第10話 幸せの甘さ
「すいません、始さん。ちょっとご相談が……」
いつものように喫茶店で昼飯を食べているとフミさんが声をかけてきた。
「どうしました?」
「ええ、ちょっと……」
とりあえず食後のお茶を一口すする。デザートはプリンで、きっちりと蒸して作られている本格派だ。
カラメルの甘みをスッキリと洗い流してくれる。
「今度の定休日にですね、父に会っていただきたいんです」
その一言に店内の各所から声にならない悲鳴が聞こえてきた気がした。
そして俺はあまりの唐突さに、お茶を飲み干した後で良かったと思っていた。確実に粗相していただろう。ぶばって。
なぜか泣きながら勘定を済まして出て行く野郎どもをこころが生暖かい目線で見送る。
そんな中、俺は奥まったパーティションで区切られたテーブルに引っ張り込まれ、フミさんから事情を聴いていた。
「お見合いの話、したじゃないですか」
「そうですね。お断りするって話まで聞いてましたが」
でないと俺も彼女と付き合えないしな。今更なかったことにってなったら、俺は近所にある自殺の名所に足を運ぶだろう。
「ええ、そうなんです。結婚を考えている人がいますのでって言ったんですよ」
うん、お付き合いしている人がいるじゃなくて、一足飛びに結婚相手ですか。やべえ、顔が赤くなる。ってよく見るとフミさんも耳とか首まで真っ赤だ。なんて可愛いんだろう。それで美人で料理もうまいとか、幸せになる未来しか見えねえ。
「えーと、まだ俺プロポーズしてないですよね?」
「ごめんなさい、わたしも浮かれてまして……」
「うん、この件は後日改めてってことで」
「は、はい、楽しみにしています」
あれ? これ改めて結婚申し込むって流れ? ……まあ、いいか。ものすごくいい笑顔だし。
「それで、ですね。父がその相手を見極めると言い出しまして、お見合いの相手を引き連れてこっちに来ると」
「んー、そこで認めてもらわないといけないってことです?」
「父の言い分はそうですけどね。わたし結婚相手は自分で決めたいんですよね」
そう言いつつ俺の方をじっと見つめてくる。うん、愛が重い。けどその重さが心地よいってくらいには俺はこの人に惚れ込んでいるんだろう。
「……万が一、認めてもらえなかったら? 俺、しがないサラリーマンですし、実家も伝統とかそういったものは一切ない家柄ですよ?」
「結婚は家同士のつながりって部分は理解はできるんですけど、今時家のために個人の感情押し殺してってないでしょう?」
「そこは同意します」
「なので、結局、私たちの気持ち次第なんですよね」
「そうですね。そう思います」
「わかってくれて嬉しいです!」
そう言って俺の手をテーブル越しにぎゅっと握ってきた。すべすべでちょっとひんやりしてて、飲食店やってるとは思えないくらい奇麗な手だ。
後で聞いたら、乙女の嗜みですと笑顔で言われた。いろいろケアが大変らしい。
ちょっと冷え性気味なんですよねーとか言われたので、冬場には手袋でもプレゼントしようか。などと半年ほど先のことを少し先走って考える。
いろいろ打ち合わせをした結果、フミさんのお父さんが来るのは10日後らしく、次の俺の休日に一度出かけることにした。付け焼刃だが、それっぽく見せるための買い物もしないといけない。
なんというか、あさましい独占欲だけど、この人に俺があげたものを身に着けてもらいたい。そうすることで、ほかの野郎どもに手を出すなって主張したい。
指輪はさすがに先走りすぎだろって思ったので、シルバーのチェーンのネックレスを贈ることにした。
営業ついでに、あらかじめ下見に来ていたことは内緒だ。彼女が少し席を外したすきに、あらかじめ予約しておいた商品を受け取る。
売り子のお姉さんの笑顔が意味ありげで、なぜかサムズアップされた。
会計を済ましたあたりでフミさんが戻ってくる。俺の手にある箱に目を奪われる様がありありと分かった。
箱の形状から指輪ではないとすぐに理解したようだが、それでも初めての恋人っぽいプレゼントに幸せそうな笑顔を浮かべる。
「開けていいですか?」
「もちろんです」
箱から出てきたネックレスを目を細めて眺め、俺に差し出してきた。
「着けて、くれますか?」
こわごわとフミさんの後ろからチェーンを回し、首の後ろで止める。
振り返ったフミさんは晴れやかな笑顔を浮かべて俺を見つめてくる。
「似合って、ます?」
「………………」
売り子のお姉さんがツンっと俺をつつく。それで我に返った。
「とても、きれいです」
惚けたような俺の表情に少し満足げな笑みを浮かべたフミさんは一言ちくっと針を刺してきた。
「指輪は今度の楽しみにしていますね」
うん、読まれてるわ。ころころ笑う彼女を見て、少し苦笑いを浮かべた。
ショッピングセンターのフードコートでソフトクリームを幸せそうな笑顔で舐める姿にこちらも頬が緩む。
「うーん、意外にこういうところでも侮れませんねえ」
「なめらか、ですよねえ。昔はもっとじゃりじゃりしてたような」
「空気の混ぜ方と凍らせ方がポイントなんですよ。けど、これ元のミルクとかお砂糖もいいもの使ってるんですねえ」
「ですね。ちょっと高いかなって思ったけど、この味とボリュームなら良心的ですよ」
そして同じく隣の店で買ったフライドポテトをつまむ。
甘さとしょっぱさが交互に味を引き立て、やめられない止まらない。帰り際にPOPをみると、産地直送のミルクとのことだった。
同じミルクを使ったプリンがあるとのことで、喫茶店のメンバーにお土産で買って行くことにした。
「んー、器が綺麗ですよね」
厚手のガラスの入れ物はプリンを食べた後も洗って使えそうだ。デザインもシンプルで、食器として普通に使えそうではある。
そして案の定というか、待ちきれずに車の中で嬉々としてプリンを取り出すフミさん。
「あー、だから数が多かったわけですな」
「んふふふふー」
すごく嬉しそうだ。そしてプリンを一口すくってパクッとやった瞬間、フミさんの表情が蕩けた。
「ふわああああああああ!」
信号待ちだが思わず首ごとフミさんの方を向く。
すると間髪入れずに俺の口にスプーンがねじ込まれた。
なんといえばいいのか、豆腐? ふわっと甘みを残してプリンがとけた。この食感の秘訣は何だろう? 甘さは何度も味わったことがある味だった。
後日聞いたところ、有名な和菓子の老舗が作っていたらしい。
「これ、和三盆?」
「ええ、さすがです。お取り寄せグルメ並みのお値段ですけど、納得のお値段ですよね!」
そう言ってほほ笑む彼女の首元には、俺が贈ったネックレスが光っていた。
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