第8話 大事な話をするときは周りにも気を配りましょう
「うちの実家って、ちょっと老舗の和菓子屋なんですよ」
「へえ。そうなんですか」
とりあえず話の内容をまとめると、店長には妹が一人いるだけらしい。それで実家を継がないといけないということだった。
けど、自分は喫茶店を続けたい。かといって妹に押し付けるのも気が引ける。
そして、ついに強硬手段に出て来たらしい。
「お見合いの話を持ってこられまして、困っているんです」
「……そう、なんですか」
「ええ、以前は仕方ないなあって思ってたんですよね。けど、今は……すごく、いやで」
「なぜ?」
「わかりません。けど、なんだかすごく嫌なんです。よく知らない人と結婚するって考えると」
「結婚自体が嫌なんですか?」
「そういうわけじゃないです。わたしもお嫁さんには人並みに憧れがあるので」
「相手の方のことは、まるっきり知らない人?」
「そう、ですね。少なくとも会ったことはありません。うちの実家とかかわりがある方のようですけど」
そういうと店長はバッグから釣り書きを取り出した。写真もあるらしい。
「この方なんですけど……」
「これって僕が見てもいいんですか?」
「本来はまずいんでしょうけど……見て、いただけます?」
うん、ちょっとうるんだ目でそんなこと言われて断れるやつがいるなら見てみたいもんだ。
言われるままに釣り書きに目を通す。年は……俺と同じか。経歴は、比べ物にならないな。いいところの学校を出て学位あり。で、実家もお金持ちっぽい感じだ。
写真にはさわやかなイケメンがさわやかな笑みを浮かべていた。
身長も高い。すらっとしている。上背はあるが、ごつい俺とは外見上も比較にならん。どっちか選べって言われたら、そりゃあっち選ぶよねってくらい、罰ゲームのような比較だった。
「うん、いい人じゃ、ないんですかねえ」
「そう、思いますか……?」
「ええ、経歴も立派ですし、見た目も、まあかっこいいと思います」
その感想の後、事件は起きた。
店長がぽろぽろと泣き始めたのだ。
「うぇ!? ちょっと、どうしたんですか?」
「う、う、ふえええええええええええええん」
俺の胸元に店長が飛び込んで来た。そのまま顔を薄めて泣きじゃくる。
俺は処理能力を超える事態に固まってしまっていた。
すると、六道さんがジェスチャーで「抱きしめろ」と言ってくる。俺はますます混乱したが、さすがにそれはまずいと思って、ゆっくりと頭を撫でてみた。
店長の髪はまっすぐで、艶やかで、なんか良い匂いがした。時折背中をポンポンと軽くたたくと、徐々に落ち着いてきたようだ。
六道さんの手元にホワイトボードがあった。そこには「ヘタレ」の文字が書かれている。笑顔で毒を吐く彼に対して俺はひどく脱力した。
「えと、ごめんなさい。取り乱してしまって」
「いえ、こちらこそ。無神経なことを……」
「それでですね。一つ分かったことがあるんです」
「なんでしょう?」
「わたし、やっぱりこのお見合いが嫌です」
「結婚したくないと?」
「いいえ、結婚はしたいです」
もはや何が何やら状態だった。いったいこの人はどうしたいんだろう?
「なので、お見合いを断るお手伝い、お願いできませんか?」
「はい、喜んで!」
なんで俺は即答してるんだろうか? けど、すごく魅力的な笑顔でお願いされて、俺に断るという選択肢はなかった。
それに、もしかしたらとも思っていたんだ。
「では、実家に連絡しますね」
「はい、ってえ?」
その場で電話を取り出し、おそらく実家と思われる相手にかけはじめる。なんか、それまでの悩んでいたそぶりが嘘のようだ。普段通り、いや、それ以上に生き生きしている。
「あ、フミです。お父様は? ええ、お願いします」
どことなく決意を込めたような表情に見えた。けど、何かゆるぎない意志も見て取れる。
そして気づいた。家族との電話で、横で盗み聞きするような位置関係だと。思わず腰を浮かせかけるが、がしっと肩を掴まれる。
そのままいてくださいと唇だけを動かして告げられ、とりあえずそのまま座った。
「あ、お父様? ええ、お見合いの件ですけど、お断りします」
そのきっぱりと告げた言葉に一瞬唖然としてしまう。電話越しに何やら怒号のようなものが聞こえ、店長も電話を耳から離して受け流しているようだった。
「大丈夫なんですか?」
小声で訊ねると、やたらイイ笑顔で「お任せくださいな」と自信たっぷりに答えてきた。
「というかですね、わたし、好きな人がいるんです。結婚するならその方以外とは考えられません!」
再び電話から怒号が聞こえる。殺気すら籠っているようだった。って?! 好きな人? え?
爆弾発言に再び混乱する。それってあれか、偽装の恋人を装ってお見合いを断るつもりか。けどそれってまずくないか? 俺はいいけど店長の信用とか。
って、俺はいい? うん、今更だけど俺、この人のこと好きだわ。だから偽装ってことに少し胸が痛んだ。
「というわけで、今度ご紹介に上がりますので。はい。許さん? いい大人になったのです。結婚相手は自分で見つけます!」
そう宣言して電話を切り、さらにその場で電源を切っていた。
「あのー、とりあえず、お伝えしたいことがあるんですがいいですか?」
「はい、ってごめんなさい。ワタヌキさんのご都合も聞かず……」
「いえ、事情は大体把握しました。で……うん、まどろっこしい!」
ガシッと彼女の肩を掴むと、俺はイケメンと自己暗示をかけ、なるべくキリッとした表情を心掛けて彼女の目を見つめる。
「……あの?」
「ニノマエフミさん。俺はあなたのことが好きです。どうか結婚前提でお付き合いをお願いします!」
うん、ムードもへったくれもねえ。けど、ここで勢いに任せないと絶対にヘタレる。けどここでヘタレたら一生後悔する。その確信があった。
「はい、嬉しいです」
と言った瞬間目の前に彼女の顔がいっぱいになり、なんか温かい感触が唇からしていた。
「「ヒューーーーーー!!」」
「あっついねえ!」
「結婚しろー!」
「リア充爆発しろ!」
うん、ここが店の前で、しかも人気店だからお客さんも多い。ジェラートを求めて行列中の皆様の前で、公開告白とかどんな罰ゲームですか?
状況に気付いた俺は多分ゆでだこレベルの赤さだっただろう。そして彼女、フミさんも同じで、俺の胸元に顔をうずめて身動き一つしない。
というか、告白直後にチューとかどうなんですかね? と現実逃避した思考をしていたが、それでさらに顔に血が上る。
「ぱぱぱぱーん、ぱぱぱぱーん、ぱぱぱぱん、ぱぱぱぱん」
調子はずれのウェディングマーチを口ずさみながら六道さんがちょっと大きめのボウルに盛ったジェラートを出してくれた。ご丁寧にスプーンも二本刺さっている。
「あっついんで冷却してきなー。あ、みなさん。なんかめでたいんで、皆さんもどうぞ! 僕のおごりです!」
大皿に12種類のジェラートを盛り付けてテーブルにどさっと置いて行く。そこに行列していた皆さんがわっと群がり、スプーンに手を伸ばす。
なんか「おめでとう」とかいろいろ言われたがこっちもてんぱっていてよく覚えていない。ただ、スプーンは自分にじゃなくて、相手に食べさせるために使えと六道さんに言われ、再びそろって顔を真っ赤にする羽目になった。
あ、なんかコンテストに出す予定の試作品だったそうで、後日六道さんは世界でも権威のあるコンテストで金賞を受賞したそうだ。
帰りの車の中で、今後の事を話しあった。というかフミさんの実家は京都らしい。実家へ行く日取りを決め、仕事の調整を約束した。
「えっと、すいません、いろいろとやらかしてしまいました」
「いえいえ、こちらこそ、ですよ。うちの実家のごたごたに巻き込んでしまって……」
「うん、それ、もうやめよ。普通の口調で行かない?」
「はい……じゃなくて、うん、わかった」
「うん、その方が俺も気楽だからさ。で、改めてですが、今後ともよろしくお願いします」
「え、あの、その、こちらこそお願いします。わたしたまにポンコツになるので」
「うん、知ってる。そんなとこも好き」
「ふぁっ!? えと、あの、その。嬉しい、です」
こうして、俺と彼女の関係は変わった。お互い一歩踏み込んで、勇気を振り絞った結果だ。とりあえず、周りが見えなくなる癖は良くないと反省するのだった。
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