第11話 ご両親に挨拶を

 九月一日、約束の日がやってきた。残暑が俺を容赦なくあぶり出す。


 今では観光名所となっている、巨大なオブジェの前で俺とフミさんは立っていた。




「うう、暑いです……」


「大丈夫? はい、これ」


「ありがとうございます」


 半分凍らせたペットボトルのスポーツドリンクを渡す。半分中身を抜いて真横にして凍らせ、のちに中身を戻す。


 こうすれば飲みやすく、かつ冷えたままなのである。


 というか、暑いんだからそんなにくっついてるんじゃねえとか周りの目線を感じるがそんなの関係ねえ。俺たち二人の間には握りこぶし一つ分も隙間が開いていなかった。




「へえ、これいいですね」


「お、わかってくれた?」


「ええ、はちみつと少しお塩が入ってますね。レモンの香りで気分がすっきりです!」


「この前教わったレシピをちょっとアレンジしてみたんだ」


「これ、お店でも出せそうですね」


「おお、ほんと!? すげえ!」


 などと盛り上がっていると真横から咳払いの声が聞こえた。


 慌てて振り向くと、そこには和装に身を包んだ初老の男性と、同じく和服の女性。そしてその背後に控えるようにスーツ姿の男性がいた。




「あ、お父さん、お母さん」


 その一言に俺の緊張感は頂点に達した。ぶわっと別の意味で汗が噴き出す。固まってしまって言葉が出ない俺の手をフミさんがキュッと握り、背中をポンとたたいてくれた。


 ゆったりと自然な笑みを浮かべる彼女を見ると、気分が落ち着いてくる。


「初めまして。四月一日始と申します」


「ああ、私がフミの父と「母です」」


 なぜかご両親も手をつないでいた。さっきまで普通に立っていただけだと思ったんだけどな?


「ふん、お前らにはまだ年季が足りん!」


 お父さんは意味不明なことを言うとギロッと俺を睨みつけてきた。


「あらあら、あなた。意味不明ですわよ」


 はんなりとほほ笑むお母さんは、流れるような動きでお父さんのつま先を踏み抜く。はいていたのは下駄だったのであれは相当痛いだろう。「むぐっ!?」ッと悲鳴を噛み殺しながらむりやりにひきつった笑みを浮かべるお父さんからは、妙な哀愁が漂っていた。




 そんな中、忘れられていたスーツ姿の男性を思い出す。


「やあ、久しぶりだね」


「……お兄ちゃん!?」


「えっと……? フミさん、妹さんがいるだけじゃ?」


 疑問をぶつけるとすぐに事情を説明してくれた。この男性はフミさんの従兄弟にあたるらしい。老舗和菓子店の伝統を守るんだと、フミさんの伯父さんが気炎を上げているとかいう話を目の前の男性、一一郎(ニノマエイチロウ」)氏がかいつまんで話してくれた。




「にしても、綺麗になったね」


「んふー。女は好きな人ができると変わるんですよ」


 俺の腕にしがみついてドヤ顔で言い放つフミさん。可愛い。もうずっとこの体勢でよくね? などと湧いた頭で考える。腕に当たる感触はお互いの薄着と相まって素晴らしいボリューム感を伝えてきていた。




「くっ!」


 なぜか悔しそうな顔をしたお父さんがお母さんに目線を送ると、やれやれという表情をしたお母さんがすすすとお父さんに寄り添う。


 そしてフンスとドヤ顔をこちらに向けてくるのだった。




「では、フミ。お前の店に行こうではないか」


「わかりました。こちらです」


 俺の車に向かうと途中、仏頂面は変わらずだったがお父さんが話しかけてきた。




「……一三郎ニノマエサブロウだ」


「その妻の四葉ヨツハです」


「ご丁寧にありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします」




 「今後とも」の部分をあえて強調した。営業で培った面の皮スキルはこんなときに最も威力を発揮する。お父さんにもその意図は伝わったのか、眉間にしわを寄せていた。お母さんはコロコロと笑っている。




 店内に入るとお父さんはぐるっと内装を見ていた。一郎氏も何かうなずきながらテーブルとか照明とかを確認して何やらメモを取っている。




「フミ、よくやっているな」


 はじめてお父さんの笑顔を見た気がした。


「ふふん。当たり前でしょ」


「だがまだまだのところもあるぞ……」


 何やら白熱した議論が交わされている。俺はこういった店の経営は専門外なのでテーブルについてお茶をすすっていた。


 ふと気づく。いつもの味と違う。なんだろう……茶葉は同じはずなのに。ごくわずかな違和感があった。


「あらあら、なにかありまして?」


「いえ、なんだかいつものお茶と違う気がしまして」


「あら、お分かりになるの?」


「……普段より澄み切ってる感じがするんですよ」


 俺がそういうとお母さんはにっこりとほほ笑んで、俺の肩をポンとたたいた。


「合格!」


 そして、カバンからポットを取り出した。


「これね。宇治の茶畑の近くで湧いてる水なのね」


「産地の水ってことですか」


「そう! すごいわねえ、あの人でもわからなかったのに」


「え?」


 そして後ろを振り向くと、苦笑いを浮かべた一郎氏と、渋面を貼り付けたお父さんと、ドヤ顔が可愛いフミさんがいた。




「フミ、厨房を借りるぞ。というか一郎、フミも来なさい」


 そう言って3人は厨房へ姿を消した。しばらくすると甘い香りが漂ってくる。お父さんの手には風呂敷包があったので、何か食材を持ち込んで来たんだろう。


 何が始まるのか若干の不安を隠せなかったが、お母さんがにっこりと笑顔でこう言ってきた。




「あなたなら大丈夫よ。フミはいい人を見つけたわねえ」




 その一言に今更ながら恥ずかしくなって俺は顔を真っ赤にした。


 フミさんそっくりの美人に笑いかけられたというのもあり、認めてもらったことのうれしさもあったのだろう。




「ワタヌキとやら、勝負じゃ!」


 そうして俺の前には3つのおはぎが並べられていた。

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