世界の果てのショート・ウォーカー②『災厄』
「ちょっと先輩、何するんですか」
突然、視界が暗くなる。外界と遮断された遺跡の最深部にいるため、自然光が入ってくることもない。
「ヨキちゃん、ビビッてるぅ」
シュカのおどけた声が、狭い空間に響く。
ライトを持っているのはシュカだけで、ヨキは遺跡探索の荷物を一人で持たされており、両手がふさがっていた。
「先輩、こんなところで遊ばないでください。何もみえないじゃないですか」
「不安になってきた? 人は光のないところにずっといると発狂するらしいね」
「七十二時間でしたっけ? そんなことより、早くライト点けてくださいよ」
「まあ待ちなよ」
シュカの口調が少しだけ真面目なものになる。
「一見して何もない石室だけど、暗闇にすることでみえるものもあるかもしれない。壁面に書かれた古代文字が光って浮かび上がる、とか」
「なるほど」
「外まではかなり遠いけれど、採光のための小さな穴があいている可能性もある。古代遺跡は、天体の運動と関連していることが多いしね。例えば、夏至の日にだけ、その穴から太陽光がレーザーのように入ってきて、棺のふたについた宝石を照らす」
「そして死者が復活する、ですか。太陽信仰の文明にはありそうな話ですね。まあ、死者が復活するかどうかはさておき、儀式的に自然光を取り入れる構造をもった遺跡はたしかに存在します。さて、ここはどうでしょうね」
そういった仕掛けを探すため、ヨキは目を凝らしながらその場で足踏みをして回転した。となりでもペタペタと、シュカのまわる足音がする。
「何もないようだね。ま、こんなものさ」
シュカがライトを点ける。頭にヘルメットをかぶり、白い頬は埃でよごれている。コミカルな格好で笑いそうになるが、ヨキも同じ格好なので人のことはいえない。
「特に変わったところはありませんね。まあ、この遺跡はすでに多くの学者が研究していますから、新しい発見は難しいのかもしれません」
ヨキがいう。しかし、シュカは「そうでもないさ」と涼しげに笑っている。
「なにかあるって感じるんだ」
「野生の勘ですか」
「野生の勘でも女の勘でもないよ。遺伝子の奥に刻まれた、太古の記憶が語りかけてくるのさ。ここはただの遺跡じゃないってね」
どこまで本気でいっているかはわからない。
しかし、シュカの琥珀色の瞳にかげりはなかった。
◇
今回、二人が調査に訪れたのは、スカイ・トリアンという名の遺跡だ。
森林限界を越え草木もまばらになった山の尾根に沿って、複数の巨大建造物が林立している。形状は三角錐で、金属ブロックを積み上げてつくられている。表面が鏡面のように磨かれており、空の青さをうつしていた。
荒涼とした場所に、空と入り混じるように建つ遺跡群。風化がすすみ、かしいでいるものや、一部が崩れているものもあった。
ヨキとシュカはそんな三角錐の遺跡の一つに入り、最深部にある空間にたどりついた。
石室と呼ばれるその小さな部屋には、中央に空の棺が安置されている。
息をすいこめば、埃とカビの香りがした。
「いかにも古代王朝の王墓って感じですね」
「セントラルの学者たちもそう解釈しているみたいだね」
シュカはそういうと、空の棺のなかに入って寝転がる。死体ごっこをしているわけではない。遺跡探索では、こうやって見る角度、視点を変えることで新たな発見につながるケースが多々あるのだ。
「発見当時は遺体も埋葬品もあったのですが、墓荒らしの手によってすべて持ち出されてしまったそうです」
ヨキは説明する。
スカイ・トリアンの遺跡群は、古代王朝の、王たちの墓だといわれている。遥か昔に一体だれが、どうやって、このような高地に巨大な金属ブロックを運び、三角錐に組み上げたのか。それはセントラルの考古学界においても、長年の謎だった。
金属の運搬方法も三角錐の建造方法もわからない。そして金属の元素すら不明だった。
ヨキは調査が決まってすぐ、これらの謎にアプローチするため、金属に関する知識や先史時代の建築技術などを入念にしらべた。
「けれどね」
シュカは棺のなかで目を閉じながらいう。
「もっと根本的な部分に私は疑問を感じているんだ。学者たちも疑っていないけど、そもそもこの遺跡は本当にお墓なのかな?」
ヨキは虚をつかれたような気持になる。巨大な三角錐は謎の王墓。幼いころから、そう教えられて生きてきた。本当に墓なのかという問いかけは、意識の外だった。
シュカは淡々とつづける。
「お墓をこんなでっかくする意味、ある?」
「死んだ王の権威を示すためといわれてますけど」
「現代の感覚からすれば壮大な無駄だよ。いくら昔のこととはいえ、同じ人間であれば、そういった感覚は変わらないんじゃないかな。謎の金属を使ってまで頑丈に作る必要性も感じられないね。王の遺体や埋葬品を大事にしたいなら、もっと人目につかないところに墓をつくるべきなんだ。石室への道もわかりやすいし。これじゃあ、墓を荒らしてくれといっているようなものだよ」
シュカはスカイ・トリアンに、墓以外の機能があるのではないかと考えているようだった。
「遺跡の入口から伸びる狭い通路と、この石室しか内部の空間は確認されていない。それらを合わせても、全体の体積の十分の一にも満たない。三角錐の底辺近くしか使われていないんだ。他の機能がないのなら、膨大な労力と資源を使って、贅肉みたいに無駄なものを積み上げたことになる。権威のために? 合理的じゃないよ。昔のほうが資源は少ないはずなんだ。そんな浪費をするかな?」
ヨキは少し考える。そしていう。
「ではシュカさんの仮説に立って、スカイ・トリアンに何らかの機能があったとしましょう。じゃあ、それはどういったものなんでしょうか。外からはただの三角錐でしかありません。各遺跡の配置に規則性はなく、遺跡がつくる影に日時計のような役割もない。そして内部はこのとおり。学者たちがさんざん隠し通路の存在を疑いましたけど、それもみつかっていません」
「学者たちの目は節穴じゃない。だから隠し通路はないんだろう。けれど、それは内部に何もないことの証明にならない。学者は遺跡の保存を第一に考えるから、壊してでも内部をたしかめようという発想はない。けれど私たちは調査官だ」
「壊しますか?」
「と、いうわけにもいかないでしょ。調査官にとっても大事な遺跡だ。今までここにきた調査官は内部を知りたいと思いながらも仕方なく引き返してきた。今まで、はね」
「なるほど、それで僕はこんな荷物をもたされているんですね」
「そのとおり。さあ、『みつける君』の出番だよ」
待ってましたとばかりに、ヨキは両手にさげていたカバンを床におき、なかから様々な機器を取り出す。ディスプレイやスピーカー、それにリモートコントローラー。しかしデバイスの本体は、指の先でつまんだ極小のボールだった。ペンの先についていても不思議ではない大きさにもかかわらず、この小さな球体のなかにはカメラもライトも内蔵されている。
みつける君とは調査局技術室が開発中の自走式小型探査機の名称で、ヨキがもってきたのはその試作機だった。
スカイ・トリアンは金属ブロックの継ぎ目にわずかな隙間がある。そこに、みつける君を走らせ、内部の構造を探索しようというのだ。
「さあ、いくよ」
シュカがリモコンを握りしめている。新しいおもちゃを手に入れた子供のような顔だ。
「先輩、忘れないでくださいよ。それ、開発にかなりの時間と多額のお金をかけた試作機ですからね。先輩が、嫌がる技術者から強引に借りてきたんですからね」
ヨキは念をおしながらも、すでにある種のあきらめを感じていた。
◇
左右に金属の壁面、正面にナイフの切っ先のように細長い暗闇。
ディスプレイにはかれこれ数十分も、そのような画像が映しつづけられていた。
みつける君が送ってくる映像だ。
確認できる内部構造は、今のところ、積みあがった金属ブロックだけ。
別のディスプレイには三角形のデジタル画像が映し出され、そのなかに動くアイコンがある。
スカイ・トリアンと、そのなかを走るみつける君の位置だ。
「みつける君ってさ、なんかカワイイよね。自分でくるくるまわって走っていくし、ヤモリの足と同じ原理で、壁をつたって上下に滑走することもできる」
「しかも頑丈だから頼れるやつですよね。深海でも、溶岩のなかでも、実験では、真空状態ですら壊れなかったらしいですよ」
みつける君は順調に、三角形の底辺部分から、上へとのぼっていく。
二人は黙って位置情報をみている。
やがて、みつける君のアイコンがスカイ・トリアンの中心付近に到達したときだった。
「お、なにやら広い空間に出たみたいだよ」
シュカの声ははずんでいる。
「隠し部屋ですかね? もしそうなら大発見ですよ。うちの技術部はやっぱいい仕事しますね」
ヨキも興奮を隠せない。
金属ブロックしか映っていなかったディスプレイの様子が一変し、みつける君に搭載されたライトの光と、その先の広大な暗闇が映しだされている。
「よし、ぐるっと探索してみるか」
シュカがリモコンを勢いよく操作しようとした次の瞬間だった。
突然、映像が途切れた。
ディスプレイが灰色一色の、信号を受信していない状態になる。
「ヨキ、どうしたの? 故障? いいとこなのにさ」
「わかりません。位置情報も消失しています」
ヨキはコントロールパネルをいじる。しかし反応はない。
「ねえ、映像が途切れる直前に、なにか音を拾わなかった?」
「そうですか? 何も聞こえませんでしたけど」
「感度を上げて、再生してみてよ」
シュカにいわれ、ヨキは記録されていた映像と音声を再生する。
「ほら、聞こえた」
「ホントですか?」
「しかも、なにか映ってる」
五感にすぐれたシュカのいうことだ。なにかあるのだろうと思い、さらに音と映像の感度をあげる。すると、たしかに信号が途絶える直前、小さな音を拾っていた。
「うなり声、ですかね。ちょっと恨めしそうにも聞こえます」
「ほら、画面にもぼんやり形があらわれてるよ」
「ホントだ」
陰影が、生物らしき形をつくっている。四つ足の獣のようにもみえるし、ひどく腰の曲がった人間のようにもみえる。いずれにせよ、そいつが前足、もしくは手を、カメラにむかって伸ばすような動作をしたところで映像は途切れていた。
その正体をたしかめようと、再生を繰り返し、様々なデータベースと照合する。
ホシイ……。
うめき声と思われたそれは、現地の言葉で『欲しい』という動詞と、アクセントや抑揚、穏便が九十七パーセント一致していることが判明する。
この生物らしきものは言葉を話せるのだろうか。そして、一体、何が欲しいのだろうか。
おぞましさを感じる。
ヨキとシュカは何も映らなくなったディスプレイをみながら、しばし黙り込む。
「そういえば先輩、この遺跡には墓以外の機能があるんじゃないかって、いってましたよね」
「うん」
例えばの話ですよ、とヨキは前置きする。
「視認することすら忌避される、恐怖の存在がいたとしたらどうします?」
「ずいぶん、あいまいだね。それは動物?」
「動物かもしれませんし、植物かもしれません。あるいは偶然つくられてしまった人造の生命体かもしれません。人間が変容してしまったという可能性もあります。いずれにせよ、放っておくと無差別に害をなし、生態系を破壊するような恐ろしいやつで、しかも殺すことができない不滅の存在だと仮定します」
「それはなかなか醜悪な存在だね。もし本当にそんなやつがいたら、どこかに閉じ込めておくしかないだろうね。そうだね、砂漠とか、森林限界を越えたような、人のこなさそうなところに牢屋をつくるかな。頑丈な金属を使って、周囲の壁を分厚くして、二度と外に出すつもりはないから通路はつくらない。堅牢な建造物のなかに、部屋だけがある感じかな。何も知らない後世の人間がこじ開けてしまわないように、ダミーの小部屋を用意しておくかもね。そこに棺と財宝を置いておくのさ。財宝を手に入れたところで満足するだろうから、本来の機能を壊さない。ただの大きな墓と勘違いさせて、そのまま放っておいてもらうのさ」
そこまでいったところで、シュカは首をかしげる。
「どこかで聞いたことがある話だね」
そして苦笑いする。
ヨキはスカイ・トリアンが尾根にそって十三あったことを思い出す。たしか、山のふもとにある街には、人の生みだした十三の災厄という神話が伝わっていたはずだ。
「みつける君ってさ、すごく頑丈なんだよね?」
シュカがきく。
「ええ。自然の力で破壊することは不可能です。まあ、セントラルの技術者が想定できないような、未知の力が加われば話は別ですけど」
ヨキは何の反応もないディスプレイをみつめる。
耳には呪詛のようなうめき声が残っている。
二人は顔を見合わせながら、無言のやりとりをする。
好奇心か。
身の安全か。
そして、うなずき合う。
「帰ろっか」
「そうしましょう」
二人は素早く荷物をまとめ、駆け足で撤収した。
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