1-2 『黒い瞳』 ― ホントにいたら、どうします?
◇
日が
「どうして夜に山をのぼるの? 昼の方が安全じゃないの?」
アリスの質問にシュカが答える。
「ユヒテルは特別なんだ。昼は
三人は夕暮れの
日が
「すごい」
アリスが
山の至るところが
「これが
「街の人たちはそう表現しているね。この
「じゃあ、この
「歩きながら説明するよ。夜明けまでに
三人は異界とも呼べる空間に入っていく。
至るところに
「
シュカがいうと、アリスが強く同意する。
「私もそう思ってたの!
「そうだね。
「そうなの?」
「火山ガスだからね」
それがヨキとシュカの見解だった。
二人はユヒテルと同じように、青く燃える山をみたことがある。二酸化
美しいが、なにも知らずに近づけば命と
ユヒテルも同じだ。青だけでなく
「昼でもこのガスは出ているんだ。太陽の光が強くてみえないだけ。だから夜にきたんだ。目で
ユヒテルに入って
「青白い
予定通りではあったが、
頂上が平らになっている岩の
「全然、
「うん、そうだと思う。けれど、それでも休んだほうがいい。知らないうちに
ヨキはさとすようにいう。
「あなたはいいの?」アリスがきく。
「
「わかった、がんばって
アリスはテントに入り、横になる。
ヨキは
なにかいる。こんなアナログな
「なにかいた?」シュカがたずねる。
「あそこです。街で飼われている
ヨキは
「でたね」
牛がいる。しかし、まったく動かない。全身灰色になって、
「さすがに人がつくって置いたってことはなさそうだね」
「ええ。そんなもの好きいないでしょう」
ヨキは遠くの石像をみつめる。
山の青い
「どういうことか、
「今のところ、黒い
「まずいよね。少し本気で考えておくよ」
昼過ぎにはテントをたたみ、出発した。そこからは日が
赤茶けた地層が
「ヨキ、君のやることは一つだ」シュカが
「私は独立心のある大人の女性になりたいと思っています」
アリスが
「けれど男の人の
ヨキは深くうなずき、アリスをおぶった。「重い」と
旅は厳しさを増した。歩く速度が
山脈の
「不毛の地で、出会うものといったら、かつて生きものだった石像ですか。
「そんなに悪い場所じゃないさ」
シュカが
「みなよ。あそこの
「そうかもしれませんね」
ヨキは前方を見上げながらいう。
空にむかってのびるような
「たしかに悪くありません。山小屋があります」
「しかも人が暮らしているみたいだ。休ませてもらえるんじゃないかな」
「それにしても、ずいぶんと
ヨキがいうと、シュカも片目をつむって苦笑いする。
「うん、私も思った」
◇
三人は山小屋の二階を
山小屋の主は、黒い
最初、フードをかぶり、
「ゆっくりと休んでいってください。おもてなしできるほどのものはありませんが」
「失礼ですが、なぜこのような場所で生活されているのですか?
ヨキが質問すると、女性は話しづらそうにしながらも説明してくれた。
「この子の父親は罪人なんです。そしてその血を
「あの石になった生きものたちは?」
ヨキがたずねると、女性は「わかりません」と答える。
「黒い
ヨキはそれ以上なにも聞かなかった。
「あの
「クーデターがあって、それで
「ずっと旅をしていれば、そういう
シュカは
ヨキも
「
かわいらしい姿といえなくもないが、その眼光は窓から差しこむ月の光をうけ、
「見張りだよ」
「山小屋のつくりはしっかりしてます。
「黒い
「あの女の人を疑ってるんですか? ちゃんと白目がありましたよ?」
「用心するに
「でも、どうなんですかね。言い方悪いですけど、本当に
「そうかな」
もし石化の
「
シュカさんはずるいな、とヨキは思う。
「そういうことなら、
「ヨキは
「でも、そんな話を聞かされたら
「
ヨキは自分のまぶたが意思とは無関係におりてきていることに気づく。
「一服盛りましたね」
「お休み、ヨキ。いい夢みなよ」
しかし、ヨキがみたものは悪夢だった。
朝起きたら、シュカもアリスも石になっていて、山小屋の女性が笑っている。その
深層心理にある悲観的な想像力が、そんな悪夢をみせたのだろう。
現実はのん気なものだった。
「ちょっと薬を盛りすぎたかな」
シュカはもう旅装になっていた。
「私たちは準備できてるよ。朝ごはん食べたら、いこ」
女性は相変わらず
旅も終わりに近づき、シュカが決めた湖の
「すごい!」
アリスが
湖が、宝石のように真っ赤だった。空と山と、赤い湖が織りなす
「なるほどね。石化の正体がわかったよ」
シュカがいい、「
「え、どういうこと?」
自分だけわからず、アリスは不満そうな顔をする。赤い湖と動物が石になる現象とがうまく結びつかないのだ。
「まあ、いってみればわかるよ」
シュカはルートをそれ、湖にむかって歩きだした。
◇
油断すれば
ヨキは
「
不安だろうと思い、後ろにいたアリスに手をさしのべる。しかし、
「すごい、こんな湖があるなんて」
アリスは興奮しながら、シュカにつづいて
ヨキは手をさしのべたままの姿勢で静止する。
「足の
湖の
「湖の水が、みんなを石にしたの?」
アリスがたずね、シュカがうなずく。
「
青白い
「これが
アリスは
「ヨキ、そんながっかりした顔するなよ」
「別にそういうわけじゃないですけどね。
それでも心のどこかで期待していた。いまだ観測されたことのない、生命を石化させる存在との
「いつでも世紀の大発見ができるわけじゃないさ。がっかりすることじゃない。この
「たしかに」
ヨキのちょっとだけ消化不良な気持ち。それも旅の終わりには
絶景だった。
空が、すぐそこまで
「夜も歩きたいな」
日が暮れた後、テントで休んでいると、アリスがせがんできた。旅の最初にみた風景を忘れられないのだろう。シュカに目配せをすれば、いいんじゃない、という。
「湖をすぎたら旅は終わりなんだ。今夜が最後だろうから、夜風にあたるのも悪くないさ」
異論はない。もう安全なところまできているし、なにより、ヨキも夜が好きだった。
ヨキは歩きはじめてすぐ、手に持っていたランタンの
「私さ、どうしてこんなに旅に出たいと思っているのか、自分でもわからなかったんだ」
アリスがいう。
「でも、今はわかる。多分、こんな風景をみたかったんだ。みたことがないからイメージなんてなかったんだけど、世界にはまだまだ私の知らないことがたくさんあって、それを求めてたんだと思う」
ヨキとシュカは最初から気づいていた。アリスが山脈を
まだみぬ風景。
常識を
想像を絶する自然現象。
そういう知らないなにかを求める
「アリス、それを
ヨキはいう。
「大切にするといい」
◇
空中都市セントラルの首都にある官庁街。
中央調査局のオフィスの一室で、ヨキは報告書の作成に追われていた。
現地調査があれば、デスクワークもある。ヨキは
「ちょっと
ヨキは報告書を送信する。しかし、シュカは
「いつの間に
画面には、ユヒテル山脈を旅していたときの画像が表示されていた。アリスの前でカメラ付きの
「こっそりとね。ま、旅の思い出だよ」
次々に画像をスライドしていく。
「不思議に思うことが多くなると、知の
シュカが
「セントラルとシェリオロールの技術力の差は、積み重ねた時間の差でしかない。知的
「かもしれませんね。ところで
シュカは思い出に
「なにか
「よく考えてみなよ」
シュカの顔つきは
「湖で石化するには、長時間、あの強アルカリ水に
「たしかにそうですね」
「湖で死んだ動物が
シュカが、あるスライドにきたところで手を止め、画面を
赤い湖のわきに、ヨキが立っている画像だ。特に
「そもそも、なんで
「
「部下をいたわりましょうよ」
シュカがその画像の、ヨキの背後をどんどん拡大していく。ヨキの顔はすぐに画面の外に追いやられる。何の
人だ。人がいる。
どうしてここにいるのだろう。まさか、ついてきたのだろうか。けれど、何のために?
ヨキはその
シュカはなおも拡大をやめない。女の人をみたかったわけではないらしい。
ヨキは頭をかく。
「もしかして、
シュカは
「かもね」
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