第4話 水分補給は大事です&パンケーキのソフトクリームのせ

「今日の最高気温は38度です。不要不急の外出は控え、体調管理に気を付けてください。水分の摂取は怠りなく……」


 天気予報を聞いて気分がだるくなる。新規顧客を取るのはある意味不要不急ではないかもしれんけど、テレアポでもいいと思うんだ。


 しかし老害上司は直接顔を合わせろと言う。メールは信用ならんと郵便を使う。昭和かよ。




「異常気象ってか。体温越えてるもんな……」


 こんな日に外回りかよ。とぼやくも、誰も返事はしてこない。ある意味共通認識だからか。


 クールビズはかろうじて認めさせた。「上着無しとかありえない」とほざくぼけ老人に引導を渡したくなるが、とりあえず無視して外に出る。


 あらかじめ電話で交渉していた店を回り資料を配布した。


「これ電子データ化してメールでいいんじゃないですか?」


「ですよねえ? それでよろしければそうさせていただきますが」


「暑い中ご苦労様です」


 氷を浮かべた麦茶を差し出され、喜んでいただく。うまい……んだが何か一味足りない。ってあたりで俺はいつもの場所を思い浮かべる。




 昼休みの時間帯、喫茶店のある商店街入り口で後輩と待ち合わせる。


「あ、ワタヌキ先輩、おつかれさまでっす」


「おう、五木。何軒回れた?」


 俺の3年後輩の五木宗次郎だ。すらっとした体格だが空手の段持ちだったりする。


 警備会社という都合上なんかの心得があるべきというが、営業に武力を要求するか? 普通。




「門前払いは数えたくないっす。飛び込みって辛いですねえ……」


 げんなりした表情を浮かべる。まあ、慣れだ、慣れ。


「うむ、わかるぞ。で、昼どうする?」


「あんま食欲ないっす」


「ばてても食わんと体壊すぞ?」


「ですよねえ……けどあんま冷たいものばっか食べてると腹の調子がおかしくなりまして」


「そうだな、んじゃいいところがあるからついて来い」


「やった! 先輩のおごりですね?」


「そうだな、午後からの外回り俺の分もやってくれるならな」


「ぐふっ……それは勘弁願いたいっす」


 ちょっと顔色が悪く見えたので、バッグからペットボトルを取り出して渡す。




「先輩、これ封が開いてますよ?」


「安心しろ、飲みかけじゃない」


「ん、たしかに。もらっていいんですか?」


「飲んでみろ」


 五木はペットボトルを開け直接口を突けて飲む。


「プハー、うまいっすね。ミネラルウォーターじゃなくて? なんか味が付いてます」


「うん、だいぶやばいな。これも舐めとけ」


 塩飴を含ませる。脱水寸前だな。


「うお、しょっぱ! けどうまい!」


「お前、天気予報見たか?」


「ええ、晴れって言ってましたね。少しくらい曇ってもいいと思うんです」


「ちげー、気温見たのか?」


「見ると余計暑くなりそうで……」


「ボケ! お前今脱水症状起しかけだぞ?」


「ふぇ!?」


「経口補水液に味がするってことはそういうことだ」


「あー、そういえば……お茶飲んでたんですけどねえ」


「お茶じゃ電解質が補給できんだろ?」


「塩分、ミネラルってやつですか」


「そういうこった。少し休むぞ」


「へい、あざっす!」




 カランコロンとドアベルを鳴らし空調の効いた店内に足を踏み入れる。




「いらっしゃいませーってワタヌキさん。今日も暑いですね」


「ええ、三条さんも脱水には気を付けてくださいね」


「あら、お気遣いありがとうございます」




 三条さんと話していると思い切りわき腹をつつかれた。


「先輩、あの子すっごくかわいいんですけど」


 小声で言うあたり未だこいつにもデリカシーと言うものがあったか。


「変なことすんなよ?」


「全力で取り繕います」


「正直者め」




「あ、タヌキさん。いらっしゃーい」


「ワタヌキだ。こころ、今日のおすすめ何?」


「んー、この前の試作品のかき氷が好評だけど……軽くお腹にたまるものがいいかな?」


「そうだなあ」


「じゃあ、パンケーキのセットに、これなんかどう?」


「へえ、いいね。んじゃそれ二人分頼む」


「かしこまりましたー」


 にっこりと笑みを浮かべて伝票を書くと、こころは軽やかな足取りで厨房に向かった。


「あ、すまん。勝手に決めちまったがいいよな?」


 五木は放心していた。目の前に手をかざしてもボケーっとしてやがる。


 とりあえず鼻をつまんでやった。ってあたりで我に返ったようだ。


「あ、すんません。あの子……いいっすね」


「おう、いいやつだぞ」


「って先輩、まさかあの子と……」


 なんか絶望的な表情を浮かべる。何勘違いしてやがんだ。


「ないない。こころはいい子だけどな」


「そうですか! わかりました!」


 やたらテンション上がってやがる。ってこれはあれか……伝説の一目惚れってやつか。


 なんかうつろな目でブツブツ言い始めた五木を放置して、午後から回る得意先の資料を確認することにした。




「お待たせしました」


 その声が聞こえた瞬間、反射的に顔を上げる。そこには俺のオアシス、ニノマエ店長の笑顔があった。


「いえ、今来たところです!」


「??」


 自分のセリフに、デートの待ち合わせかとセルフツッコミを入れたところで、天然砲が着弾した。


「まるで、デートの待ち合わせみたいですねー。うふふ」


「いや、あの、その、えーっと」


「あ、今日のおすすめです。パンケーキセットにところてんの黒蜜掛け。飲み物は塩サイダーです」


「お、おう。おいしそうだなー、あはははは」


「塩サイダーは海洋深層水を使ってるんですよ。そこにシロップといつものお塩を使ってます」


「なるほど。では……」


 グラスを持ち上げストローで吸い上げる。うん、汗かいてるからすごくしみわたる味だ。水がいいんだろうな。


「うん、うまい!」


「ありがとうございます」


 店長の笑顔に癒される。頬が緩む。そしてハタと気づいた。ふと目線を横にスライドさせるとものすごくいい笑顔をした五木がいた。


「……おごりでいいぞ」


「あざーっす!」




 パンケーキはふんわりしていてナイフがすっと入る。メープルシロップをほんの少しかけて口に入れるとふわっととろけた。シロップの甘さと生地のふんわり感が素晴らしい。


 スプーンでパンケーキの上にトッピングされているソフトクリームをすくう。これもおいしい。いつものジェラート屋から仕入れたらしい、生乳ソフトだ。


 ほんのり暖かいパンケーキとキュッと冷たいソフトクリームの取り合わせは最高だった。


「うま、なにこれうっま!」


 五木も下品にならないギリギリのところでがっついている。こっそりとこちらをうかがっていたこころがガッツポーズを決めていた。パンケーキは彼女の作品らしい。


「パンケーキ、さっきの二宮嬢が焼いたみたいだぞ」


「はんでふと!?」


「口にものを入れたまましゃべるな」


 むぐ!? とかなってるが知らん。サイダーの爽快感がたまらんな。


「彼女、料理もするんですか?」


「パンとかはこころが作ってるぞ?」


「へええええええ。すごいなあ。しかもすごくおいしいし」


 ってあたりで耳まで真っ赤になっているこころを発見した。


「あ、あう、えと……ありがとうございます」


 ってあたりでなんか五木の頭上に矢が突き刺さったハートマークを幻視した。夏なんだが秋と冬通り越して春が来てるんじゃねえか?




「あらあら、可愛らしいですねえ」


「全く、困ったもんです」


「けど、憧れますねえ。ああいうの」


「そうなんですか? なんかすごくモテてるイメージが」


「あら、お上手ですね。けど男の人に声かけられたことってほとんどないんですよ」


「え!?」


「皆さん驚かれるんですよねえ。なんでかなあ?」


 この人、自分がものすごい美人だって自覚無いのか!?


「いや、それは……」


「わたし、みなさんと仲良くしたいんですけどねえ」


「……じゃあ、今度の定休日、ちょっと出かけませんか?」


「え? いいんですか? せっかくのお休みなのに」


「知人から聞いたんですが、おいしいクレープの店があるらしいんです。偵察がてらどうです?」


「わあ、嬉しいです! じゃあ、お願いしますね」


 ぐっとガッツポーズを決める俺とサムズアップしてくる五木。そしてそっぽを向くこころ。小さく拍手をしてくるつばめ嬢。


 なんか生暖かい目線を感じたが気にしないことにした。

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