4-2『ビート侍』―おめえの、ビートで戦うんだぞ。おめえの心のリリックで。


 お気楽二人組との珍道中はその後もつづいて、俺は荷車を引きつづけた。シュカのかかえる甕の酒はなくなることがなくて、どこの妖怪からパクってきたんだよって思ったけど、よくよく観察してみたら宿場町に立ち寄るたびに酒を買い足していた。ちくしょうと思わないでもないけど、このあいだ背中を守ってくれた恩もあるし、もうなんとなくダチっぽくなってるから荷車引いて街道くだるスタイルを受け入れることにした。ヨキの野郎はグラフィティにはまったらしく、板壁や関所の門に描かれたグラフィティをみつけては、勝てると思ったら一生懸命上書きする。そういや寺子屋でもグラフィティにはまってたのは根暗なやつだったなあ、って俺は思い出す。一度、城下町の石垣に空に浮かぶ島のグラフィティを描きやがったんだが、それをみたときは鳥肌たった。なんかリアリティとロマンがぶわああぁって迫ってきて。もしかしたらこのヨキも、とんでもねえ奴なのかもしれねえ。

 とにかくヨキとシュカは旅慣れたやつらだった。遊びながら、困ってる人とかいたら素知らぬ顔しながらもしれっと助けて去っていく。

 楽しそうなところがあったらふらり立ち寄って、助けを求める人がいたら無頼気取って手ぇかして。そうやってどんどんどんどん西にくだっていくんだけど、神世守はいつも俺たちの先をいってた。まるで追いかけても追いかけても追いつけない、空の雲か、足もとの影みたいなやつだった。

 暗殺剣術を使う古河寺、剣を捨てて徒手空拳で戦うに至った無剣勝流、博奕最強の赤石の三郎長。そんな猛者と戦おうと他流試合にいってみれば、大将はみな斬られて、血のグラフィティが描かれていた。枯山水の風景、龍虎図、見返り美人、どれもこれもクオリティが高いんだけど感心してる場合じゃねえ。赤石の三郎長の子分たちに話を聞いてみれば、やっぱ老人は新世守しんせのかみと名乗ったそうだ。そんで、連れていた子供を立会人にして、他には誰も見物人を認めず、朝早くに河原でやったという。つまり、新世守しんせのかみの手の内はわからねえ。天下無双とはいえ、すげえ用心深い性格なのかもしれねえし、それゆえ天下無双なのかもしれねえ。どこの道場や寺でも同じ調子で、新世守しんせのかみがどんな音楽を聴いてどんな剣術を使うかは霧のなかだった。


「試合をするとどちらかが死ぬまで決着しないわけ?」


 夕暮れ時、草原でカラスが骸をつつく光景をみながらシュカがいう。大仏のグラフィティの手のひらで、七本槍の使い手、朱全チューが死んでいる。


「ある程度のところで決着する。でも、新世守しんせのかみと相手との技量に差がありすぎるんだろう。どれもこれも、初太刀でやられちまってる」


 俺のなかで新世守しんせのかみ道真みちざねっていう存在はどんどん大きくなっていく。行方をくらましていたあいだ、さらに剣の腕を磨いて、グラフィティっていう新しい文化を学んでたんだろうか。だとしたらあくなき探求心だ。やっぱ、そんくらいいれこまねえと強くならねえってことなんか。一度姿を消して、また現わしたってことは、一度は剣を捨てたけどまた斬り合いをしたくなったってことなのか、それともずっとどこか暗闇で刃を研いでいたのか。俺はその全てを知りたくなる。天下無双の境地を教えてくれ。俺が本気でやってる剣の道の先にあるものを教えてくれ。意味のあるものだといってくれ。

 いつしか俺はそんなことを願うようになっていた。ヨキシュカと一緒に笑いながら旅して、芝居小屋で芝居みて、河原で昼寝して、下手くそな草笛吹いたりしながらも、頭のどこかでは天下無双って言葉がずっとまわってた。

 それで、ついに新世守しんせのかみの剣術をみたやつと話すことができた。きっかけは、シュカのおせっかいだった。なんかシュカにはそういうのを惹きつける才能があるみたいだ。


「性質の悪い追剥がいるんで気をつけてくださいね」


 温泉街の旅籠で、主人がいったのだ。なんでも、2階堂兄弟っていう二人組が旅人から金品を強奪しており、武芸者すらも勝負に負けて剣や槍を奪われて困っているという。それを聞いたシュカが、すぐさま退治しようといったのだ。


「どこにいるの? その兄弟」


「奉狼山を根城にしております」


 ということで、俺たちは奉狼山にいくことになった。朝、旅籠を出て街道からそれて山道を歩いてのぼっていく。相手は悪人で、場合によっては寝込みを襲ってやっつけてもいいやという考えだった。


「武者修行じゃないから私も手をかすよー」


 シュカがぶんぶん槍を振り回しながらせり出した木々の枝を斬り落として前を歩く。


「相手は追剥だから最初から命のやりとりで危ねえんだぞ」


「わかってるって」


「しかもあいては2階堂兄弟だからな」


「知ってるの?」


「まあな」


 2階堂兄弟はもともとは有力な殿様に仕えていて、2階堂家といえばそれなりの名家だった。けど城中の陰謀策略によって失脚、そんで家も没落して野盗に身をやつしたって話だ。もとが立派な侍だからどちらも新免流の免許皆伝で、正統派の剣術使いでかなり強い。


「自分が不幸になったからって、他人まで不幸にしちゃいけないよね。よおし、シュカ様も暴れちゃうぜえ」


 シュカが腕まくりして、あまやりすぎないでくださいよってヨキがとめる。そんな感じで奉狼山をのぼっていくんだけど、追剥は出てこない。それでうろうろしているうちに廃寺をみつけて、立ち寄ってみれば2階堂兄弟の根城だった。俺は刀を抜いて、破れた障子を蹴り倒して荒れ寺に草鞋履いたまま踏み入れるんだけど、もうすでに血の匂いがしていて、まさかと思ったら、案の定、山犬のグラフィティの真ん中で男が一人刀を握ったまま死んでた。

 2階堂は兄弟で、もう一人はどこにいるって思ったら、ヨキが縁側の下をみながら指さしている。おりて覗きこんでみれば、死体とよく似た顔の男がいた。こっちは生きてる。


「でてきなよ」


 シュカが槍を隠しながらいう。でも男はなかなか出てこなくて、子連れの老侍はもういないよってヨキが声かけて、やっとのことで出てきた。とりあえず縁側に座らせるんだけど、ずっと頭を抱えて震えてる。頭はざんばら髪で、光沢のある色町の女が着るような着物をきて、見た目はすげえやくざもんって感じなのに、歯を鳴らして洟も垂れてる。

 なにがあったのかってきいても、首をよこにふるばっかで要領をえねえ。気つけがわりに瓢箪の酒をくれてやるが、やっと発した言葉が「怖えよ」だった。


「兄キが、兄キが、あ、あ、あ、あ、あ」


「おい、なにがあったんだ? 神世守がここにきたんだな?」


「バケモンだ、あいつぁ、バケモンだ。人じゃねえ、人じゃあねえ」


 ちょっと喋ったと思ったら奇声をあげてまた頭を抱えて震えちまって、まともに話もできねえ。俺はしかたなくその兄キの死体のところにいって、ちょっとグラフィティに指でさわってみれば血がまだ温かい。山道で誰ともすれ違わなかったから、この辺りにいるか、山の向こう側へといったに違いない。

 俺は走りだしてた。裏にまわって道みつけて、駆けた。2階堂兄弟の弟の怯え方は尋常じゃねえ。おそらく立ち合いをみたんだろう。

 下り坂を駆けながら俺は考える。ぐもの時からちょっとずつ感じていたが、老侍の切り口は達人の域を越えたもんで、強いのは間違いねえんだけど、どっか人間味がなくて不気味さみたいなもんがある。とにかく強いんだけど、無慈悲で。天下無双ってのは、本当にそういう強さなのか? 俺が求める剣の道の究極はそういう強さなのか? だって、俺は塩賀しおか流のやつらと戦ってるとき、リスペクトとグレイトフルに満たされていた。もしこのまま道を進みつづけたら、そういう気持ちも失くしちまうのか? 2階堂兄弟の弟のような大人をあそこまで怯えさせて、心壊してしまうような、そんな凍てつくような、恐怖で血塗られたような刃を振ってんのか?

 新世守しんせのかみ道真みちざね、一体、なにものなんだ。

 俺は小さい頃から、勝手に礼儀正しくて折り目正しい侍をイメージしてた。それが天下無双だって思ってた。でも、西街道をくだっているときに感じるのは、とてつもなく禍々しい力の奔流だ。

 なんなんだ、新世守しんせのかみ道真みちざね。どんな、天下無双なんだ。

 俺はもうつむじ風みたいになって山を転がるようにくだっていって、沢が流れる音が聴こえてきて、吊り橋みつけてその向こう側についにみつける。

 長い白髪を後ろで束ねた老侍がいた。噂通り、同じ髪型の身なりのいい十才くらいの子供を連れている。利発そうで、孫というより付き人といった感じだ。


新世守しんせのかみ道真みちざね殿か!」


 俺は向こう岸にむかって叫ぶ。そんで吊り橋にむかって三歩踏み出したところで、老侍が腰に差していた恐ろしく長い刀を抜いた。

 光水打舟こうすいうちふね

 道真が使った業物の名前で、常人では扱えない長物だったという。老侍が抜いたのはまさにそのとおりの刀だった。そして次の瞬間、吊り橋を斬った。俺は老侍が刀を振りあげたときには反射的に岸に戻りはじめていたから助かった。

 老侍は俺に一瞥くれると、まるで死にたくなければ追ってくるなとでもいうようにあごをしゃくって、子供を連れて林のなかに消えていった。

 新世守しんせのかみ道真みちざね


「てめえは一体なんなんだあああぁぁぁっ!」


 俺は叫んでいた。


   ◇


 新世守しんせのかみ道真みちざねはやはり西街道をくだりながら音に聞こえた剛の者たちを斬っていやがった。そして天下無双が再び世にでてきたって噂は風みたいに走って、皆が知るところになった。西街道をくだった先から聞こえてくる話によれば、風呂に入ったときにみえた背中には、道真のもつ数々の逸話のとおりの傷がついていたらしい。間違いなく、本人なんだろう。

 世間は帰ってきた天下無双を歓迎しているようだった。人を斬るといっても、道場の大将か悪人だけだから、市井の民は面白いとしか感じねえ。けれど俺にはどうしてもその冷たい刃の印象がぬぐえねえし、なんか不気味で、怪談きいてるみたいな気持ちになっちまう。

 2階堂兄弟の弟は結局、ダメだった。もちろん縁側の下に潜ったから切り傷ひとつついてないんだけど、恐怖で完全にトんじまったらしい。呆けた顔で一日中空を見上げては、時折、赤子みたいに泣くだけの人間になっちまった。

 天下無双ってのは人を恐怖におとしいれるものなのか。

 新世守しんせのかみ道真みちざねに対する俺の不信感ってのはどんどん大きくなる。リスペクトよりも、もっと別の、そう、世のために斬らなきゃいけねえんじゃねえのかって感覚が強くなってくる。そんで決定打は旅の終わり、西街道の終点の山城神宮が近づいてきたときに訪れた。


「うおおぉぉ、やべえ!」


 俺は荷車を引きながら思わず叫んでいた。近くの城下町で、同じ六天院りくてんいん流で一緒に学んだ友だちのジョン次郎が道場を開いていることを思い出したんだ。ジョン次郎も凄腕ってことで世に名を知られてるし、つまり、新世守しんせのかみ道真みちざねに狙われても全然不思議じゃねえ。ダチのピンチにいてもたってもいられなくて、俺はシュカを乗せた荷車をほっぽらかして走りだしてた。

 街道から城下町に入ったらもう夜で、テキトーに町人つかまえて道場に案内させて、なかに入ってみれば稽古場の真ん中でドレッドヘアのジョン次郎が腹を押さえて転がっていた。周囲には飛び散った血が、図画百鬼夜行を描いている。ちくしょう。


「ジョン次郎、大丈夫か?」


 駆け寄ってみれば、ジョン次郎は息も絶え絶えになりながら、掻っ捌かれた腹からはみ出した腸をなかに戻そうとしてる。俺もそれを手伝おうとするんだけど、いったんでちまったものをうまく戻せねえし、戻したところでどうにかなんのかって泣きながら思う。ジョン次郎も俺の顔みて、もう腸のことはどうでもよくなったみたいで、俺の胸ぐらをつかんでいう。


「ボブ蔵、オレは、悔しい」


 ジョン次郎は泣きながらいう。


「悔しいよ、あんなやつに負けちまって、悔しい。ぜってえ負けたくなかったのに。悔しいよ、ボブ蔵」


「しゃべんなよ。今、医者つれてくっから」


 でもジョン次郎はどうせ死ぬからいいっていって、俺に組みついてきて、泣きながら、口から泡とばし、目を血走らせていう。


「ボブ蔵、てめえは自分のビートで戦えよ」


「おう。ぜってえ仇は討ってやる。相手がどんな音楽でこようが、俺たちのヒップホップでな」


「ボブ蔵」


 ジョン次郎はなぜか俺が首からかけてたヘッドフォンをつかんで、投げてからいう。


「おめえの、ビートで戦うんだぞ。おめえの心のリリックで」


 ジョン次郎はそこで血を吐いて絶命しちまう。俺はうっぉぉぉって叫んでから、でも一度叫んだくらいじゃこの気持ちは全然おさまんなくて、うおおぉおっ、うおおおおぉっ、ううぉぉぉぉっって三回叫んで、それでもダメだからジョン次郎を抱きしめて泣いた。

 なんなんだよ、これ、この無慈悲さ、なんなんだよ。

 歯ぁくいしばって嗚咽してると、いつのまにか追いついてきたシュカがいて、なぜかシュカまで泣いてた。なんで泣いてんだってきくと、友だちが悲しんでるからだっていう。友だちって誰だって考えてみたら俺だった。ジョン次郎のことは知らなくても、俺のために泣いてくれてるんだ。


「なあシュカ、天下無双ってのはこんなに冷てえのか? そうじゃねえよな? お前みたいに熱い心をもったやつが強いんだよな?」


「そうであって欲しいけど、そればかりはわからない。天下無双に出会ってみないと」


 シュカが涙に濡れた目で百鬼夜行をみながらいう。尋常じゃない光景。


「それならよお、そういうことならよお」


 俺はジョン次郎を抱きかかえたまま立ち上がる。


「天下無双の新世守しんせのかみ道真みちざね、俺があいつを斬っちまえば、俺が天下無双だ。誰よりもヒップホップで、優しい天下無双になってやるぜ」


 それをきいて、シュカが涙をぬぐっていう。


「いいね」


 俺は完全に覚悟を決めて、道真を追った。

 けれど、結末は無常だった。

 西街道の終わり、山城神宮で俺たちを待っていたのは天下無双と謳われた老人の墓だった。


   ◇


 広大な山城神宮の敷地内のすみっこ、砂利の敷き詰められた場所にその墓はあった。土を盛ってつくられた山とそこに刺した卒塔婆がぽつんとある。俺はヨキシュカと一緒に、ならんで手を合わせた。

 新世守しんせのかみは俺たちが追いつく二日前に山城神宮にやってきて、お参りをしている最中に倒れたらしい。ずっと病をわずらってたって話で、そのまま荼毘にふされたんだと。

 墓には、新世守しんせのかみが連れていた子供が案内してくれた。道中、孫か? とたずねてみりゃあ、拾われただけだという。その表情は平淡で、悲しんでんのかどうかもわかんねえ。でも、新世守しんせのかみが使っていた長刀、光水打舟こうすいうちふねを大事そうに抱えているから、きっと爺様のことを恋しがってんだろう。俺は励ますように子供の頭をぽんと叩いてやる。

 ヨキとシュカはもう街に戻ろうとしてる。

 俺はもう一度だけ、卒塔婆にむかって手を合わせ、絶対に答えなんて返ってこないんだけど、心のなかで呼びかける。

 なあ、天下無双ってなんだったんだ? そこからはどんな景色がみえてたんだ? 

 もしかして地獄がみえてたのかい。教えてくれよ。剣の道をいけるとこまでいったらどうなるのか。それで、剣の道を極めても、こうやって病に負けて簡単に死んじまう。多分、自分の死期をわかってたんだろうけど、どう受けとめてたんだい?

 一陣の風が吹き抜け、木々を揺らす。

 熱かった心も墓の前では冷え、ただ無常観を感じるだけだ。

 じゃあな、まるで幻影のようだった天下無双。

 そして立ち去ろうとしたそのときだった。

 視界の右隅から銀色の刃が伸びてきた。俺は寸でのところでかわすんだけど、首にかけてたヘッドフォンがひっかかって壊されちまう。


「うぉぉぉ、なんだぁ?」


 みれば、付き人だと思っていた子供が、光水打舟こうすいうちふねを突きだしていやがる。

 まさか、まさかまさか。


「てめえ、だったのか」


 子供っていうか、そのクソガキは突きをだした姿勢からなで斬りに振り下ろしてくる。すげえ速くて、俺はかわしきれなくて肩口を斬られちまう。

 血が白砂に飛び散って、がしゃ髑髏を描いた。


「てめえ、てめえが全部やってたんだな! おい!」


 クソガキは目も口も三日月みたいにゆがめて笑いながら、爺様が死んだ、って抑揚なくいう。


「これで、斬り放題だあ」



   ◇


 シュカに手ぇだすんじゃねえぞ、っていって俺はクソガキと斬り合う。こっちは二刀流でむこうは小回りのきかない長物なのに、野郎の方が速い。天下無双に仕込まれたのか、剣閃に冴えがある。ヘッドフォンがなくて音楽が聴けねえが、むこうも聴いてねえようだから条件は同じだ。


「爺様がいないから好き勝手戦える。楽しいよお」


 クソガキはへらへら笑ってる。


「てめえ、まじトんじまってんなあ。ガンギマリじゃねえか! 今までは新世守しんせのかみがとめてたってとこか」


「うん。爺様はねえ、僕のことを忌むべき子供だっていってた。でも殺せないんだ。僕は強いから。でも僕も爺様は殺せなかった。何度も殺そうとしたんだけどお、老いても天下無双だったのさあ。僕と爺様は互角だった。でも爺様は病んでいて、もうすぐ死ぬってわかってた。だから僕を西街道の武芸者と戦わせていくことにしたのさ」


「つまり」


「そうさあ。忌むべき子供である僕を、自分で殺せないから誰かに殺させようとしたのさあ。でも残念なことに爺様より強い武芸者はいなかったみたいでえ、僕が楽しむだけになっちゃった。えへへ。そんでついに爺様も死んで、僕は自由だあ」


新世守しんせのかみは、てめえみたいなヤバい奴をなんとかしようとしてたんだな? そうなんだな?」

 やっぱ天下無双は禍々しい存在なんかじゃなかった。グロテスクな戦いなんてやらなかったんだ。剣の道から外れちまったこの子供をなんとかしようとしてた。とどめていた。


「よくもジョン次郎を斬りやがったな、クソガキ、大人の怖さを教えてやるぜ」


 ぜってえ六天院流で倒してやる。

 クソガキが長刀を脳天めがけて面取りにくるから、俺はそれを左の脇差で払って、右の太刀を膂力に頼って振り下ろす。それは避けられちまうんだけど、クソガキがみかわしの動作を取ったところに回し蹴りをくれてやる。まだ子供だから面白いように飛んでくけど、身軽だからあまりくらってないみたいで、簡単に受け身をとりやがる。でも斬り合ってわかったが、技の冴えはあちらに分があるが、経験だけは俺が勝っているし、力で押し切れそうだ。

 おっしゃお仕置きだこらぁっって思って突っ込んでいったところで、クソガキが手にラジカセをもってる。地面において再生ボタンおして、でもスピーカーだから双方に聴こえるし、好きじゃないジャンルでもリズムに合わせりゃそれなりに不利はくらわねえだろって思ってたっら、マジでそれは油断だった。スイッチョンされて、音楽流れだして、俺は叫ぶ。


「うおおぉぉぉ、チルっちまう!」


 ラジカセから聴こえてきたのはまさかのチルアウトミュージックだった。ダンスフロアで踊り疲れたあと、休憩室で流す超スローテンポなミュージック。リラックスして、くつろがすための静かで寂しい音を聴いて、俺の体はへにゃああぁぁぁってなっちまう。


「俺の体がぁぁっ」


 へにゃああ。


レイドバックスーパーリラックスしちまったじゃねえか!」


 剣を振りあげるんだけど、その重みに負けちまってのけ反って、こんなんじゃあ豆腐だって斬れやしねえ。まあこんな状況じゃあ相手も一緒かって思ってたら全然違った。クソガキはすげえ元気に動いていて、半笑いで斬りかかってくる。意味わかんねえ。こんな大音量でチルアウトミュージック流れてんのに。


「なんなんだよ、てめえはっ!」


 いってるうちに光水打舟こうすいうちふねを横薙ぎにされて脇差ふっとばされて、次に下から斬りあげられて太刀も空中に飛んでいってすげえ遠い所に突きたって、俺は丸腰になっちまう。

 こういうからくりだったんだな、って俺は思う。レイドバックして筋肉も弛緩してるから一太刀でやられちまう。こうやって、みんなやられたんだ。ぐもも、塩賀しおか幸十郎こうじゅうろうも。ジョン次郎が悔しいって泣いてた気持ちもやっとホントにわかる。自分の磨きあげた技を相手にぶつけることもなく、ただ斬られちまったからだ。人生かけて体得した技を、命をかけてぶつけあうのが勝負ってもんなのに。ちきしょうって思って、うおおぉぉって気合入れて叫ぼうとするんだけどやっぱチルってるから無理で、ほぉぉぉって間の抜けた声を出しているうちに腿とか二の腕とか斬られちまう。


「爺様が生きてたときは相手いたぶると怒られたからさあ」


 虫の手足をもぐような感覚で、楽しんでやがる。四肢から飛び散った血が、四つの顔のグラフィティを描いてる。ぐもと、塩賀しおか幸十郎こうじゅうろうと、ジョン次郎と、天下無双。

 ちくしょうちくしょう。こんなやつに負けたくねえ負けたくねえ。そう思うんだけどやっぱ体は弛緩してて、もうダメかって思ったときに大勢の足音が聞こえてくる。誰かが騒ぎを聞きつけて番所の役人たちを呼んだんだ。


「ねえアフロの兄さん」


 クソガキが刃をべろおぉぉと舐めながらいう。


「明日の朝、海辺で決着つけようよ。侍は、逃げたりしないんでしょお」


 俺は今晩でもいいぜって虚勢を張って言い返すけど、野郎はダメだよおって気の抜けたこという。


「爺様から、夜は早く寝ろっていわれてたからね」


 クソガキは走り去っていった。

 俺は立ち上がろうとして、でも四肢を斬られているしなによりレイドバックしてるからやっぱ倒れそうになる。そこを左右からヨキとシュカが支えてくれる。その動きがすげえシャンとしてて、なんでこいつらレイドバックしてねえんだって俺は不思議に思ってそういうと、「そりゃそうだよ」とヨキはいう。


「僕たちはね、とても遠いところからきたから、体の性質がちょっと違うんだ。音楽を聴いて、そこまで体に影響を受けないんだよ」


「え、そんなことあんのかよ」


 戸惑う俺に、シュカがいう。


火ノ本ひのもとの国がある島の人たちくらいのもんだよ、音楽でそんなにアップしたりダウンしたりするの。そこがカッコよくて、私たちは見聞録をつくりにきたわけだけどさ」


 俺はいう。

 マジかよ。


   ◇


 朝、旅籠の部屋の、布団のなかで手足が動くのを確認する。ヨキがもってた塗り薬がすげえ効くやつで、俺の手足はもう万全の状態になってる。

 昨夜、二人から話を聞いた。なんでも、火ノ本ひのもとの国の民はみな聴く音楽によって頭の中に興奮物質や鎮静物質が発生するらしい。それはヨキやシュカも同じらしいんだが、俺たちはその量が尋常じゃないんだという。だからアッパーな音楽聴いたら元気になって力もでるし、ダウナーな音楽聴いたらへにゃあぁあってなる。けど、ヨキとシュカはその頭の中の物質がそこまで音楽と連動していなくて、おそらくあのクソガキも、突然変異なのか、遠くから拾われてきたのか知らないが、音楽に影響を受けにくいんだろうって話だ。だからチルアウトミュージック流して、相手を無力化して斬るって戦法が使えるんだろう。

 俺は枕元にあった刀を手に取ってみる。ヨキかシュカが研いでくれたんだろう、ピカピカになっていた。


「おめえら、俺たちの体質を調べに遠くからきてたんだろ。もう、十分じゃねえのか?」


 膳を用意してくれてるシュカにいう。白飯とみそ汁をちゃぶ台においてくれる。俺は布団に座ったまま、それをかきこんだ。


「まあね。十分っちゃ十分だけどさ。最後まで見届けないと。天下無双の行く末をさ」


「酔狂なやつだぜ」


 俺は羽織をきて、予備のヘッドフォンを頭につける。しっかり二本差したところで目まいを起こしておれは尻もちついちまう。


「失った血まではすぐには戻らないからね。あまりおすすめしないよ、今から決闘にいくの」


 シュカがいう。


「ちょっと不利すぎると思う」


「そんなのわかってらあ」


 でも、そんなこといってられねえ。負けられねえ。あいつを斬らなきゃ、俺はどうにかなっちまう。あいつは自分の技を高めるんじゃなくて、相手の足を引っ張る方法で、ぐもを、塩賀しおか幸十郎こうじゅうろうを、2階堂兄弟の兄を斬りやがった。リスペクトとグレイトフルをもって、斬り合うべき相手たちを。今際のきわのジョン次郎の顔が浮かんで、もう俺の怒りは爆発寸前だ。悔しいってあいつの無念を晴らしてやりてえ。あんな邪悪な剣が強いなんて、そんなことあっちゃあいけねえ。

 次はぜってえ負けねえ。


「ワンスアゲイン」


 もう一回だぜ。

 俺は立ちあがって、部屋からでて階段降りて、裸足のままで駆けだしていく。どうせ海辺の砂浜で戦うんだ。草鞋なんていりやしねえ。松林抜けて白浜について、波打ち際をかけていきゃあ、青い空の下、光水打舟こうすいうちふねをかまえたクソガキがいやがる。陽をうけてキラキラひかる海が眩しいなって思いながら、俺はカセットをセットする。カシャッ、ガチャン。ヒップホップが流れ出して、もう今さら名乗りなんていらねえ、そのまま走り込んでって跳びあがって大上段から刀振りおろす。クソガキは長え刀をもう片方の肘でささえながら俺の重い一撃を受け止めやがる。

 足元にはラジカセがあって、多分、チルアウトミュージックが流れてんだけど、俺は最大音量でヒップホップ聴いてるからそんなの聴こえねえ。手の内わかってりゃ怖くねえぜ。このあいだみたいにヘッドフォン壊されなきゃいい。おらぁっ、大人ばかにしてんじゃねえぜって怒鳴りながら俺はもう自分が嵐になったんじゃねえかって思うくらい刀を振るう。ビートなんて関係ねえ、リリックの一文字一文字にのせて撃つ。光水打舟こうすいうちふねの撃ちおろしを二刀を交差させてとめて、足振りあげてクソガキの顔面蹴りあげる。んで、ひるんだところに脳天カチ割るようなとどめの一撃を叩きこもうとする。スイカが割れるみたいに脳漿飛び散らしてやるぜって気合入れていくんだけど、クソガキの野郎、急に泣きだしやがって俺は手をとめちまう。

 顔くしゃくしゃにして、その表情はまさに十才の少年で、ヘッドフォンで聴こえないんだけど口の動きは「ごめんなさいごめんなさい。僕、なにがただしいかわからなかったんだ」っていってる。んで、俺は刀をおろしちまう。やっぱまだ子供で、子供って残虐なとこあるし、これから改心するならここで殺す必要ないんじゃねえかって思っちまう。で、クソガキの口が「おじさん、バカだね」って動いたときには手遅れだった。嘘泣きだった。さっきまでの態度とはうって変わって凄惨な表情で、すげえ速さで下から斬りあげてきた。ヘッドフォンの線が切れちまって、ヒップホップが聴こえなくなる。かわりにラジカセの音が耳に入ってきちまう。


「うぉぉっ、レイドバック!」


 俺の心と体はまたチルっちまう。


「ほんと単純だよね。ビート侍って、無駄にカッコつけてさあ。このあいだのドレッドヘアのおじさんもそうだったよ。子供が泣くとすぐ許そうとするんだ。それがカッコイイって思ってるんだろうね。あと、そのアフロ、超ださいよ」


「ジョン次郎のことを悪くいうんじゃねえ、殺すぞ。あと俺のアフロは超クールだろ」


 っていいながらも俺の体はへにゃあってなって、まじで戦えねえ。斬りつけられるたびに体のあちこち斬られて、白浜にばんばんばんばんグラフィティができあがっていくんだけど、それをみてる暇もねえ。中途半端にかわすだけでせいいっぱいだ。

 俺はついに這いつくばって、刀を鼻先に突きつけられる。


「けっこおぉ、ねばったねえ」


 俺はもうさすがに観念してて、卒塔婆一本立ててもらえるかなあ、なんて考えてる。今思えばわけわかんねえ人生だった。親父の仇討のために旅に出て、年くって、このクソガキにしっちゃかめっちゃかされて、なにもなさないまま死んでいく。剣の道も、ヒップホップもただ好きだってことしかわからねえ。なんでこんなことしてたのかもわからねえ。そんとき、なんか知らねえけど、ジョン次郎の言葉が浮かんでくる。


『おまえの中のビートで戦うんだぞ。おまえのリリックで――』


 もしかしたらまだあきらめる必要はねえんじゃねえかって俺は思う。チルアウトミュージック聴かされて頭の中に鎮静物質満タンになっちまってるけど、これ、自分でなんとかアッパーにできねえのか? 

 俺は音を探す。人類が初めて聴いた音楽はヘッドフォンからか? そうじゃねえだろ。もっと身の回りにあったもんだ。太鼓よりも、鉦よりも、もっと原初の音。例えば雨が葉をうつ音。でも今は晴れてる。じゃあ、波なんかどうだ? グルーヴィーな音楽のことを波のような音って表現したりするくらいだ。俺は波の音に耳を澄ませて、それに合わせて刀を振って光水打舟こうすいうちふねを払って立ちあがった。

 クソガキは驚いた顔してるが、まだだ。俺はグルーブ侍じゃねえから波の音なんかじゃたいした力はでねえ。そんでもう一度耳を澄ませば、今度はまじもんのビートを体のなかから感じる。左胸が、熱い鼓動ビートを刻んでやがる。

 チルアウトミュージックがなんだ。ここに他に音楽がないなら、自分で奏でりゃいい。音楽ってのはカセットに記録されたもんが全てってわけじゃねえ。

 俺はビート侍で、ヒップホップが好きだ。

 ビートは左胸にあって、ヒップホップは俺の魂のなかにある。だったらやることは一つだ。ビートに合わせて自分で唄って、それに合わせて戦えばいい。

 生きざまはリリックで、リリックは生きざまだ。下手でもいい。そう思ったら、口をついてでてきた。


 俺は放浪のアヴェンジャー、近づくとデンジャー、外道、化生、畜生は斬るorKILL!


 いけるぜ。

 みてろよクソガキ。


   ◇


 火イズル国さすらい ビート刻むSAMURAI 一手ミスればNoLIFE

 Cosmicな幻想 天下無双 無法の剣客がゆらり いきつくさきは卒塔婆の空へFly

 熱狂いろどり色彩斬り合いさらにヒート ビート・イット あの頃の気持ちのままで戦って

 流れて別れて目指しました 月の真下であなた想い流した涙 それでも刀ひとつ生きる明日

 放浪の旅芸人 三味線一曲弾いてくれ そのあいだに一閃終わらすぜ いくぜ


 俺は放浪のアヴェンジャー、近づくとデンジャー、外道、畜生は斬るorKILL!

 乱れた世を憂い 転がる死体 世なおし期待 居合 死合 侍のセンスでDance

 嵐巻き起こすビート侍

 深夜27時のフリースタイル おそれずにBite 夜明けまでFight

 ビート刻むSAMURAI 義の元さぶらひ 強者求めてさすらい

 マイクつかんだら離さない 

 刀 胸に死にゆくSAMURAI 


 俺は、心臓のビートに合わせてリリック紡ぎながら斬り結ぶ。クソガキもやっぱ年の割には技が冴えてて、うまく防いで反撃してきやがる。でも、こんなもんじゃねえ。ぜってえ負けねえ。音楽は人を活かすためのもので、相手にマウントとるために使うもんじゃねえ。最高まで自分高めて、そんで命を懸けて斬り合うから美しくて、尊いんだ。そいつをこいつにわからせなきゃならねえ。心を折らなきゃいけねえ。俺は「おらぁっ、まだやんのかこらぁ!」って吠える。クソガキはまだ汚え意志みたいなもんを瞳に宿してやがる。いいぜ。セカンドコーラスいくぜ。ワンスアゲイン。


 巷間さすらい ビート忘れぬSAMURAI いつか手に入れるYasuragi

 求めて琵琶法師のサッドソング聴きながら進む道ソーロング 無常のソングが空からFly

 暗い 夜がつづいても火はまた昇りキーポンムーヴィン スウィンギン 求めて鍔迫り合い

 成敗 するぜ許せねえワックMC 決意 刀構えて花鳥風月 切り捨て御免の山紫水明 

 放浪の修験者 経をひとつ唱えてくれ そのあいだに決着つけるぜ いくぜ


 俺は放浪のアヴェンジャー、近づくとデンジャー、外道、畜生は斬るаndKILL!

 乱れた世を憂い 転がる死体 世なおし期待 居合 死合 侍のソウルで勝負

 時代つくるビート侍

 深夜27時のフリースタイル おそれずBite 夜明けまでFight

 ビート刻むSAMURAI 愛の元さぶらひ あなた求めてさすらい

 道の先みえる一筋のLight 

 刀 胸に抱きゆくSAMURAI


 俺は戦いながら今まで出会ってきたやつらに感謝する。あいつらのおかげで、俺はここまでこれた。強くなれたと思う。全ての侍に限りない感謝と敬意を。

 相手を好きになって、抱きしめるように斬る。それが俺の貫くスタイル。

 迫りくる長刀に俺は渾身の力で太刀を殴るようにぶつける。ふたつの刀身が砕け散る。


「終わりだ! ボーイ!」


 俺はクソガキの足を踏みつける。逃げようとしやがるが、釘みたいにばちんと踏んでいるから足は離れねえ。そこから俺は脇差を放り投げて、クソガキの胸ぐらをつかむ。そんでノーミュージックノーライフって叫びながら、こっちの目ん玉からも火が出るくらいの最高の頭突きをくらわせてやった。

 手を離してやると、クソガキは白浜に倒れてのびた。完全にトんじまってる。


「てめえがちゃんとした侍になったら、そのときに斬ってやるぜ」



   ◇


 お陽さんの下、街道を歩きながら俺は寂しい気持ちになる。シュカは荷車に乗ってなくて、それがもうお別れのときだってことを物語ってる。ヨキも、スプレー缶をもっていない。

 二股の分岐路にきたところで、俺たちは立ちどまる。ヨキとシュカは左にいくし、俺は右にいくからここでサヨナラすることになる。もうちょっとこいつらと一緒にいたかったな、なんて思って、なんで俺、こいつらのことこんなに好きなんだろって不思議に思う。

 おめえらこの後どうすんのってきいたら、シュカは全世界の見聞録をつくるんだなんていう。途方もねえ旅を、お気楽にずっとつづけていくんだろう。


「ボブ蔵は?」


「空の下をさすらうだけよ。そんで、いつか天下無双にたどりつきてえ」


「もう迷ってないの?」


「おう、なんとなくだけど、わかったんだぜ」


 時代遅れのヒップホップにこだわって、そんな不利な曲選んでるのに強敵倒そうとしたり天下無双に想いを馳せたりする。頭では奉行の誘いに乗って普通に暮らすのが一番ってわかってんのに、さすらっちまう。俺のやることなすこと、人生自体が支離滅裂でまったく理にかなってねえ。なんでこんなんなんだろって悩んでたけど、旅の途中からその理由がなんとなくわかってきた。激情なんだ。心の奥から突きあげてくるその激情はとても強くて、俺にはコントロール不能で、頭で考えることをすぐに飛び越えちまって、だから支離滅裂になっちまう。俺はその激情の名前をいおうとするんだけど、なんていっていいかわからずに、喉のそこまできてんだけど、うまく表現できなくて、あうあうしちまう。それをみてシュカがちょっと不敵に笑いながら、俺の左胸に拳をドンッとぶつけていう。


「愛だろ」


 それをきいて、俺はうぉおぉぉってなっちまう。そうなんだ、愛なんだ。俺はヒップホップを愛してて、剣の道も愛してて、仇もライバルも斬り合いながら相手のことを愛しちまって、その愛は他のことなんか知らずに勝手に走っていくから、整合性なんてものはなくて、俺のやることは脈絡がなくなっちまう。そんでヨキとシュカのことも愛してて、このまま別れるのがすげえつれえ。ずっと一緒にいてえ。でも俺たちは風来坊だから、ずっと一緒になんてありえねえ。


「でもよお、道が分かれたから右に左にはいさようならじゃあよお、ちょっと味気なくて、締まらねえよなあ」


 俺がいうと、シュカがうなずく。


「踊るか」


「だね」


 ヨキがしらけた顔をしてるけど、それが照れ隠しのポーズだって俺は知ってる。二人は見聞録をつくる検分役みないなものなんだけど、上からみおろして不満だけいってる批評家みたいなチンケなタイプじゃねえ。否定から入るつまんねえ人間じゃなくて、なんでもいったん受け入れちまうすげえ懐の深いやつらで、ヨキだってグラフィティ描いちまうくらいノリのいいやつで、だから俺がガキから取りあげたラジカセにカセット入れてスイッチオンしたらちゃんと一緒に踊ってくれる。ヨキはすげえ下手くそでロボットダンスみたいになってんだけど、それでもちゃんとギコギコ踊ってくれる。

 俺はスワイプきめながら思う。

 やっぱ愛だし、愛しかねえ。愛ってすげえ偏執的なとこあって、愛してる人を殺されたら十年かけて仇討とうとしちまうし、十年も追いかけてたら仇にも謎の愛着湧いちまうし、斬り合って命かかった状況でも愛があれば嬉しくなっちまうし、愛は突き抜けちまってるからとにかく滅茶苦茶になっちまう。その場その場でいけるところまでいって、整合性とか辻褄とかジャンルとか、こうじゃないといけないとかを置き去りにして、文脈も脈絡もバーストさせて、ランダムになっちまう。そうやってランダムにウォーキングしていくのが愛で、人間なんだと思う。俺はもっと愛したい。全てのめちゃくちゃを、めちゃくちゃに愛したい。めちゃくちゃだって、したり顔で指摘してくるやつらを愛して抱きしめたい。


 LALALALA

 ダンシンスルーザナイト オドラナイト アイシテナイト


 俺たち三人でわけわかんねえ創作ダンスをしてると、通りがかりの旅人や行者、虚無僧や渡世人の兄ちゃんたちや力士なんかがくわわってみんなで踊りだす。そのなかにはよくみりゃあ、あのクソガキも、新世守しんせのかみも、ぐもも朱全チューもいる。ジョン次郎も腸はみださせたままサンバみたいなの踊ってて、俺がそれ大丈夫なのかよってきいたら、ファッショナブルだろって笑う。これが愛の力なんだと思う。


 LALALALA

 ダンシンスルーザナイト オドラナイト アイシテナイト


 ヨキが愛ガットリズムとかいいながら陽気にタップダンスを踊ってて、こいつホントにヨキかよって思うけどかまいやしねえ。俺たちの行動や性格や発言ってのはいつでも気持ちでいってて、それが愛ってもんだろそうだろ。一貫性なんてもんは寺子屋で使うしようもない帳面のなかにしか存在しねえ。


 LALALALA

 ダンシンスルーザナイト オドッテナイト アイシテナイト


 俺の足は一貫性も整合性も無視していきたいところにいく。すべては乱歩で酔歩。そんでヨキやシュカみたいにでっかく愛していきたいと思う。多様なもんを愛していきたいと思う。理不尽や不合理も愛していきたい。それができれば、天下無双。夢想、無想、幻想。


 LALALALA

 オドッテナイト アイシテナイト


 愛してるぜ、世界。

 ラ・ラ・ラ・ラヴ・ザ・ワールド。


   ◇


 セントラルの官庁街にある中央調査局のビル、ペアを組む調査官ごとに一室与えられる少し狭い執務室のデスクで、ヨキは突然、覚醒し、戸惑いを覚えた。昼寝をするのはシュカの十八番で(なぜかオフィスにアイマスクが常備されている)、まさか自分が勤務中に意識をトばしちまうなんて、いや、とんでしまうなんて初めての経験だった。


「どうしたのさ、狐につままれたような顔して」


 シュカがいう。今朝、通販でとどいた巨大な怪獣のぬいぐるみを膝にのせて遊んでいる。


「なんか、すごく変な白昼夢をみまして。SAMURAIっていう謎の人種が」


 ヨキはそういってから、物憂げに頭を抱えた。夢のなかでハイテンションでタップダンスを踊ったなんていったら、シュカは爆笑するだろう。


「すごく変な夢だったんですよね」


「それのせいでしょ」


 シュカが怪獣の手を使って、ヨキのデスクにおかれた花をさししめす。ライラケレの里からもって帰ってきた、異国の夢をみせるという金色の雪の花だった。

 ヨキはため息をついて花を袋につっこんで引き出しにしまう。そして、ぬいぐるみを顔におしつけて堪能しているシュカを横目でみながら、人事部に配属されている入庁同期の女の子とのメッセージラインを立ちあげた。

 問い合わせる内容はシュカについてだ。シュカは最近、頻繁に調査局に駐在している産業医と面談をおこなっている。


『教えられるわけないじゃん』


 同期は最初、職業的倫理観をもって断ってきた。しかしその先輩のこと好きなの?と質問してきて、そうだとこたえたら教えてくれた。みんな恋愛ジャンキーだ。


『幻視が消えないらしいよ』


 時折、視界のなかに女の子が立っているのだという。それは執務室でも起きているらしい。ヨキはすぐにジョエルの死者と語らう音楽会のことを思ったが、産業医との面談記録によれば、シュカの幻視はそれよりも前に始まっているという。


『ちょうど君たちがエスレヘム文明の調査から帰ってきたときから始まってるみたいだよ』


 ヨキは同期にご飯をおごる約束をして、メッセージラインを閉じた。

 シュカは以前、エスレヘム文明の調査に際して、高層階から転落している。本人いわくそのときに一度死んでいるらしく、文明発祥の地にあると推測される謎の物体、モノリスの干渉によって助かったのだという。その影響、後遺症で、幻視の症状があるのだろうか。しかし自分から話そうとしないのだから、いつかいいだす日まで待つしかない。

 そのシュカといえば、もうぬいぐるみには飽きたようで、デスクのおもちゃの山において、次はなにをしようかなと思案顔をしている。


「先輩」


「なに?」


 ヨキは色々とききたいことはあったけれど、結局、いつもの「ちゃんと仕事をしてください」というセリフをいうだけだった。


「わかってるって」


「まったく。まだライラケレの里の調査報告書も書いてないんですからね」


 ヨキもさっきの白昼夢を振り払い、仕事に集中しようとして、目をみはった。


「先輩、それ、なんですか?」


「これ? 音楽聴きながらのほうが事務仕事ははかどるからさ」


 シュカはヘッドフォンをする。なぜか有線で、それがつながっているのはセントラルではあり得ないほど技術水準の低い、骨董品のようなデバイスだった。

 カシャン、ガチャ。

 カセットをいれて、シュカが頭をふりはじめる。そしてキーボードを叩きながら、鼻唄をうたう。


 オドッテナイト

 アイシテナイト

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世界を愛するランダム・ウォーカー 西 条陽/電撃文庫 @dengekibunko

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