世界を愛するランダム・ウォーカー
西 条陽/電撃文庫・電撃の新文芸
世界の果てのランダム・ウォーカー
1-1 『黒い瞳』 ― ロホの吐息は滅びの風で、黒い瞳は生きとし生けるものを石に変える
「病的な領域ですね。もはや
ヨキはいう。
異様なほど
「石なのに、羽の模様の
ヨキはランタンで石像を照らす。あたりは
「そんなことよりはやく街に入ろうよ」
背中にこぶしがとんでくる。
シュカだ。いつもは骨が
「あとでゆっくり観察すればいいじゃないか。どうせ
「そうなんですけどね」
石像には
それがヨキをとらえて
「ほら、
ヨキに感想を求められ、シュカがしぶしぶ石像に顔をちかづける。
「たしかにヨキのいう通り、
シュカは石像に対してひととおりの考察をくわえると、「フクロウはあまり
ヨキはそれを無視して、フクロウの頭、
表面が
ヨキは
「ご飯の前に手を
シュカがハンカチを
「それより
ヨキはいう。やはりただの石像ではなかった。眼球の表面は間違いなく石だったのだが、なかには
「まるで生きたフクロウが、そのまま石になったみたいじゃないですか?」
生物石化の伝説はどこにでもある。しかし実際に生きものが石になったという現象が観測されたことはない。もしそれを観測することができれば、世紀の発見とはいわないまでも、
「けれど結論は急がないほうがいいね」
シュカがいう。
「現時点でいえることは石像の表面が石であること。内部も大半が石と推測されること。ただし、右眼球部分の内側には少量の
「たしかに。そうですね、先入観を持つのはよくないですよね」
シュカの冷静さにあてられ、ヨキは反省する。しかしそのシュカといえば、ヨキがしゅんとしたのを見計らって、にんまりと笑うのだった。
「とはいえ、私もついに生物石化現象に立ち会えたのかもしれないと思ったよ。その石像、調べてみる価値はあるだろうね」
それにしても、とシュカは遠くに目をやっていう。
「つまらない調査のために
ヨキもつられて顔をむける。そして「ああ」と
言葉を
ヨキは息をつき、となりに立つシュカの様子をうかがう。案の定、先ほどまで
「生物石化に青く
◇
「ユヒテルは
中年の男が、若い女の子に言い聞かせている。
「
街にある、
アリスと呼ばれた女の子は
「山脈のむこうからやってくる人もいるわ」
「たしかにな。命知らずな旅人が時折やってくる。けれど、数年に一度だ。その一人がユヒテルを
「だって、それは──」
アリスと呼ばれた女の子が言葉に
ヨキは少し
肉を切っているあいだも、アリスと呼ばれた女の子と男の会話はつづいている。
「あそこは
「そんなの、いってみなきゃわからない」
「わかるさ。金鉱を探しにいった連中がどうなったか知っているだろ」
どうやらアリスは街を出て、北にある山脈を
「ところで
ヨキが時間をかけてサイコロ状に切った肉が、いつの間にか減っている。みれば、対面に
「冷めると
「だからって
「ふふ」
「
しかし、よくもまあそれだけ食べて太らないものだと感心する。シュカの体は細い。顔にも余分な
シュカは
ヨキは仕方なくもう一枚肉を注文することにする。晩飯を
「なあ、あんたもそう思うだろ」
ヨキが顔をむけていたため、興味があると
「あんた、旅の人間だろ?
「あ、うん」
適当に
「そんなに危ないのかい?」ヨキはたずねる。
「ああ。ロホがいるからな」
「ロホ?」
「ユヒテルに住む
「ロホの
「信じているのか?」
ヨキがたずねると、男は
「ユヒテルを
「その
「
男がヨキとシュカを見比べ、
「あんたたち、
違う。ヨキとシュカは
ヨキはそれについて説明しようとするが、その前に、アリスが会話に割って入った。
「お客さんに失礼なこといわないで。顔の
「たしかにそうだな。お
「そうよ。こんなに根暗な顔なのに、こんなに
ヨキは真顔でそのやりとりを聞いている。
「それで、
シュカが会話に加わる。ヨキの肉を食べ終わったのだ。ヨキは一口も食べることなく何もなくなった鉄板をながめながら、自分の
「あなたはその山のむこうにいきたいのね?」
「そうなの。この街のことは好きなんだけど、遠くにいきたいって気持ちがずっとあって。自分でもなぜだかわからないんだけど」
アリスはうっとりとした顔でシュカをみている。初対面の人間はたいていその整った容姿に目をくらまされる。女であれば
ヨキは会話から外れて、ガラス窓のむこうに目をやる。
終末の風景があったとしたら、こういうものなのかもしれないな、とヨキは思う。
「
男がヨキに同意を求めてくる。
ヨキは男の意図を察し、その
『あの山は危険だ。多くの場所を旅してきた
そういおうとした。しかしシュカが早かった。
「とりあえず、いってみたらいいんじゃないかな」
晴れ晴れとしたシュカの口調に、アリスの顔が明るくなる。
「どこかにいきたいと思ったら、いってみるべきなんだ」
想定外の言葉に、男が
もっともな意見だとヨキはうなずく。
「
それでもシュカはどこ
「アリスがあの山脈を
手を取りあうシュカとアリス。
ヨキはそのとなりで、そっと頭を
◇
セントラルだ。その天空国家は、地上から観測されないようにあらゆるテクノロジーを
今のところセントラルより発達した文明は観測されていない。しかし世界は広く、深い。セントラルの技術力をもってしても、いまだその全てを知るには至っていない。未知のウイルスや敵性生物が人の
広大すぎる世界。それを知るため、解き明かすために、セントラルは中央調査局という機関を設置し、調査官を置いていた。
調査官は地上に降りて様々な調査をする。
ヨキはそんな数いる調査官の一人で、シュカはその上司だった。
中央調査局は典型的な
「
アリスと別れ、
「まさか忘れてないでしょうね」
「このシュカ様をバカにしてくれるなよ」
シュカは
ヨキはあきれた顔でいう。
「三原則の一つに、地上の人間に
「まあ、かたいこというのはなしにしよう」
シュカはひらひらと手をふり、規則
「アリスがいってたでしょ。『なぜユヒテルを
「いってましたね」
「店長にはなくて、アリスにはある気持ち。自分でもそれが何なのかわかってないみたいだけど、山を
「それを教えるために
「教えるなんておこがましいよ。私はアリスの気持ちを大切にしたいだけ。あのままだと説得されて、あきらめるかもしれなかったからさ」
アリスのなかにある、ユヒテルを
「山脈
「統計調査なんてつまらないさ」
シュカはいう。
「生体組織の残った石像と、青く
ヨキは職業的な
答えを出すのにそれほど時間はかからなかった。
「まあ、統計は後からでもとれますからね」
◇
街の名前はシェリオロール。その国の首都から遠く
ヨキは報告書に
翌日は旅の準備に
日持ちのする干し肉と、山の寒暖差に対応するための衣料を、時間をかけて選んだ。アリスの体格を考え、荷物の総重量をコントロールする。背負った荷物の重さが一日に歩ける
「いけそうですか」ヨキがきく。
「なんとかね」
シュカは
「地理的要件にはそれほど問題がないように思えるね。木がほとんどなくて視界は良好。岩山ばかりだから落石に注意は必要だけど。あとはどのルートで山脈を
「ロホはどうします?」
ユヒテルに住むといわれる
「ヨキはどう思う? いると思う?」
「石化の伝説は多くありますけど」
にらまれたら石になる。その手の話は各地に存在する。そして、毒を持つ生物が由来となっていることが多い。例えば、神経毒を持つトカゲが、
「しかし今回はこれがあるからねえ」
シュカが机の上に置かれた石像を指でなぞる。街の入口に置かれていたフクロウの石像だ。
生きているその
街の人々は、黒い
「まあ、作り物ではないと思うんだよね」
「そうですね、
机の上には、アリスの店からもってきたネズミの石像も置かれている。そちらは
ネズミは内側までしっかりと石だったのだが、
「けれど、どういう原理なんだろうね。セントラルの研究機関に送って
「費用はどうするんですか」
「経費で落とせばいいよ」
ヨキは首を横に
「他の調査官に比べ、
「研究費をケチるのはよくないなあ」
「使った経費のうち、八割以上は
「よし、湖をまわるルートに決めた!」
シュカが地図に赤い線を引き、山脈を
「
「黒い
ヨキは
「とりあえずいってみようじゃないか」
「いってみましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます