2-1 『アルナイルの自己複製機』 ― ここは七日でできた街。やってくる人間は限られている
二人は
調査官が地上におもむくとき、まずは飛行機で調査地の上空までゆく。そして人のいない地点にむかって、調査官が
しかし今回は着地点が
「こんなもんでいいでしょう。いきましょうか」
二人は歩きだす。しかし空と砂しかなく、景色が変わらない。ずっと同じ場所にいるようで、ヨキは何度も後ろをふりかえり、つづく
「座標、
シュカが
「ここ、無生物地帯でもおかしくないよ」
「いえ、あってますよ。もう少しでみえてくるはずです」
ヨキは
「ナイフなんていらないよ」
シュカがいう。
「この地域に人を
「人はときに危険です」
「根暗な発言するなあ。人間
「友だちできないのは困りますね。でも、
「わかった、
「真面目な上司ですよ」
「砂が
シュカが
目的地をめざして歩くが、砂に足をとられて思うように進めない。そうこうしているうちに
ヨキとシュカは、もぐらのように頭を出す。クリアになった視界。遠くに都市がみえた。
「なるほど、あれか」
シュカはいいながら、光学ディスプレイを起動する。空中に資料が表示されるが、それらはすべて、ヨキが事前に準備したものだ。
「どれどれ。都市の
シュカはマントの下に着たドレスシャツをいじり、満足そうな顔をする。
「今回の調査対象は都市そのものなんでしょ? 選定ミスじゃない? ありふれているよ。
「
ヨキは砂を拾いあげる。
「
「
「規模が大きすぎますよ。それにですね、あの街では至るところに鉄が使われています。けれどそんな資源、この辺り一帯どこを探してもないんです。簡単にいいましょう。本来であればここは空白地帯です。しかし都市が存在し、そこには人や食料、資源もある」
「ふうん」
シュカはつまらなさそうな顔をする。地理的な要因だとか、資源だとか、そういった話題は好みではないのだ。シュカは、
「仕方がないですね」
ヨキは光学ディスプレイの画像をスライドさせ、いくつもの静止画像を順にみせていく。
最初はなにもない
「
「どれどれ」
シュカが
「日付、
「
今から二十年前、この場所でたしかに
「
「七日で都市がつくられたわけだ。創世神話みたいだね。
シュカが
「なかなか
◇
グレートインゴットは、そんなイメージからは
「
シュカが水路につけた手をひっこめる。
「なるほど。この冷たい水が都市全体にいきわたることで気温がコントロールされているわけだ。人も住めるし植物も育つ。うん、飲んでもおいしい」
「お
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。食べ過ぎ以外でお
ヨキとシュカは立派な門の前で立ち止まる。
「何だと思う?」
「図書館でしょうね」
「本かあ」
セントラルに暮らす二人にとって、紙に印刷された
「でも私、結構好きなんだよね」
「
「うん。でっかい
「どうでしょうね。そういうところは、もっと実績のある調査官が
「聞こえないなぁ!」
話しながら建物に入ってゆく。予想通り、木製の
「都市の歴史についての
ヨキがたずねると、老人は人なつっこい
「外からきた研究者かね?」
「えっと」
今回、ヨキとシュカは
「ここは七日でできた街。やってくる人間は限られている。移住を希望するものか、
老人は
「しかし残念ながら歴史書はない。それをつくるほどの時間が
「そうですか」
ヨキはとくに
「
「
「街の中心に高い
「あの
老人の話によると、あそこは礼拝堂でもあるが、学術
「ちょうど今、一人きている。あの
「ラシャならこの街ができたことについて、何らかの見解を持っているだろう。話を聞くといい。まあ、
「どういうことですか?」ヨキはたずねる。
「えてして、
老人はそこで話をやめる。ラシャが
ラシャのたたずまいは、上品な
老人が、ヨキとシュカを
「この街の創設について調べているそうだ。資料を探しにきたそうなんだが」
「けれどこの街に歴史書はない」ラシャがいう。「だからかわりに
「おまえさんの研究室には非公式の資料があるんじゃないのかね」
老人は茶目っ気のある口調でいう。しかしラシャは、「どうかしら」と
「でも私が教会の
ラシャは
「もうすぐ
◇
道すがら、ヨキは自己
「この水はすべてあの
ラシャが水路をみながらいう。
「街全体に
「地下水が
ヨキはありきたりな推測を口にしてみる。事前調査の段階で、この地域に地下水脈がないことは
「地下水、ね。可能性はゼロではないかもしれないけれど。いずれにせよ、
それにしても、とラシャはいう。
「あなた、これっぽっちも地下水だなんて思っていない顔で『地下水が
ヨキはごまかすように
「
シュカがいう。
「
ラシャが
「あの冷たい水は
シュカが柱を見上げていう。
「一番上にいけばわかるわ」と、ラシャが階段に近づいてゆく。
ヨキは思わず、「ちょっと」と、声をかけた。
「あのさ、一番上って、かなり高いと思うんだけど。ここからだと頂上みえないし。ホントにのぼるの?」
「そうね。高いところは苦手?」
ラシャは
「わかりました。
一定のリズムで
「へえ、
一番上にたどりつき、シュカが
円柱の頂上が丸くくり
「なるほど。ここの水があふれだして、街全体にいきわたってるわけだ」
「天空の泉と呼ばれているわ」
ラシャがいう。
「どういう原理なの?」シュカがたずねる。
「神の残した
「この
「支持しないと
「あなたはさっき、自分が
「教会は
ラシャは
「それでも正しいと思ったら、発表せずにはいられなかった。多分、科学の正しさを信じているのでしょうね。私が幼いころはこんなに教会の勢力は強くなかった。それが
科学は
「私の研究室に少しだけなら資料が残っているわ。あなたたちが求めている、この街の歴史に関わるものよ。
「
シュカはそういって、ラシャと
ヨキはあわてて呼び止める。
「もう少しこの泉を
ラシャの研究室は
ヨキは無造作に転がっている試験管を手に取って
「どこにやったかな」
ラシャが書類の山をかきわけ、資料を探す。セントラルで紙がデッドメディアとなった理由はこれだ。デジタルなら
「グレートインゴットを作った人たちよ」
やっとのことでラシャが見つけだしたのは一枚の写真だった。セピア色で、色あせている。五人の男が映っていた。
「
ラシャは長い時間をかけ、五人の来歴について説明した。シュカは「ふむふむ」とうなずきながら、意外と
「なるほどね。それぞれに得意分野を持った職能集団だったわけだ。街の至るところにその技術は使われているだろうから、それを調べれば、七日で都市ができあがった秘密がわかるかもね。よし、明日から
シュカは
ヨキはラシャと二人きりになる。その
ラシャは無機質にいった。
「あなた、調査官でしょ。セントラルの」
あってはならない質問。
ヨキは
ラシャは
「少し話をしよう」
◇
セントラルは
「それなりの技術がある地方では、なんとなくセントラルの存在に気づいているところもある。けれど基本的には観測されていないし、グレートインゴットの水準で、調査官の存在に気づけるはずがないんだ。あくまで基本的な話だけれど」
ヨキは、前を歩くラシャにいう。
深夜、二人は円柱の頂上にある天空の泉を目指し、
昼間、研究室でラシャは取引を持ちかけた。ラシャは
ヨキは、シュカには秘密にしておくことを条件に、それを
深夜、ヨキはシュカに
「どうして
ヨキは無限に思える階段をのぼりながらたずねる。前をゆくラシャは
「あなたは遠くの街の学術機関から
「なるほど。
「下調べが
ヨキはラシャの冷静な横顔をみて思う。おそらくこの人が調査官だったら、自分よりも
「
「そうね。この街の人は
グレートインゴットの創始者とされる五人の写真。一番右の
「名はアルフレッド・アルナイル。
アルナイルについては不明なことが多く、
「でもね、最近になってみつけたのよ。
手記にはアルナイルが発見したこと、考えている最中の仮説が記されていて、そのなかにはセントラルの情報もあった。
「アルナイルはいつかここに調査官がやってくることを予見していた。自分の成したことが特別なことだとわかっていたから。遠くない未来に、セントラルから調査官という名の
「
調査官は世界各地の情報を収集し、報告する。その情報をどう判断するかはセントラルの
「そうかしら。もし自分たちを
かつて未開の地へ調査に
『地上を管理する者』
正体を
「
「そうだね」
本来であればセントラル側の情報は開示しない。しかしヨキは、ある事件について話すことにする。セントラルのことを少しだけ教えるという約束もあったし、なにより、ラシャは
「
熟練の調査官が、技術水準の高い地域に
「
「
「遺伝子という
「生命をつくり
その街では遺伝子
「でもね、重大な見落としがあったんだ。シエラレオネは強すぎた。
一度、散布されてしまえばとめられない。実用化する前に何とかする必要があり、セントラルは
「とても平和的な
「なるほど。つまり、よほどの事態でない限り
「そうだね」
「それならいいわ。この先にある泉に使われている技術を、あなたが回収して持って帰るのではないかと心配していたのよ」
「安心していいよ。
静まり返った
「口ぶりからすると、アルナイルの手記は他の人に公開されてないみたいだ」
「そうね」
「どうして?」
「教会は何でも
「君は教会所属の研究者だ」
「ええ。けれど真実を
前をゆくラシャが
「私はラターシャ・アルナイル。アルフレッド・アルナイルの
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます