り上げられた餡の甘い香りが漂う。しかし、場はそんな雰囲気ではなく、どちらかというと張り詰めた空気が占めていた。




「おっし、タヌキさん、ここは潔く爆死しろ!」


 いつの間にか現れたこころが俺を煽る。フミさんは信頼しきった笑みを俺に向けてくる。


「大丈夫ですよ。始さんがうちに通い詰めた日々を考えたら、ねえ」


 フミさん、笑顔でプレッシャーをかけないで頂きたい。緊張感で味がわからなくなりそうだ。


「まあまあ、大丈夫ですよ」


 三条さんもころころと笑っている。っていうか、店内には彼女たちスタッフだけでなく、常連客の学生やリーマンが集まっていた。


「あのタヌキが店長に振られる日がやってきたと聞いて」


「やってきました!」


 腕をガシッと組み合わせてポーズを決めてやがる。




「先輩! ファイトっす!」


 五木がどっからともなく現れて声援を送ってくれた。そしてこころに言い寄って肘鉄を食らう。しかし、こころは口元に笑みを浮かべていた。


 頑張れ五木、もう一押し、かも知れない。




 1,2,3と札が置かれた皿。コトリとお茶が置かれる。


「これで口直ししてくださいね」


 フミさんの笑顔は揺るがない。不安のかけらもない安心しきった笑みだ。


 そしてわずかにお茶に目配せを送っていた。




「では、試食開始だ!」


 お父さんがやたらハイテンションで宣言する。そしてなぜか見物に来ている常連客が沸く。


 声援というか、俺に対する罵声が飛ぶ。ふん、負け犬どもが。


 っていうか、やっぱフミさんもてるなあ。美人だもんなあ。けどもうこの人無しの人生って考えられないんだよな。絶対にあきらめられねえ。




「始めます!」


 宣言して1番のおはぎを一口食べる。……うん、おいしい。お餅は元々この店に置いてあったものだろう。粒あんの食感と、優しい甘さが口の中を満たす。


 お茶は濃いめの緑茶だ。ふわっとした香りと程よい苦みでおはぎの後味が綺麗にリセットされる。


 2番のおはぎを食べる。ん……? 1番との違いが判らない。


 頭の上にはてなマークを浮かべる俺にお父さんがニヤニヤと笑っている。


 何となくイラっとしつつ3番のおはぎを口にする。これもだ。




「全部同じじゃねえか!」


 口をついて出てきた言葉に場がどよめく。フミさんはなぜか苦笑していた。




「ふふふ、小手調べは見事突破したようだな」


「これってあれか? 違うものがありますってブラフ入れて、一つだけ選んだら不正解ってこと?」


「はっはっはっは」


 笑ってごまかしやがった。まあ、変にこじつけて不正解扱いされなかっただけよしとしようか。




 そして改めて二つのおはぎが置かれる。こしあんと粒あんだ。




「食べてみればわかるが、材料は同じでも味付けは違う。違うということはわかってもどちらがフミの作ったものか、当てて見せよ!」


 うん、この人ただの和菓子屋の店主だよね。なのになんでこんな芝居がかったセリフ回しなんだろう。


 なんかよくわからないけど、ギャラリーたちはやたら盛り上がっており、店の前には人だかりができている。




「はい、こちらがいまイベントで食べ比べているおはぎです! 店長が手ずからいれた緑茶とセットで五百円です! 先着順! 早い者勝ち! て、うわわわわ!?」


 こころが群衆に囲まれた。次から次と繰り出される小銭や札を三条さんが手早くさばき、フミさんが笑顔でおはぎとお茶を渡している。


 その背後ではお母さんが手元が見えないほどの速度でおはぎをパック詰めしていた。




「ふおおおおお! うめえ!」「店長のお茶……はああああ」「あまーーーーい!」


 なんだろう、そろそろ警察でも出てきそうだな。凄まじくカオスな状況になっている。というか、俺がフミさんにご両親にご挨拶をするって言うはずが、なんでこんなイベントになってるんだろう??




 意を決してまずこしあんのおはぎを食べる。……何だろう、さっきのおはぎもおいしかったが、これは別格のおいしさだった。甘いことは甘いのだが、それが上品に感じられるぎりぎりの上限を見切っている、そんな感じだった。


 お茶を一口飲んで、もう一つの粒あんの方を食べる。とても甘かった。心地よい甘みが口に広がる。餡の食感とお餅の食感が相まって、これもおいしい。


 美味しさとしてはどちらが上かの甲乙はつけがたい。ただ、お菓子としては……こしあんの方だろうか。そして俺個人の好みとしては粒あんの方だ。


 味の好みで選ぶわけにもいかず、俺は進退窮まった。




 ふと視線を感じる。いつの間にか見物客は俺の方をじっと見ていた。そんな中フミさんは俺がついているテーブルまでやってきた。


「お茶、お替りいかがですか?」


「あ、ありがと」


 お盆から湯呑がテーブルの上に置かれる。ふわっとした香りが立ち上る。ん? これは……?


 少しいたずらっぽい笑みを浮かべてフミさんは元の場所に戻った。一口お茶を飲むと……やっぱりそうだ。あの時の!


 そもそもなぜに甘さが違うのか? 同じ材料を使っているのに。隠し味が違うのだ。




 俺は粒あんの方の皿を掲げた。


「こっちがフミさんの作ったものです!」


 どよめきが観衆から伝わってくる。そして静かになった。その静寂を打ち破るかのようにお父さんがいい笑顔でサムズアップしていた。




「始さん!」


 フミさんがすっ飛んできて俺に抱き着く。


「合格!」


 お父さんの宣言に観衆が歓声を上げていた。

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