世界を愛するランダム・ウォーカー

西 条陽/電撃文庫・電撃の新文芸

世界の果てのランダム・ウォーカー

1-1 『黒い瞳』 ― ロホの吐息は滅びの風で、黒い瞳は生きとし生けるものを石に変える


「病的な領域ですね。もはやもうしゆう的といえるかもしれない」


 ヨキはいう。

 異様なほどせいこうな石像だった。

 かいたく移民の街、「ようこそ」とられた木製の看板の上に、そのフクロウの像はあった。つばさを広げ、今にも飛び立ちそうな姿をしている。しかし、灰色の全身には無生物の悲しみがかげのようにしみついていた。


「石なのに、羽の模様ののうたんまで表現されている。細かすぎです。これをつくった人は、相当な強迫観念オブセツシヨンかかえていたんでしょうね」


 ヨキはランタンで石像を照らす。あたりはゆうやみしずんでいる。


「そんなことよりはやく街に入ろうよ」


 背中にこぶしがとんでくる。

 シュカだ。いつもは骨がくだけそうなほどのりよくがあるのだけど、今は、ねこがじゃれついてきたかのように弱々しい。みれば、だんあざやかなこうさいをはなつはく色のひとみが、どんよりとくもっている。夕食時で、おなかが減っているのだろう。


「あとでゆっくり観察すればいいじゃないか。どうせげないよ。断言するね」


「そうなんですけどね」


 石像にはみような存在感があった。みるものの心をざわつかせる、かんのようなもの。

 それがヨキをとらえてはなさない。


「ほら、せんぱいもみてくださいよ。羽の一枚一枚まである。すごい作りこみようですよ」

 ヨキに感想を求められ、シュカがしぶしぶ石像に顔をちかづける。


「たしかにヨキのいう通り、きようを感じるみつさだ。羽どころか、もうせんの一本までみてとれる。しかし、これをつくって一体、なにがしたかったのかな。こんな細部まで似せた生き物のがんさくをつくってさ。姿形は同じなのに、生命は宿っていない。そういうものって、なんだか空おそろしいよ。限りなく人間に近い人形をみたら、こんな気持ちになるんじゃないかな」


 シュカは石像に対してひととおりの考察をくわえると、「フクロウはあまりしそうな鳥じゃないよね」とおなかをさすった。

 ヨキはそれを無視して、フクロウの頭、つばさ、腹部と、手でさわってゆく。そして右の眼球部分だけが他に比べてやわらかいことに気づく。たしかに石なのだが、うすいような、もろいようなかんしよくがある。ためしに、親指を強くおしこんでみる。

 表面がくだけ、親指が付け根までなかに入った。

 ヨキはおどろき、とつに指を抜く。同時に、茶色い液体が飛び散った。

 くさったようなにおいが辺りにひろがる。


「ご飯の前に手をよごすのはよくないよ」


 シュカがハンカチをわたしてくる。ヨキが手をきながら、「ご飯はまだ先ですよ」と軽くあしらうと、シュカはこの世の終わりのような顔をした。


「それよりせんぱい、これ、どう思います?」


 ヨキはいう。やはりただの石像ではなかった。眼球の表面は間違いなく石だったのだが、なかにははいした液体が入っていた。おそらく、生体組織がくさったと推測されるもの。


「まるで生きたフクロウが、そのまま石になったみたいじゃないですか?」


 生物石化の伝説はどこにでもある。しかし実際に生きものが石になったという現象が観測されたことはない。もしそれを観測することができれば、世紀の発見とはいわないまでも、で、非常に価値のある発見だ。


「けれど結論は急がないほうがいいね」


 シュカがいう。


「現時点でいえることは石像の表面が石であること。内部も大半が石と推測されること。ただし、右眼球部分の内側には少量のはいした有機物が入っていた。それだけだよ」


「たしかに。そうですね、先入観を持つのはよくないですよね」


 シュカの冷静さにあてられ、ヨキは反省する。しかしそのシュカといえば、ヨキがしゅんとしたのを見計らって、にんまりと笑うのだった。


「とはいえ、私もついに生物石化現象に立ち会えたのかもしれないと思ったよ。その石像、調べてみる価値はあるだろうね」

 それにしても、とシュカは遠くに目をやっていう。


「つまらない調査のために退たいくつな街にきてしまった。なんて思っていたけれど、そうでもなかったみたいだね」


 ヨキもつられて顔をむける。そして「ああ」とかんたんの声をもらした。

 こうに夜のとばりがおりる。風にさらされた岩、まばらに生えた草木、おおかみたちが集まるきゆうりよう、すべてがやみしずみゆく。視界が黒にそまり、なにもみえなくなる。それなのに、北にある山脈だけはしっかりとにんしきすることができた。周囲がやみにそまればそまるほど、より一層、その異様さをましてゆく。

 りようせんが、青白くかがやいていた。そのかがやきが、れつの走るように、ゆっくりと山脈全体に広がってゆく。死者のたましいが山に集まり、夜になると流れている。そういわれれば信じてしまいそうな、じゆじゆつ的な光景だった。人によっては神話の世界を連想するだろう。

 言葉をくし、その光景をながめる。

 ヨキは息をつき、となりに立つシュカの様子をうかがう。案の定、先ほどまでくもっていたはく色のひとみが、あざやかなこうさいを取りもどし、こうこうかがやいていた。


「生物石化に青くかがやく山か。なかなかおもしろそうじゃないか」



   ◇



「ユヒテルはきんの山だ」


 中年の男が、若い女の子に言い聞かせている。


おれおやも、またそのおやも、山に近づこうとすらしなかった。なあアリス、年長者のいうことは聞いておくもんだぜ」


 街にある、ゆいいつの大衆食堂でのことだ。

 アリスと呼ばれた女の子はかんばんむすめ、男は店長といったところ。親子かもしれない。


「山脈のむこうからやってくる人もいるわ」


「たしかにな。命知らずな旅人が時折やってくる。けれど、数年に一度だ。その一人がユヒテルをえるまでに、一体、何人の旅人が死んでいるかわからない。なあ、悪いことはいわない、やめておくんだ。旅がしたいなら、首都にでもいけばいいじゃないか。どうしてあの山脈にこだわる?」


「だって、それは──」


 アリスと呼ばれた女の子が言葉にまる。

 ヨキは少しはなれたテーブルにすわり、かれらの会話に耳をかたむけながら、ナイフとフォークを動かしていた。鉄板の上にある肉を、ちようめんにサイコロ状に切り分けてゆく。全てをれいな立方体にしないと気が済まない。自分でも変な性格だと思う。

 肉を切っているあいだも、アリスと呼ばれた女の子と男の会話はつづいている。


「あそこはあくが住む山だぞ」


「そんなの、いってみなきゃわからない」


「わかるさ。金鉱を探しにいった連中がどうなったか知っているだろ」


 どうやらアリスは街を出て、北にある山脈をえたいらしい。男はアリスの身を案じ、旅に出るのは仕方ないとしても、山にだけはいかせまいとしている。

 あくの住む山。その言葉を聞いて、ヨキはほほむ。なかなかてきひびきじゃないか。


「ところでせんぱい、それ、ぼくの肉なんですけど」


 ヨキが時間をかけてサイコロ状に切った肉が、いつの間にか減っている。みれば、対面にすわっているシュカの口が、ネズミのほおぶくろのようにふくらんでいた。


「冷めるとしくないからさ」


「だからってせんぱいが食べなくていいんですよ。それより、よく二人分も食べられますね。けっこうな厚さがありましたけど」


「ふふ」


めてませんよ」


 しかし、よくもまあそれだけ食べて太らないものだと感心する。シュカの体は細い。顔にも余分なぼういつさいついておらず、目元もすずやかだ。体温の低そうな顔つきと、はっきりとしたりんかくは、氷のけつしようのような印象をあたえる。その容姿は、どれだけ食べてもくずれる気配がない。太らないのだ。それは質量保存の観点から、とてもじんなことに思えた。

 シュカはずい、ヨキの皿にフォークをのばし、肉をひきあげていく。

 ヨキは仕方なくもう一枚肉を注文することにする。晩飯をいてはねむれない。しかし注文するにも、ウエイターであるアリスと、店長らしき男が話しこんでしまっている。注文するタイミングをうかがう。そのときだった。


「なあ、あんたもそう思うだろ」


 ヨキが顔をむけていたため、興味があるとかんちがいしたのだろう。男がヨキに同意を求めて呼びかけてきた。


「あんた、旅の人間だろ? つうあんな山に入ったりしないよな」


「あ、うん」


 適当にあいづちをうち、調子を合わせる。


「そんなに危ないのかい?」ヨキはたずねる。


「ああ。ロホがいるからな」


「ロホ?」


「ユヒテルに住むあくの名前さ」


 かいたく以前、この地には先住民がいた。ロホとは、かれらの言葉で『黒いひとみあく』という意味だという。ちなみに、ユヒテルは『かえる場所』なのだそうだ。


「ロホのいきほろびの風で、黒いひとみは生きとし生けるものを石に変える」


「信じているのか?」


 ヨキがたずねると、男はかべぎわにある木製のたなをあごで指ししめす。


「ユヒテルをえてやってきた旅人が山でみつけてきたものだ」


 たなの上には、ネズミや小鳥の石像が置かれている。街の入口でみたフクロウと同じく、あまりにせいこうで、異様なふんの石像群。


「そのあくはどんな姿をしているんだろう?」


だれも知らないさ。ロホの姿をみたときは石になるときだ。このあいだ首都から金鉱を探しにきた連中もかえってこなかった。北の山脈はやめておけといったのに。ところで──」


 男がヨキとシュカを見比べ、げんな顔をする。


「あんたたち、いつしよに旅をしているみたいだけど、まさかこいびと同士じゃないよな?」


 違う。ヨキとシュカはねんれいが近いため一見してわかりづらいが、部下と上司の関係にある。

 ヨキはそれについて説明しようとするが、その前に、アリスが会話に割って入った。


「お客さんに失礼なこといわないで。顔のりあいが取れないこいびとがいたっていいじゃない。てきなことよ。外見じゃなく、内面で判断してるってことなんだから」


「たしかにそうだな。おひめ様とめし使つかい、身分ちがいのこいのほうがロマンがあるもんな。悪かったよ。アリスのいう通り、人間は内面が大事だ。あんた、よっぽどれいな心をもってるんだな」


「そうよ。こんなに根暗な顔なのに、こんなにれいな人を連れてるんだから。きっと聖人のような心をおもちなのよ」


 ヨキは真顔でそのやりとりを聞いている。


「それで、あくの山だっけ」


 シュカが会話に加わる。ヨキの肉を食べ終わったのだ。ヨキは一口も食べることなく何もなくなった鉄板をながめながら、自分のあつかいがひどすぎるのではないかと首をかしげた。シュカはそんなヨキのことなど気にもとめず、明るくアリスに話しかける。


「あなたはその山のむこうにいきたいのね?」


「そうなの。この街のことは好きなんだけど、遠くにいきたいって気持ちがずっとあって。自分でもなぜだかわからないんだけど」


 アリスはうっとりとした顔でシュカをみている。初対面の人間はたいていその整った容姿に目をくらまされる。女であればあこがれるし、男であればだいたいれる。もちろん、ヨキはシュカのテキトーな性格を知っているので、ちがってもれたりはしない。

 ヨキは会話から外れて、ガラス窓のむこうに目をやる。

 やみのなか、青白く光る山脈がみえる。それはあくが住むにふさわしい場所に思えた。

 れつのように走るりんこうは時折長くなったり短くなったりする。風に流れる様子はないが、ほのかにらめいている。

 終末の風景があったとしたら、こういうものなのかもしれないな、とヨキは思う。


おれたちはあれをみながら育ったから感覚がマヒしがちだが、あんなもの、そうそうあるもんじゃない。つうじゃないんだ。危険だ。あんたもそう思うだろう?」


 男がヨキに同意を求めてくる。いつしよに説得してしいのだ。ヨキとシュカは旅人という名目でこの街をおとずれている。旅慣れた様子の二人が「危険だからやめなさい」といえば、アリスもあきらめるのではないか。そんな期待をしている。

 ヨキは男の意図を察し、そのゆうどうにのろうとする。かれは本気でアリスを心配しているし、なにより、こちらにめんどう事がふりかかってくるのをけたかった。初対面の人間の個人的な事情に首をつっこむほど、おせっかいではない。


『あの山は危険だ。多くの場所を旅してきたぼくたちでもえられない。やめたほうがいい』


 そういおうとした。しかしシュカが早かった。


「とりあえず、いってみたらいいんじゃないかな」


 晴れ晴れとしたシュカの口調に、アリスの顔が明るくなる。


「どこかにいきたいと思ったら、いってみるべきなんだ」


 想定外の言葉に、男がこうする。青白い光を放つ、死後の世界のような山。アリスがそこに足をれて死んでしまったらどうするのか。責任はとれるのか。

 もっともな意見だとヨキはうなずく。


だいじようだよ」


 それでもシュカはどこく風だった。


「アリスがあの山脈をえるまで、私たちがいつしよについていく。心配ない、あくがいたとしても私たちが守るから」


 手を取りあうシュカとアリス。

 ヨキはそのとなりで、そっと頭をかかえた。


   ◇


 はるか上空に、いちじるしく技術の進歩した国がある。

 セントラルだ。その天空国家は、地上から観測されないようにあらゆるテクノロジーを使して位置と視覚情報をそうしている。かつては「地上のかん者」と自負していた時代もあったが、現在では地上にかんしようせず、ただ空にかんでいる。

 今のところセントラルより発達した文明は観測されていない。しかし世界は広く、深い。セントラルの技術力をもってしても、いまだその全てを知るには至っていない。未知のウイルスや敵性生物が人のしんにゆうを許さないとう地域を形成しており、世界地図は一向に完成する気配がない。さらに管理下にある地域においても、ぜんとしてなぞの生物や不可解な現象が数多く存在しており、地上の人間がセントラルには思いつけないような発明をしていることもある。

 広大すぎる世界。それを知るため、解き明かすために、セントラルは中央調査局という機関を設置し、調査官を置いていた。

 調査官は地上に降りて様々な調査をする。なぞせき、未知の生物、地上の人間の技術。とう地域をとうして、世界地図を広げる任務もある。

 ヨキはそんな数いる調査官の一人で、シュカはその上司だった。

 中央調査局は典型的なかんりよう組織であり、調査官は国家公務員であるから、二人の行動は多くの規則に制約されている。


せんぱい、調査官三原則をいってみてください」


 アリスと別れ、やす宿やどに入ったところでヨキがいう。


「まさか忘れてないでしょうね」


「このシュカ様をバカにしてくれるなよ」


 シュカはするどくにらみつけ、しばしちんもくしたのち、目をそらして口笛をきはじめた。

 ヨキはあきれた顔でいう。


「三原則の一つに、地上の人間にかんしようしないというこうもくがあるじゃないですか。いや、あるんですって。みんな知ってます。そして、アリスを助けるのは立派なかんしようこうなわけですよ」


「まあ、かたいこというのはなしにしよう」


 シュカはひらひらと手をふり、規則はんを意にかいさない。


「アリスがいってたでしょ。『なぜユヒテルをえて遠くにいきたいと思うのか、自分でもわからない』って」


「いってましたね」


「店長にはなくて、アリスにはある気持ち。自分でもそれが何なのかわかってないみたいだけど、山をえることができたら、その気持ちが何なのか、そのとき気づくはずだよ」


「それを教えるためにいつしよにいくんですか?」


「教えるなんておこがましいよ。私はアリスの気持ちを大切にしたいだけ。あのままだと説得されて、あきらめるかもしれなかったからさ」


 アリスのなかにある、ユヒテルをえたいと思う気持ち。しようどう。その名を、ヨキとシュカはよく知っている。そして二人はそれを尊いものだと考えている。


「山脈えですか。本来の任務はこの地域の人口の動態調査なんですけどね」


「統計調査なんてつまらないさ」


 シュカはいう。


「生体組織の残った石像と、青くかがやく山なんてみせられたらさ。いくしかないって。それともヨキは一人で留守番してる? 人の数をかぞえながらさ」


 ヨキは職業的なりん観と、個人的な興味をてんびんにかける。

 答えを出すのにそれほど時間はかからなかった。


「まあ、統計は後からでもとれますからね」



   ◇


 街の名前はシェリオロール。その国の首都から遠くはなれた辺境に位置するかいたく移民の街。人口は七〇五人。農業と金のさいくつが主な産業で、移動手段は馬。遠からず蒸気機関が開発される技術水準にあり、最も殺傷力の高い武器は回転式けんじゆう

 ヨキは報告書にさいする内容を頭のなかでまとめながら、人通りの少ないメインストリートを歩く。両手は荷物でいっぱいだ。

 翌日は旅の準備についやされた。

 日持ちのする干し肉と、山の寒暖差に対応するための衣料を、時間をかけて選んだ。アリスの体格を考え、荷物の総重量をコントロールする。背負った荷物の重さが一日に歩けるきよを決めるといっても過言ではない。

 やす宿やどもどると、シュカが、机の上に地図を広げていた。シェリオロールの人々が使う地図はユヒテル山脈以北が空白になっている。そのため、先住民が残したものを使っていた。縮尺の精度は低いが、ユヒテル山脈も存在しているし、とくちようもとらえてある。


「いけそうですか」ヨキがきく。


「なんとかね」


 シュカはえんぴつで地図に書きこみをしながら返事をする。今日のシュカは、かみを後ろで束ねている。作業をするときや、屋外で活動するときは長いかみじやなのだ。ヨキは白いうなじをみながら、きゆうけつが本当に存在したとしたら、こういう首筋に好んでみつくのではないか、などと、とりとめのない想像をする。


「地理的要件にはそれほど問題がないように思えるね。木がほとんどなくて視界は良好。岩山ばかりだから落石に注意は必要だけど。あとはどのルートで山脈をけるか。最短距離はけいしやがきつい。湖をまわるルートは楽だけど、きよが長くなる。どっちにしようかな」


「ロホはどうします?」


 ユヒテルに住むといわれるあく。その黒いひとみは生きとし生けるものを石にするという。


「ヨキはどう思う? いると思う?」


「石化の伝説は多くありますけど」


 にらまれたら石になる。その手の話は各地に存在する。そして、毒を持つ生物が由来となっていることが多い。例えば、神経毒を持つトカゲが、ものみついて毒を流しこみ動けなくする。トカゲがものを何日かそのままにしておいて、おなかが減ったら食べるという習性をもっていたとする。その場合、ものは動けないまま何日も生きることになる。知識をもたない人間がみると、ものげださない理由がわからない。まさかあのトカゲは、にらみつけるだけで生物を動けないようにできるのではないだろうか。そんな想像から話がふくらみ、長い時間をかけてひれがつき、石化の伝説ができあがる。


「しかし今回はこれがあるからねえ」


 シュカが机の上に置かれた石像を指でなぞる。街の入口に置かれていたフクロウの石像だ。

 生きているそのしゆんかんを切り取って保存したかのような、やくどう感のある姿。しかし、ヨキがあけたがんくうどうくらやみからは、退たいはい的な死のかおりがただよっていた。

 街の人々は、黒いひとみあくににらまれ石化したのだという。


「まあ、作り物ではないと思うんだよね」


「そうですね、ぼくもそう思います。内部にはいした生体組織らしきものもありましたし」


 机の上には、アリスの店からもってきたネズミの石像も置かれている。そちらはどうたいのところで真っ二つに切断されている。内部を検証するため、シュカがのこぎりで切ったのだ。

 ネズミは内側までしっかりと石だったのだが、おどろいたことに、なかの石の明暗が臓器の形をしていた。人の手でつくれるとは思えず、生物が石にされたという仮説が現実味を帯びてくる。


「けれど、どういう原理なんだろうね。セントラルの研究機関に送ってかいせきしてもらおうか」


「費用はどうするんですか」


「経費で落とせばいいよ」


 ヨキは首を横にる。


「他の調査官に比べ、ぼくたちは倍以上の経費を使っているそうです。このあいだ、経理部の女の子からきつくいわれました。もう使うなって」


「研究費をケチるのはよくないなあ」


「使った経費のうち、八割以上はせんぱいの食費です。明細、出しましょうか?」


「よし、湖をまわるルートに決めた!」


 シュカが地図に赤い線を引き、山脈をえるルートが決まる。


かいせきはいいさ。現地にいけば、きっとわかるよ」


「黒いひとみあくに出会っちゃうかもしれませんね」


 ヨキはおどかすようにいってみる。しかしシュカはものじするどころか、「いいね、おもしろいよ」と笑っている。


「とりあえずいってみようじゃないか」


「いってみましょう」

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