最終章~エピローグ・後書き②~

 「何か、とても懐かしい」

 「うん。ここは僕達が初めて出会った場所だからね」


 町外れにある三日月形の浜辺。ここは数日前に僕とティノが初めて出会った場所だった。当初ティノは倒れていて、口調が丁寧だった気がしたが、今や頬が和らぐほどに打ち解けていて、言葉遣いは友達と話す口調程に柔らかくなった。


 「この場所から私達の旅が始まったんだ」

 「まさかこんなことになるなんて思ってもいなかったな、あの頃は」


 僕が黄昏るように呟くと、横にいたティノが「疲れたから座りたい」という要望を提示してきたので、近くにあった二人が座れるくらいの大きな流木に腰を下ろした。


 「それで何でこの場所に来たのか聞かせてくれよ。もう着いたからそろそろいいんじゃないの?」

 「アッズリってばせっかちだなー、じゃあ教えたげるよ」


 ティノは両目に大海に浮かぶ夕焼けを映しながら答えた。


 「アッズリと二人で話がしたいからここに来たんだ」

 「え、それなら家でも良かったんじゃないの?」

 「この場所じゃないと駄目なんだ」


 二人で話をするくらいいつどこで何をしていても相手がいれば成り立つことなのに、この場所ではなければいけないなんて何故なのか。


 「私達はこの場所から始まった。そして今ようやく『一段落』落ち着いたところさ」

 「一段落……?」

 「実はアッズリにまだ言ってなかったことが一つだけあるんだ」


 僕はティノが言った「一段落」という言葉に疑問を持った。フォルツァを駆使してこの国の闇を払い去って終わりではないのだろうか。


 「私は空に浮かぶユピテルという領土に住んでいて、雲の上からこの青い星を眺めていたんだ。空から見たリア王国にはもちろん闇が覆い被さっていたさ。でもこれはほんの一部にしかすぎないんだよ」

 「え……どういうこと……?」

 「要するに、闇に浸食された地域はリア王国だけではないという事さ」

 

 ティノの言葉からすると、僕があれほどの思いを背負ってリア王国の闇を払い去ったのはほんの一部始終にしかすぎないという事なのだろう。

 僕ば開いた口もふさがらないまま、唇を閉じずに唾を飲み込んだ。


 「いや、結果的にアッズリが成し遂げたことは世界を正す良いことなんだ。そんなに気を落とすことはないよ」

 「ティノが言いたいことってもしかして……」

 「いや、私はアッズリに言っておきたかっただけなんだ。私はもう近々この国を出てこの世界を闇に染め上げる黒幕を対峙しに旅に出ようと思う。ただこの事をアッズリに伝えたかっただけなんだ」


 まだ小さい少女なのに、やはり言う事考える事は大人の何倍も先を行く勇気に満ち溢れた人だ。ここで僕に一緒に来てと頼まずに、最低限一人で行くという決意を決めたのは誰がどう判別を付けても凄すぎると言うだろう。


 「何で僕に一緒に来てって言わないの?」

 「正直な事を言うと本当は一緒に来て欲しいさ。でも君には身近に大切な人が沢山いる。身近な人にとってもアッズリが居なくなってしまうと寂しい人が沢山いるんだ。ここで選択肢を選ばせるなんて鬼みたいな事私にはできないよ」

 「そっか……凄いな本当に」


 内心僕はティノの事を尊敬した。この人は自分の事を二の次にして相手のことを第一優先に考えてる素敵な人だ。もし自分がティノの境遇に存在するとしたら、迷わずに一緒に来てくれないかと頼み、相手を困らせるだろう。

 

 「強制はしたくないんだ。それとアッズリをフォルツァの使命に縛り付けたくもない。だから私は自分の意を言うだけにしたんだ。私は明朝、日の出と共にこの海岸から船で海に出る。そして予想もできない様な最高の景色を求めて、闇の黒幕対峙の旅をするよ」

 「最高の景色……」

 「私が言いたかったのは本当にこれだけなんだ。ごめんね時間とらせて」


 ティノは本気で一人で立ち向かっていくのだろう。僕がティノを止めて町で一緒に暮らそうと言っても絶対に僕を振り切って海に出てしまうだろう。こんなに決意が固まった人を見たのは生まれて初めてだ。


 「ティノ、僕からも一つだけ聞かせてよ。何でそんなに闇を倒すことに拘るの?」

 「……それはね、アッズリが教えてくれたんだよ。私に」

 「え……何を?」


 今までティノと過ごしてきた短い時間の中で、僕がティノから教わった事例はあるかもしれないけれど、僕がティノに教えたという事例が頭に思い浮かばない。


 「アッズリは良く『景色』っていう言葉を言うんだよ。でもアッズリの言う景色っていうのは目に見える風景だけじゃなく、特別な感情が混ざったものを指しているんだよ」

 「自分でも気が付かなかったよ。それでその景色がどうしたの?」

 「私はアッズリといる時間が長くなるにつれて、アッズリが見ているその景色に惹かれていったんだ。現にレッダを闇から解放した時、本当に凄い景色を見る事ができたんだ。だからさ、闇の黒幕を倒した時にはもっと凄い最高の景色が見られるんじゃないかって思った」

  

 気づけばティノの瞳には、海に浮かぶ夕焼けの他に、きらきら煌めく何かが映っていた。それは彼女自身の好奇心の現れとも思えた。


 「私はこの眼で色々な景色を焼き付けたい。まだ見たことがない世界を旅したいんだ」


 僕はティノの莫大な好奇心の前に何も口に出す事ができなかった。


 「さあ、アッズリのお母さんの料理を食べにお家に戻ろう!」


 ティノは流木から腰を起こすと、砂浜を蹴って林の中に歩いて行った。彼女の背中は、海に浮かぶ夕焼けの光が反射して橙色に輝いていた。僕も橙色の海に背を向け、ティノの後を追って母が待つ家へと帰った。

 家へと戻る帰路を歩いて行く中で、僕の脳の思考回路が二つに限られた選択肢へ、直列繋ぎで電気運動を繰り返す様に、何回も思考を繰り返しながら僕の意思が回路の中でぐるぐる回っていた。

 結局、僕の意思は二つの選択肢の内の一つに辿り着いた。ただそれが幸か不幸かどちらに転ぶかは想像がつかなかった。ただ後悔をしない選択を取ったのは確かだった。



 「……入るよ」

 「うん、じゃあ行こうか」


 僕は目先に立つドアの前で深呼吸をし、心を落ち着かせてドアノブを回した。


 「ただい……うわ!」

 「……アッズリ、ティノちゃん、おかえり」


 僕がドアを開けた瞬間に目にしたものは、玄関で僕達の帰りを待っていてくれていた母の姿だった。旅立つ前に怪我をしていた母の右腕は包帯こそ取れていたが傷跡が残ってしまっていた。


 「母さん、待っててくれて本当にありがとう」

 「母さんも二人が無事で帰って来てくれて本当に嬉しいよ」


 そう言った母は両腕を広げ、僕達を抱きしめた。母が僕を両腕から解放しても温かさは消えず、懐かしい温もりが僕を包んでいた。恐らく隣にいるティノも同じような感情に浸っていただろう。


 「父さんも帰って来てるんだよ。早く夜ご飯を食べましょう」

 「うん、その前に荷物を部屋に置いてくるよ。ちょっと待ってて」

 「アッズリ、私も荷物置きに行く」


 母が「わかったわ」と言ってので、僕はティノと階段を上り、久しぶりに自分の部屋に入った。


 「変わってないな。ここも全然」

 「うん。前に来た時と同じだ」


 ドアの向こうの僕の部屋は、カーテンの隙間から侵入した橙色の光によって、初めてティノと出会った夕日が照らすオレンジ色の海岸の様に、部屋一面が夕日色に染め上げられていた。この光景は初めてティノが僕の部屋に入った時と全く変わっていなかった。


 「その竹箒そこら辺に立て掛けておいて」

 

 ティノは旅の最中あまり出番が少なかった竹箒を、机の横に立て掛けた。


 「その竹箒ってさ、ティノが浄化魔法とか言って家の前で使った以来何も使い道……」

 「んー? 何か言った?」

 「いや何も」


 恐らくティノ自身も竹箒をあまり使用していない事に、何かしらの不満に似た感情を抱いているのであろう。僕が考えるティノの竹箒の存在意義は、自分が魔法を使用できる高的存在であるというのを格好良く見せつけるためか、ただ単に持ち運んでいるためだと思っている。それかほぼ間違っていると思うが、魔力の出力口的な役割を持っている道具であるか。

 

 「今アッズリが考えた最後の選択肢が答えだよ」

 「うわ何で今考えてたことが分かるのさ!」

 「私は読心術が使えるのさ。ふっふっふ」


 ティノは占い師を装って不気味に笑うと、ドアに向かって歩いて行った。


 「そろそろご飯食べに行こ」

 「よし、行くか」


 僕はこの時、すでに決心していた。悩みに悩んだ挙句一つに固まった僕の決意を皆に伝えると。何を言われても自分の道を突き進もうと。

 階段を下ってリビングに入ると、食卓テーブルの上に煌びやかで豪華な料理たちが揃って並べられていた。

 

 「ほら! アッズリ、ティノちゃん、座って座って!」


 食卓テーブルを囲む椅子に腰を掛けていた母が口を開き、その隣には父が待ちきれない様子で此方に向かって手招きをしていた。僕達は両手をくっつけて合掌すると一斉に料理へと手を伸ばした。


 「いただきまーす!」

 「久しぶりだぁー! めっちゃ美味しいよ母さん!」

 「本当に美味しい。懐かしいなー」


 僕の斜め左前に腰掛ける父は、久々に餌に嚙り付いた猛獣の様に、烈火のごとく晩飯を食べて言った。父の心境は僕も凄く共感できる。暫くお袋の味を噛み締めていないと、久しぶりに食べた瞬間に腹の底から手が何本も伸びる程美味しく感じる。勿論いつも母の料理は美味だが、今日は格別だった。


 「すいませんアッズリのお母さん、私で頂いちゃって」

 「いいのよティノちゃん、私にとってもここにいる人全員にとってもティノちゃんは家族だから」

 「全員って三人しかいないけどな! わっはっは!」


 父さんの良い雰囲気壊しのスキルは全然衰えてないらしい。母も呆れて一つため息を漏らしていた。だがティノは楽しそうに笑っていた。

 皆が食事を終えて雑談を広げていたところで、僕は本題を口にした。


 「あの、母さん、父さん。話があるんだ……」



 「やあ、ムーン」

 「遅いよ……アッズリ」


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