4-1『ビート侍』―キーポンムーヴィン。いけるところまで。
親父が城中で斬られたのが十年前。俺は十五才で、明日から城にあがって奉公をはじめようってときだったけど、世の習わしで親の仇を討たなきゃ一人前じゃねえっていうんで、そっから俺の
そんなわけで仇討ちだけが俺の人生みたいになっちまったわけだけど、全然後悔はしてねえ。思えば仇討ちが始まる前の俺ってなにも考えてない馬糞みたいな人生送ってて、テキトーに茶屋の娘にちょっかいだして、街中で馬ころがして、マジどうしようもねえ悪ガキだったと思う。でもそんな俺も仇討ちのために刀握って、真剣になって、剣の道っていうマジになれるもんみつかって、すげえ変われた。刀を構えてるだけで周りの雑音は消えるし、なんか自分ってやつとか、対峙した相手の魂ってもんが手にとるようにわかって、それがすげえ大事に感じられる。だから多分、俺は仇討ちの相手に出会ったら、感謝しながら斬り合えると思う。剣の道に出会わせてくれてありがとう、俺の人生を導いてくれてありがとう、って。もちろん親父を斬った許せねえやつだし、城中での評判も最悪なやつだった。だけど、正々堂々の勝負だったって話だし、それだけ強いってことはなんか良いところがあんだろって、いつの間にか思うようになってた。とはいえ居場所が全然みつかんねえところはまじ
最近じゃあ、それでもいいか、なんて思い始めて、用心棒とか道場破りとかしながらホントに剣の道だけに生きはじめてる。駆け出しのころは全然音も韻も聴こえてなくて、ただやみくもに剣を振り回して気づいたら勝ってて、でも勝負が終わるたびに震えてて、もう二度とやりたくねえって思ってた。でもいつしか、俺より強い奴に会いにいきてえとか、もっとこう、速く剣を振る方法はねえかとか、そういうこと考えるようになってた。仇討ちできなくても、二本差してりゃ侍だし。仕官できなくて髷も結えねえけど、剣の強さには関係ねえ。用心棒の方が稼げて不自由もしねえから、そんな感じの剣客商売の方が板についちまって、あんま仇討ちのことは意識しなくなってた。剣の道で天辺とることばっか考えて。でもやっぱ、仇討ちの相手が二間ほど先で屋敷を構えてるって聞いたときは全身から火が出るみたいな気持ちになった。
つい、半刻ほど前のことだ。
放浪の末、
一人になって茶屋の姉ちゃんが置いていったお守りを握りしめる。戦のなくなった時代に侍なんて不要で、そんなもんやめちまって商売人になれっていうのも頭ではわかんだけど、俺は十五の時から仇討ちに生きてきたから心の芯がそこから一歩も動けねえ。でも今夜そいつを斬ったらまた違う景色がみえてくんのかもって思う。剣の道はやめねえけど、そういう過去の因縁めいたものを斬れば俺はもっと前に進めるんじゃないかって根拠不明の希望みたいなもんが湧いてくる。じゃあいっちょやるかって、羽織を肩からかけて草鞋を履こうとするんだけど俺の手は震えちまってる。やっぱ怖え。そんじょそこらの相手じゃねえ。
故郷じゃあもちろんのこと、この火ノ本においてもちっとばかし名の知れた侍だ。三十年ほど前に僧兵たちが公儀に反旗を翻して各地で蜂起したマヒマヒ寺の乱の鎮圧戦では、孤立した前線で体中に矢が突き立ってハリネズミみたいになりながら一人奮闘して援軍がくるまでの時間を稼いだって話だし、槍聖と称された武芸者、六本木コージとの腕比べでは、十文字槍の先端で左眼窩を突き刺されながらも槍の柄を叩き斬って、抜いて、刃の先にでろんとなっていた自分の目ん玉を喰って、うめええぇぇぇって叫んだっていう、肝が太いんだか頭が悪いんだかよくわかんねえ逸話も持ってる。泣き止まない子供にむかって泣き止まないと
俺は旅籠を出たところで腰からさげた瓢箪のなかに入ってた酒を気つけがわりに全部飲んだ。腹の底が熱くなってきて、俺はなんだかやれる気がしてくる。
十年、このときを待った。修行して強くなってやっとあいつを倒して自分の人生始めるぜって故郷の城中に乗り込んだとき、
カシャン、ガチャ。
この日のために自分でMIXしたベストオブ俺セレクトのヒップホップミュージック。ボーズのヘッドフォンから流れるそのすげえアガる音の波を聴いて俺は自然に頭をふりはじめる。
ドゥーイット、ドゥーイット、ドゥーイット、ファッキンジャスドゥーイット。
キーポンムーヴィン。いけるところまで。
気づけば俺は町人がゆきかう提灯のつられた明るい通りを駆け出していて、千鳥格子の着物をきた女の脇を、へべれけに酔っぱらった岡っ引きの股のあいだを、すりぬけてぐんぐんぐんぐん走ってゆく。辻で折れて暗い通りに入ると自然と刀と脇差を抜いていた。空には白々とした月が浮かんでいて抜身の刃が闇のなかに浮かび上がる。その冷え冷えとした白刃の輝きをみて俺の心は熱くなりながらも、どっかでひとつ芯の入ったしっかりしたもんになる。
もう止まれねえ、
暗がりのなかに茶屋の姉ちゃんが教えてくれたいかつい武家屋敷がみえてきて、なかから漏れてくる灯りとかもなくて、静かでどこか空恐ろしげで、でもなかにはあの
油土塀に足かけて乗り越えて着地して、白砂利蹴散らして走り出して、松よけながら古池飛び越えて、縁側に飛びあがって障子を蹴破る。オラァ、
そんで、俺は一番奥の間で
え? おかしくねえか?
俺はまだなんもやってねえ。障子蹴破って、悪趣味な金屏風を投げ飛ばしただけで、そしたら畳の上で
「てめえ、トんでんなあああぁぁぁぁっ!」
俺は
でも、
「おめえ、咲いちまってんじゃねえか!」
ボーイ。
俺は途方に暮れる。
十年、こいつを追いつづけて生きた。仕官もできねえから好きな女をあきらめたこともあるし、みんなが花火だ喧嘩だやってるときも、祝言あげてるときも、剣振ったり山こもったり、決闘のときにノれる曲を探しつづけてた。
死んでんじゃねえぞ。
呟いて、刀をおろす。
もう、わけわかんねえ。気持ちぐちゃぐちゃになって、ずっと華みたいになっちまった
斬ったやつ、とんでもねえ腕してやがる。マジやべえ。魚おろすよりも簡単に、弛緩した脂肪を斬ったみたいに綺麗に切り分けてやがる。曼珠沙華みたいにみえるんじゃねえ。曼珠沙華の形そのものだ。そんな風に血が飛び散るように斬りやがったんだ。あの
萎えていた俺の心に火がともる。
こうなったらやることは一つしかねえ。
俺の十年来の仇を斬った男に会いにゆく。そして、命を張ったフリースタイルバトルとしゃれこもうじゃねえか。
これが俺のアンサー、そうさ、いつもこうやってきた道、これからの道。
いくぜ。
◇
ちゃんと仇討ちの届出をしていたから、俺がお白洲に引きだされることはなかった。むしろ仇討ちできなかったことに同情されて、一晩、お奉行の屋敷に泊めてもらって、朝から酒飲みながらそのまま形だけの聴き取りがおこなわれることになった。
「歩武信蔵、略してボブ蔵っていやあ、なかなか名の通ったビート侍じゃねえか」
お奉行様は、そりゃあ昔は相当なワルだったんじゃねえかってくらい砕けた人で、着流しから足出して片膝つきながらおちょこでぐびぐびいってる。すげえクールだと思う。
「あっしなんざぁ、まだまだでございます。切った張ったで生きてはきやしたが、いまだ剣の道も極まらず、結局、親父の仇も討てずじまいの半端ものでございまさぁ」
「そいつぁ、お前さんが高えところを目ざしているからそう思うのよ。六天院の使い手といやあ、相当なもんだぜ。無双の二刀流。前に一度、旅の武芸者が使っているのをみたが、脇差で相手の得物を払ってからの、膂力に頼った太刀の撃ちおろしには寒気がしたもんだ。力と、繊細な技術と、完璧なリズム感があった。お前さんはどんな技が得意なんだい?」
「頭突きにございます」
足を踏んで逃げられないようにして、脇差を投げ捨てたところから相手の胸ぐらつかんで頭突きを見舞うのが俺の決め技で、そうやって勝ってきた勝負の数々を話すと、お奉行様はおもしれえじゃねえかって笑った。
「髪型もなかなか興がのってるねえ。なんか、ワケでもあんのかい」
いわれて、俺は自分の頭をさわる。朝だからしぼんじまってて、わしゃわしゃやって空気を送り込んでふくらます。
「まるで無為な時間を送ってしまいました。十年もアフロスタイル貫いて、剣の道もアホなスタイルで、世間に顔向けできねえわ故郷に花も手向けれねえわ、そんな人生でございまさあ。
「多かれ少なかれ、なにかに取り憑かれたみたいになって、無為に時間を過ごしちまうってのも人生なんじゃねえかな。仇討ちだけじゃなくてよ。オレも、家族養うことと、下手人を捕まえることと、出世することだけに躍起になるだけで、もうなにがなんだかわかんねえよ」
「お奉行さまのそいつぁ、胸を張れることじゃあございやせんか」
「仇討ちや剣の道となんら変わらんと俺は思っちょるぜ。家族や奉行の地位も無為のようにも思えるし、意味のあるもののようにも思える。終わってみなけりゃわからなくて、終わってみりゃあ、どれもこれも小さなことなんじゃねえかなあ」
結果じゃなくてそんときなにをしたかだけなんじゃねえかなあ、ってお奉行様はいってくださる。仇を討てなかった俺を励ましてくれてるんだろう。でも、その言葉に偽りは感じられなくて、俺はその通りかもしれねえって納得する。結果なんかじゃねえ、どんなスタイル貫いたかが大事ってこと。それはいつもリリックから教えられてることなのに、俺、
ものは相談なんだが、って前置きしてお奉行はいう。
「俺の番所で同心をやらんか。
しかし、お奉行様の番所は俺の見た限りロックを中心としたリフ侍で構成されていて、どう考えてもヒップホップのビートで要所要所で重い一撃を繰りだす俺は浮きまくっちまう。そういうと、音楽性の違いくれえ問題ねえだろってお奉行様はいってくれる。たしかにヘッドフォンで各々のナンバーを聴いてりゃあ、特にスタイルの違いは問題にならねえのかもしれねえ。
「しかしお奉行、ありがてえ申し出なんだが、あっしにはどうしても戦わなきゃいけねえ相手ができちまったんでございやす」
「あの、血で彼岸花のグラフティを描いた野郎かい?」
俺はへえ、とうなずく。仇敵だった
「しかし、俺も
「承知の上でございます」
やっぱ俺には剣の道しかねえし、そんな強えやつが相手ならグレイトフル感謝する気持ちで戦えると思う。
「下手人が誰かはわからねえ。しかし見廻組の話によりゃあ、最近、ここいらに子供を連れた凄腕の剣豪が流れてきていたそうだ。なんでも頭が真っ白になっちまった爺様で、まるで孫をつれているかのように散歩しながら、強いやつはいないかと方々に聞きまわっていたらしい。好々爺のような外見だが眼光鋭く、裏で人斬りの仕事をしては小銭を稼いで連れてる子供に飴や風車をかってたって話だ。孫をつれた老人。あてもなく探すよりはいいだろう」
「かたじけねえ」
お奉行は刀二本を返してくれて、門の外まで送ってくれる。
そして空を見上げて、俺は思う。
どこにいっていいかが全然わからねえ!
とりあえずそこらじゅうで孫連れた爺様見なかったかって聞いて回ったら、ここは都でそんなやつ山ほどいるし、爺様は二本差しだっつってもまだ山ほどいる。子供連れの人斬りって舐めてんのかって思ってたけど、存外、市井の民と偽るのに都合がいいのかも知れねえ。
また戦いてえ相手の行方が杳として知れず状態かよって嘆いて、蕎麦屋入って蕎麦食って酒飲んで、一杯が二杯に、二杯が三杯になってへべれけになって気づいたら夜だった。
そういや今夜は有名なトラックメーカーが都にきてるって話だったから、蕎麦屋の店主に多めに金払って店出て、裏路地入って坊主頭の黒い着流しきたヤクザもんが二人立ってる地下への階段を顔パスで降りてって板戸開けりゃあ、そこはもうダンスフロアーだった。モヒカンの兄ちゃんに金払ってギヤマンの徳利に入った酒煽って、フロアーの真ん中いって「針落とせ、皿回せ! DJ! 朝までヨー!」って叫んだところで今夜のイベントがヒップホップじゃなくてエレクトリカルダンスミュージックなことに気づく。でも、もう仕方ねえからって頭ふって踊りまくってたところ、このボブ蔵様にためはれるくらい踊れてる派手な姉ちゃんをみつけた。
撫子柄の着物をきて裾をまくって白い足みせながら楽しそうに笑って踊ってる。ボックスとか基本的なステップを原型なくなるくらいアレンジして、もうめちゃくちゃになってんのにすげえキレがあって、みんなその女をみて口笛吹いたりしてる。おいおい、このハコはこのボブ蔵様の庭だぜって思って、負けてらんねえって感じで俺もステップ踏んでしまいにゃあトーマスやったりハローバックきめたりすんだけど、やっぱ撫子柄の姉ちゃんのほうが華があってみんな夢中で、むこうも俺に気づいてニヤッって笑って、すげえ綺麗な
「一杯おごらせてくれよ」
一曲終わって声をかけたところで、その姉ちゃんの顔をみて俺の心はどきゅーんってなる。かわいい。じゃあおごられちゃおっかな、っていう声も鈴が鳴るみたいだし、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花って感じで、俺は今すぐこの娘をぎゅうっと抱きしめてえ衝動に駆られながらも我慢して、「俺、ボブ蔵、剣客やってます」って律義にあいさつする。
「私は
琥珀色の瞳をみながら、ぜってえ嘘だって俺は思う。まちがいねえ、こいつぁ、どっかのお城のお姫様だ。ちょっと浮世で遊んでみよって感じで城中から抜け出してきたに違いねえ。案の定、付き人みたいな男がいて、テーブル席にいこうとしたらついてきて、俺がなんとなくシュカの肩に手をまわそうとしたら足かけて転ばせてきた。
「ごめんごめん、足が滑った」
すっとぼけた顔で、根暗そうな表情の男がいう。
「僕は
紺色の着流しきて、柄は
「
なんで、なんでテメエが知ってんだって俺が驚きながら返すと、ヨキの野郎は侍に興味をもっているという。
「見聞録をつくってるんだ。それで先輩が、どうせなら強い侍がいいっていうんで、色々と追いかけているというわけさ」
そうなのかってシュカにきくと、そうだっていうもんだから、俺は自分のことを強い侍だっていうしかねえ。シュカは
「まだ詳しいことは確認できてなくて、噂なんだけどさ」
シュカが目で合図するとヨキが袖のなかか帳面を取りだす。本当に侍の見聞録をつくろうとしているらしく、開いた帳面には
「おいおい、嘘だろ、そんなわけねえだろ」
「でもさ、
「けどよお、もしそうだったらよお、強いなんてもんじゃねえぞ」
帳面のなかに達筆な文字で、たった一つだけ朱書きされた名前。もしこれが老人の正体だったとしたら、俺に斬れるかどうかといわれたら自信はねえ。
数十年前、突然行方をくらませた、天下無双の剣豪だ。
◇
西へむかう街道を、俺は荷車をひいてすすんでいた。
荷台の上にはシュカがいて、酒の入ったでけえ甕をかかえこんで座り、片手にもった大盃で酒をすくっては呑みすくっては呑み、「ぷはーっ!」なんて気持ちよさそうに息を吐いてる。
グラフィティアートの老侍を追いかけて西にむかって出発したのが数日前、ついでだからとヨキとシュカがついてきての珍道中、おそろしいことにこの二人、興味があっちこっちにいくもんだから旅がまったくままならねえ。茶屋があったら茶屋に入って団子やぜんざい頬張って、温泉あると聞きゃあ山のなか分け入って、目がまわるまで長湯しやがる。じゃあそんなやつらほっとけよって感じもするんだけど、そりゃあ、旅は道連れ世は情けってもんで、酒造に立ち寄って五年寝かせた酒飲んで、これ全部呑まないと気が済まないって綺麗な姉ちゃんが酔っぱらって泣いちまったら、甕の一つくらい買って荷車のせておすくらいやらなきゃ男じゃねえ。
「ボブ蔵! 音楽を! 聴かせておくれ!」
俺からヘッドフォンをとったら荷車押す力が弱くなるっていってんのに、シュカは酔っぱらっていうこときかねえし、なんか赤らんでちょっと色っぽいし、俺は逆らえなくてヘッドフォンとウォークマンを渡しちまう。シュカはヘッドフォンをつけると頭ぶんぶんふりながらセイホーセイホーいいはじめる。
「音楽なくなるとホントに遅くなったね」
となりを歩くヨキがいう。そんなこといってないで荷車引くの手伝えよっていうが、ヨキはいつもやってるからボブ蔵がいるあいだは休憩、っていって帳面と筆を取り出す。
「侍ってのはさ、好きな音楽を聴きながら戦うんだろ? えっと、
「ああ」
あの隻眼野郎はすげえキマったもん聴いてやがったって噂だ。でも老侍に斬られたんだから、そんときはベイビーなメタルを聴いていたのかもしんねえ。
「しかしなんだよ、今さら。そりゃあ侍なら音楽聴くだろ」
「ボブ蔵はヒップホップだよね」
俺がおうよとこたえると、ヨキはしっかりと帳面に書き込んでゆく。そんで、ヒップホップを聴くビート侍は少なくなってるんじゃないの、っていう。まるで最近知ったみたいな口ぶりで、おいおいお前どっからきたんだよってテンションに俺はなっちまう。
「今、道場でもどこでも、エレクトリカルダンスミュージックが主流って話じゃないか」
「まあな。EDMはノりやすいし、なにより圧倒的に速えから、手数が多くて強え」
武士道っていやあ保守的な感じがするけど、現実的に勝率とか追いかけるところがあって、そうなると戦術的な流行り廃りもできて、そんで今の主流はEDMになってる。ダンス侍の中興の祖と呼ばれる山城守にゅうろと、その七人の弟子が各地で類い稀な活躍をみせたことを契機に、速さと手数で有利をとる戦術の優位性が注目されて今に至ってる。
「ヒップホップはそりゃあ速さ重視の流行からは取り残されちまってる。でも別に戦えねえってわけじゃねえし。むこうは手数あるぶん軽いから、こっちが八ビートか十六ビートの都度都度で重い一撃繰りだして相手吹っ飛ばしたり鍔迫り合いしてりゃあ、手数は関係なくなる。まあ時代遅れなのは間違いねえけど、季節外れのあだ花が綺麗に咲くことだってあるだろうよ」
そんなこといいながらも、俺は自分がなんでこんなヒップホップにこだわってんだろうって思う。だって、どう考えてもEDMの方がトレンドで、それだけ勝率もいいわけで、それに比べて明らか不利なヒップホップ聴きながら仇を討ちてえとか剣の道を極めてえとかいってるなんて、マジで一貫してねえって自分でも思う。矛盾だらけでむちゃくちゃで、でもそれってなんかやっぱ俺っぽいな、なんて考えながらシュカを乗せた荷車をごろごろ引いて街道をそれて山道に入っていく。どこいくんだよってヨキがきいてきて、武者修行だよって俺はこたえる。西街道沿いにはたくさんの有名な道場や僧兵が集う寺、喧嘩自慢の渡世人がたむろしてる賭場なんかがあって、昔から、腕に自信のある武芸者が西街道くだりといって様々な流派と手合わせしながら歩く習慣がある。道中には凶状持ちのワルもたくさんいて修行にはもってこい、かわいい子には西にいかせろって格言もあるとかないとか。俺もせっかく西街道を歩くんだから、ついでに武者修行するつもりだった。
「いいだろ、おめえらだって寄り道大好きなんだからよ」
「もちろんさ。侍の見聞録がつくれればそれでいいからね。それで、この山道の先にはどんな侍がいるんだい?」
「
山道をのぼっていったところに石畳の広場があって、その向こうに五重の塔が建っている。広場に仁王立ちして、
「シュカ、ヘッドフォンを返してくれ」
「オッケイ、プチョヘンザ!」
俺が手をあげると、シュカは抜群のコントロールでそこにヘッドフォンとウォークマンを投げてよこす。
「ボブ蔵がんばれー」
「みてな、てめえのために勝つぜ」
俺はヘッドフォンをして刀を二本抜いてかまえる。中天に昇った陽が石畳を焦がしている。対面には白い合わせに紺色の袴をきて、きちんと髷を結った男たちが数える気が失せるくらいならんでいる。俺は陽炎のなかそれをみて意識がトんじまいそうになるくらい気分が高揚してくる。緑の木々と五重塔と白い石畳と陽炎のなかにいる男たち。まさに修行って感じだ。
一人、長棒をもったこわもての兄ちゃんがイヤフォンをして前に出る。一対一を何十回か繰り返せってことなんだろう。いいぜ、やろう。俺は姿勢を低くする。すった足が小石をひきずってジリッと音をたてる。強い相手だって、構えでわかる。けっこう番付の高い弟子なんじゃねえかな。じゃあ、いっちょやろうぜと挨拶がわりに斬り込んでいったら、こわもての兄ちゃんの棒が突きだされて、なんのって感じで背中を反ってかわすんだけどその棒は実は三節昆で、空中でバラけて俺を打ち据えようとするから脇差で振り払って態勢をたてなおす。ちょっと一拍おきてえってこっちは思うんだけど、相手は寄せては返す波みたいに途切れなく三節昆による攻撃を繰りだしてきて、これが
間髪入れずに撃剣の使い手と二戦目、偃月刀の使い手と三戦目がつづく。偃月刀の相手はやばくて、俺の命が露と消えるんじゃねえかってくらい強くて、戦ってる最中、俺なんで不利なヒップホップ聴いて痛い思いしながら剣客商売やってんだろって我に返る。お奉行様の誘いに乗って同心やって、与力に出世すること目指してたほうがいいんじゃないかって今さら後悔したりする。だってそのほうが筋が通ってるし、もし誰かから、なんでビート侍やってんの? 剣の道極めてなんか意味あんの? って聞かれたらなんもいえねえ。俺だってわけわかってないんだもん。なんか意味みたいなものとか世間からの見え方とかが気になりはじめて、俺は頭ンなかぐるぐるしてきて混乱する。そうなるともう負けるしかないわけだけど、シュカが「集中しろー!」っていうからなんとか持ち直す。
それで五戦目、六戦目とやってるうちに、なんか自分のことよりも、このとにかく強い
「全員まとめてかかってこいよ!」
俺は感極まって、そんなめちゃくちゃなこといっちまう。そしたらあいつらすげえいい顔してホントに全員でかかってくる。俺はなんかそれが嬉しくて絶対死にたくないのに「俺を殺せ!」って叫んでる。
阿呆みたいな乱戦になって、俺はこのたくさんの弟子たちのなかに
「おめえ、さっきまで酔っぱらってなかったか?」
「酔えば酔うほど強くなる、それがシュカ様さ」
シュカってなんか不思議なとこがあって、こいつが一緒にいてくれるって思うだけでなぜか俺の勇気はぎゅわわわわあんってハイボルテージになって、気づいたら全員ぶっ倒してた。おっしゃ、
「師が姿をあらわさない非礼を許していただきたい。しかしこれには深い訳があるのです。我々もどうしていいかわからず」
俺はなんかピンとくる。
つまりつまりつまり。
まさかまさかまさか。
嘘だろおぉぉっ、って叫びながら俺は五重の塔にころがりこんで、階段右に左に折り返しながら駆けあがって、最上階の道場を兼ねた板の間に入って絶句する。
死んでた。
リスペクトとグレイトフルを刃にのせて涙流しながら斬り合いてえって願ってた男が、
そして、床一面に飛び散った血が巨大なグラフィティアートを描いてる。
独鈷所振りあげた血染めの不動明王が、俺を睨みつけていた。
◇
「生きていれば八十後半から九十。本当に神世守なのかな」
ヨキがいう。茶屋の外に置かれた、赤い布のかかった床几に座って団子を食っているときのことだ。シュカは三本いっきに口に入れているからしゃべれない。青空の下、街道をゆく旅人や飛脚がその様子をみて笑っている。
「可能性はすげえ高いと思う。
しかも、その一撃で飛散させた血で不動明王のグラフィティアートを描いちまうんだからその剣の技量は俺の常識じゃあ測れねえ。
「
ヨキの問いに、俺はわからねえとこたえる。立ち合ったものは死ぬだけだ。見物人もいたかもしれねえが、記録は残ってねえ。
「当時からグラフィティアートを残していたのかな」
「姿をくらましてからじゃねえかな」
俺は茶屋の板戸をみながらいう。そこには茶色い樋熊のグラフィティアートが描かれていた。その樋熊の下には『Pooooh!』ってポップな字で描かれている。もちろん老侍がやったんじゃないだろう。血じゃなくてちゃんとスプレーが使われているし、なにより下手糞だ。
「スプレー缶が発明されたのが二十五年前、俺の生まれた年だ。そこからグラフィティがはじまってっからな」
俺はヨキにスプレー缶を手渡して、グラフィティをやるよう促す。
「グラフィティのルールは簡単で、すでに描いてるグラフィティより上手い絵で上書きすること。あの下手な熊よりはましなもんできんだろ。なんか、あの熊は早急に消したほうがいい気がするんだ」
ヨキはぶつくさいいながらも、興味はあるようで、さっそく壁にむかった。
俺は思う。あの血のグラフィティには一体どんなメッセージがあるんだろう。そんなことを考えながら空を眺めていたら、いつのまにか五皿の団子をたいらげたシュカができのわるい子供をみる寺子屋の先生みたいな顔で俺をみてた。
「なんだよ」
「切っ先が鈍かったね。なんか、悩んでるでしょ」
なんでもお見通しかよって俺がいうと、シュカは誰でもわかるよっていう。
「悩めるほど俺の頭は良くなくてよお、ただ、なんかわけわかんなくなっちまうんだ」
俺は話した。なんでヒップホップにこだわってるのかわからなくなること、不利な音楽聴いてんのに、強いやつ相手に仇討ちたいとか剣の道を極めたいとか矛盾したこと考えてること。だって、強くなるにはEDMが最適解って答えがでちまってる。そんで、そもそもなんで剣の道なんか追いかけてるのか根本的な疑問をたまに感じてしまうこと。だって、どう考えてもお奉行様と一緒に下手人捕まえてるほうが、みんなからも賞賛されるし生活保証されるし、嫁さんもらって幸せに暮らせそうだ。頭ではそうわかってるのに、俺は全然それをやってなくて、まるで自分で自分を壊してるみてえに感じる。
なんでこんな支離滅裂なことになっちまうんだって俺がきくと、シュカは「私にはなんとなくそうやって人がランダムになってしまう理由わかるんだー」って、抹茶をずるずる啜る。教えてくれよっていっても教えてくれなくて、ちょっと意地悪で、やっぱ寺子屋の先生みたいなとこあんなって思う。
「まずは自分で探してみないとね」
「まあな」
俺はそのためにも、老侍に会わねえといけねえと思ってる。そいつはおそらく神世守で、俺が生まれる前から剣の道を歩みつづけて、天下無双に至った男だ。天下無双をこの目でみれば、俺が目指してるものがなんなのか、わかるような気がしてる。それで、
「まあ、会いにいってみようよ」
「おう、いってみようぜ」
俺たちは床几に銭を置いて立ち上がる。ヨキは意外とポップなタッチで、板壁一面に曼荼羅模様を描いていた。すげえマニアックで、俺はちょっと引いた。
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