第7話 自然の中でジェラートを

 次の定休日に俺と店長で出かけることになった。と言っても彼女の重苦しい雰囲気にこの前のように浮き立つ気分ではない。


 普段、俺をけん制しているこころも、今回ばかりは雰囲気が違った。




「タヌキさん。店長のことよろしくね。なんか様子がおかしいけどあたしじゃダメなんだ……」


「ああ、任せろ」




 そうして定休日の朝、コンビニに車を止めて店長を待つ……前回のトラブルを思い出してしまった。いろんな意味で。


 時計を見るが待ち合わせ時間には少しある、というあたりで、小走りで手を振りながらこちらに向けて走ってくる姿を見て、ときめいた。胸キュンした。




「おはようございます!」


 あれ? なんか元気だ。


「はい、おはようございます。って、普通ですね」


 思わず口を突いて出た言葉だった。店長は少し困ったような表情を浮かべたが、軽く会釈して車に乗り込んだ。


「で、どこ行きます?」


「そうですね……ちょっと遠いんですけど」


 地図アプリで示されたのは田園風景のど真ん中だった。そこに場違いな感じでジェラートショップがある。車で軽く2時間ほどかかる場所だった。


「了解です。ってここってもしかして?」


「ええ、うちで使わせてもらってるジェラートのお店なんですよ」


「市内にもありますよね?」


「実はこっちのお店が本店なんです。ほら、ここ見てください」


 彼女が示した地図をのぞき込むと、ジェラートショップのすぐ近くに牧場があった。


「なるほど。大自然の中で育まれた牛乳を新鮮極まりない状態で調理ですか。これは旨い!」


「鮮度が命、ですからね」


 こてんと首をかしげる店長。少しいたずらっぽい表情もたまらん。




 いろいろと雑談しながら車を走らせる。郊外に出て北上し、海沿いの道路に出た。晴れ渡った空に海風が気持ちいい。窓を開けると潮の匂いが風に乗って流れ込んできた。


「気持ちいいですね」


「ですねえ。晴れてよかった」


 途中、道の駅に寄って自販機でコーヒーを買う。ドリップしているところが動画で見ることができるんだが、自分のときと店長のときで全く同じに見える。


「これって、カメラで撮影してるわけじゃないんですかねえ?」


「んー、正確に動作しているとも取れますけど……」


 結論は先送りになった。「また来ましょ」の一言で、さっくり納得するあたり、俺もチョロイ。けど、次につながるってことは大事だ、そう思った。




 海沿いから一度市街地に入り、そのまま山の中を走る。坂を登り、どんどん標高が上がっていく。と言っても雲の中に突っ込むような高さではない。しかし、陸橋の上から見下ろす田園風景と集落はのどかで、どことなくノスタルジーを感じさせた。


「実家も今こんな感じかなあ」


 実家というキーワードに少しびくりと体を震わせる。


「今は……もう少し整理してからでいいでしょうか?」


「ええ、話せると思ったらいつでもいいです。慌てないでいいですからね」


「はい、ありがとう」


 そのまま無言で車を走らせる。やや重い雰囲気になったが、それでも沈黙が嫌ではない。穏やかな空気が流れる。


 それは彼女も同じようで、時折口元に笑みを浮かべている。しばらくすると肩にとすっと重みを感じた。こちらにもたれかかって寝息を立てる表情はとても無防備で、なんか良い匂いがして、いろいろと総動員する羽目になったとだけ言っておく。




「はわっ!?」


 目が覚めたようだ。とりあえず左肩は見ないことにしておく。なんかスースーするが気のせいだ。


「大丈夫ですか? お疲れだったんじゃ?」


「はい、ここのところ少し、眠りが浅くて……」


「それは良くない。寝不足は美容の大敵ですしね」


「あらあら、お上手ですね」


「いえいえ、お綺麗ですよ?」


 何気ない一言だったが効果は抜群だった。耳まで真っ赤にして照れている。というあたりで後ろからクラクションを鳴らされた。そういえば信号待ちの最中だった。


「やばっ!」


 それでも周囲を確認してからアクセルを踏んだのは良かった。危く右折車とぶつかるところだったからだ。


「慌てても一呼吸おけるのはすごいですね。わたしだったらぶつかってたかも?」


「そうですね。慌て過ぎないようにしないといけないですね。冷静に」


「冷静に……そう、ですね」




 再び海沿いの道を走る。しばらく走ると少し山に入り、小さな集落を抜ける。


「あ、あの看板ですよ」


 そこには「自然の中で食べるおいしいジェラート あと1キロ」と書かれていた。


 曲がりくねった道を慎重に走らせる。ド田舎過ぎて信号もない。というか、最後の市街地から10キロ以上走って信号が一つとかどんだけだ。


 さらに進むと左手に看板が見えてきた。丁字路を右に曲がる。小さな簡易郵便局の裏手にその店はあった。


「ってなんだこりゃ!?」


 小さな駐車場には車が止まっていた。本当に小さな建物が二つ。片方は窓が開いていて、そこで注文するようだ。


 で、窓口の前にはずらっと行列ができている。ふと気づいて止まっている車を見ると、県外ナンバーも多い。わざわざこんな辺鄙なとこまで食べに来るのか。


 そう気づくと改めてジェラートの味に興味が出てきた。できたてって美味しいよね!




「もう一つは工場なんですよ」


「へえ、というか、山から吹いてくる風が気持ちいいですね」


「でしょう? いいところなんです」


 満面の笑みを浮かべる店長。うん、美人だ。


「本当に。いいですね!」


 とりあえずいろんな意味を込めてみたが、にっこり笑う彼女からは通じたかはわからない。


「いらっしゃいませー、ってニノマエさん!」


「あ、六道さん。お久しぶりですー」


 なんか、俺より少し上位に見えるイケメンと談笑を始めた。少し不貞腐れているとこちらを見て笑みを浮かべるイケメン。しかもその笑みには厭味ったらしいところが全くない、さわやかスマイルだった。


「あ、ワタヌキさん。ごめんなさい。こちら、店長の六道さんです」


「初めましてー。ニノマエさんの彼氏さん?」


「はわっ! そんなこと言っちゃ失礼です!?」


 援護射撃だろうか。などと思っているとこっちを見てニッと笑う。うん、この人性格までイケメンだわ。


「ワタヌキと言います。初めまして。ニノマエさんにはお世話になっています」


「ふふ、彼氏って部分は否定しないんですね」


「いやー……」


 隣で店長がポンコツになって暴れていた。そんな姿を二人で暖かい笑みを浮かべて見守っていた。




 おすすめのジェラートをカップに盛り付けてもらう。二つのフレーバーが楽しめるダブルだ。さらに一口おまけがつくという。至れり尽くせりすぎる。


「ここ来たらこれ食べないとですよね。じゃじゃーん、プレミアムミルクですよー」


 真っ白なジェラートは本当にきれいな色をしていた。そこにコントラストを付けるように紫のジェラート。


「こっちは?」


「近所の農園でとれたブルーベリーです。これもおいしいんですよ」


 ちなみに俺のチョイスは塩バニラとチョコラータだった。オーソドックスに行こう。


 スプーンですくって一口食べる。ひんやりとした感触が暑さを忘れさせてくれる。わずかな塩気が甘さを引き立てるというか、塩自体もかすかに甘い。黒い粒はバニラビーンズで、本場ではこれが入っていないとバニラとは認められないらしい。


 販売窓口の前にはベンチが置かれていて、パラソルが立っている。日陰で店長と並んでベンチに座り、おいしいジェラートを食べる。なんという幸せだろう。


 吹き抜ける風は木陰を通り抜け、日差しの熱を和らげる。ふんわりと緑の匂いが運ばれてきて癒し効果がすごい。


 一口食べるごとにたまらないという表情をする彼女を見て、こっちも別の意味でたまらなくなる。


 ふといたずら心を発揮して、聞いてしまった。


「ブルーベリーってどんな感じです?」


「あ、食べてみます? はい」


 うん、以前から甘いもの食べてるときはテンション上がるのは知ってたが、自分のスプーンで一口分すくって差し出すあたり、どうなんだろう?


 もちろん俺にとってはご褒美で、パクッとスプーンを口に入れる。


「おお、おいしいいいいい!!」


 ほのかな酸味が染みわたる。果肉と皮の食感も残っていて滑らかな口当たりにアクセントを加えていた。


「んじゃ、お返し。チョコラータもおいしいよ」


 俺のスプーンですくって差し出すと、わずかのためらいもなくパクッとやってくれた。


「ふわあああああ、おいしいですねえええええ!!」


 蕩けた表情を見て思わず抱きしめたくなる。反則だろこれ!


「んんっ! お客様、周囲のお客様が砂糖水を吐いて暑さに耐えかねておりますので、いちゃつくのはご遠慮くださいねー」


「「いちゃなんてついてません(ない)!」」


 ほぼハモったタイミングで異口同音のセリフに、六道さんは大きな声で笑い始めた。実に平和な昼下がりだ。




 ほかのお客さんが帰っていき、ベンチで二人になった。というあたりで彼女が話し始める。


「わたしの名前、なんというか珍名でしょ?」


「珍しいとは思ってる」


「うん、一二三でニノマエフミってダジャレかって思う」


「まあ、語呂合わせで名前つけるなって突っ込みたくなるねえ」


「ちなみに、妹は三四(ミヨ)だから」


 思わず飲みかけのコーヒーを噴き出しそうになった。


 それでも彼女は雰囲気を変えることなく、生い立ちについて語り始めるのだった。

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