最終章~エピローグ・後書き③~

 僕は星屑が浮かぶ溟海色の夜空の元、夜風に肌を掠められながら家の近くの丘に来ていた。家を出る前にティノの様子を見てきたが、彼女は明日の朝出発が早いからと言って、早くも部屋あるハンモックに揺れていた。

 

 「来てくれないんじゃないかって思ったよ」


 僕は正直に言うとこの場所に来たくなかった。別にこの丘が嫌いという訳ではない。むしろ綺麗な絶景が見えるのでお気に入りのスポットと言える。ただ、裏の世界の現状を覗き見てしまい、尚且なおかつ経験してしまった以上、本当の出来事を話したくはなかった。


 「それで、どうしたのムーン。こんなところに呼び出して」

 「誤魔化さないでちゃんと言って。アッズリが居ない間何があったの?」


 誤魔化さないでと言われてそれに従う純粋な人物はなかなかいないだろう。僕はさらさら真面まともにムーンの全球ストレートを受けるつもりはない。


 「森に入って遭難しちゃったんだよ。それでその時に父さんに偶然会ったんだ」

 「私はアッズリが帰った来た時本当に嬉しかった。フリッツとブランも同じ気持ちだったと思うけどあの二人とは桁違いに嬉しかったと思ってる。だからあの時気づいたんだ」

 「何に気づいたのさ? 僕を見て気づくことなんて何も……」

 「二カ所。一つ目、首から背中にかけての大きな爪痕みたいな痣。二つ目にアッズリの瞳の色。前は赤かったのに今のアッズリの瞳は蒼くなっているんだ」


 僕が予想していた以上に彼女の洞察力は優れていた。首周りの痣は服の襟を上限まで引き延ばして上手く隠し通せたと思っていたのに、僕の幼馴染を甘く見ていた僕が馬鹿だったと思う。それに瞳の色に関しては全然考えていなくて気づかなかった。だが少しだけ思考を重ねてみれば当然のことである。何故なら自分の中のダークフォルツァを蒼き力に変え、両眼ともにフォルツァにしたのは僕だからだ。

 呆気に取られる僕を置いてムーンは続けた。


 「それで今日私なりに考えてみたんだ、アッズリに何があったのか。勿論アッズリが今言った様に森や山で遭難したという場合も考えた。でもアッズリは私達以上にリア王国を詳しく知っている。その根拠はアッズリの日課にあるからね」

 「僕が浜辺に行っている事、知ってたんだ」

 「だから一つの大きな疑問に辿り着いたんだ。”アッズリは大変なことに巻き込まれているんじゃないか”っていう疑問にね」

 

 どうやらムーンは洞察力だけじゃなく思考判断能力も優秀らしい。ここまで真相に近い核心に迫られているのであれば、もう僕が誤魔化せる手段が見当たらない。


 「ふぅ、お手上げだよ。僕が町に居ない間に起ったことを包み隠さずに全て話すよ」

 「本当!? やった! 推理を繰り返した甲斐があったよー!」

 

 子供の様に無邪気に喜ぶムーンを前に、僕はこれまでの出来事を全部話した。ティノの事も変わってしまった国王の事も、僕がフォルツァと言う力に選ばれた事もダークフォルツァの事も。世界が今危険な状態にあるという事も全て話した。

 僕の話を黙って聞いていたムーンは、無邪気に喜んでいたのが束の間に、次第に表情を暗くしていった。それも彼女自身僕と同様に、この町からいつの間にか消えていく人々を見てきたので、どこか不自然に思っていたのだろう。話の終盤には声を上げず、ただ静かに瞳から涙を落としていた。

 僕は話を聞いている途中彼女の顔を見て、締め付けられる様に何度も心が痛くなったが、彼女が望んだ頼みなので話すのを止める訳にはいかなかった。

 そして最も恐れている事態にならない様にずっと願っていた。


 「……アッズリはこんなに大変な事を一人で背負ってきたんだね」

 「信じるの?」

 「そんな具体的に話されたら信じるも何もないでしょう」


 ムーンは涙で濡れている目の辺りを擦って、夜風にそよぐ草の上から腰を上げた。


 「それで、アッズリの使命は闇で染められた世界をフォルツァっていう力で鎮める事だけど、これからどうするの?」

 「僕もずっと迷っていたんだ、これからどうするか。でも決めたんだ、僕は闇を鎮める為にティノと一緒に旅に出ようと思う。そして誰も見たことがない様な最高の景色を見に行くんだ」

 「……最高の景色」


 僕はここに来る前に両親にもその話をした。最初母からは反対されていたが、僕にしかできないというのを真剣に伝えたら、無事に帰ってくることを条件として了承して貰う事ができた。父はというと、僕がこの決断をするという事は分かっていたらしく、快く僕の意思を理解して貰えた。

 その時にティノの存在も説明すると、両親共に驚きに満ちた表情で一杯になっていたが、「アッズリよりも賢いしその可能性は普通にあり得るわね」と嘲笑されて終わった。


 「出発は明朝。本当は止められると思ってこの話もしたくなかったし、出来る事なら前みたいに黙って旅立ちたかった。でも全てムーンに話した。フリッツ達にはアッズリは旅に出たと伝えておいて欲しい」

 「……出る」

 「……ん? 何て言った?」

 「私も旅に出る! アッズリと一緒に行く!」


 僕にとって恐れていた事。それはムーンが僕達と共に旅に出ると言ってしまう事だ。責任感が強く放っておけないタイプの彼女であれば、この話の流れで絶対にこの結末に辿り着いてしまうという事は重々承知していた。

 当然一般人の彼女をこんな事に巻き込むわけにはいかない。僕は丘に来るまでの中で彼女に嫌われてでも止める覚悟を決めていた。

 

 「ムーン、頼む。ここは退いてくれ。これは一般の人が顔を入れて良い様な世界じゃないんだ。それにこっちの世界に入ったらもう普通の暮らしには戻れなくなる。ムーンの両親も僕の親以上に心配するんだ」

 「でも私はアッズリと一緒に行きたいんだ! お願い私も連れて行ってよ!」

 「僕は……、僕はもう大切な幼馴染を失いたくないんだ!!」


 僕は果てしない夜空の彼方にも届く様に、ムーンに向かって精一杯の声を上げた。一瞬彼女は怯み、涙が溢れる悲しげな瞳を下に向け、俯いた。

 そう。このやり取りの中でリッキーの話題が出て、気が弱まっている彼女に追い討ちを掛ける事も覚悟していた。本当に心が粉々になりそうだった。

 

 「……わかった。アッズリと一緒に行くの、諦めるよ。フリッツ達が言っていたことも分かったような気がする」

 「フリッツ達が言っていた事……?」

 「私本当はこの丘に行くことをフリッツ達に止められていたんだ。アッズリが思っているのは反対に、フリッツ達は私よりも全てを理解しているみたいだったよ」

 

 (……な、……フリッツ達が分かっていた?)


 いや、よくよく考えてみればそうだ。まずここにいるのがフリッツとブランでもなく、ムーンだという事から根本的に違うような気がする。フリッツ達は分かっていたんだ。僕が自分達の世界とは違う別の世界に入り込んでしまった事を。


 「フリッツは、『例えムーンが一生懸命止めたとしても遠くに行ってしまう』。ブランは『アッズリが覚悟した以上、僕達も腹を括らないといけないんだよ』って言ってた。私は正直そんな予感が頭を掠めていたとしてもそれを正当化したくなかった」

 「……フリッツ、ブラン」


 昔からの幼馴染達を心の底から理解していなかったのはどうやら僕の方だったみたいだ。自分の都合が言い様にしか考えていなかった僕を恥ずかしいと思うと同様に、深くまで踏み込んでこなかったあの二人に尊敬と感謝を覚えた。


 「だからアッズリ、私からのお願い、一つだけ聞いて欲しい」

 「……つれてけって言ったって駄目だよ?」


 こちらを振り向いた彼女は、星屑が躍る夜空に浮かぶ氷輪に白く照らされて、この丘に咲いた一凛しかない花の様に儚く、普段よりも一層として美しかった。

 新鮮な彼女の姿に唖然とする刹那、最後に僕の眼に映ったのは、白く照らされているせいか明確に判断がつくほどに桃色に染まった彼女の頬と、僕の顔に触れた女子特有の良い匂いを纏った長い髪だった。



 空と海を境界とする地平線の辺りが橙に色づき始め、白い太陽が昇ろうとしている。

 僕はティノと初めて出会い、物語が始まるキッカケとなった町外れの浜辺へと来ていた。隣にはティノが、小さい身体を駆使しながら木製の船を動かしていた。

 

 「どうしたのこの船」

 「魔法で出したんだ。凄いでしょ!」


 本心で言うならば喉仏が飛び出る程に凄いと思うが、ドヤ顔で胸を張るティノを調子に乗らせたくなかったので、「ふうん」と一蹴した。

 ティノは見てわかるほどに肩をがくりと落としていたが、地平線から顔を出す朝日を見て目を輝かせていた。僕はティノが、やはりまだ心は子供なのだろうと再認識し、若干心配になった。


 「さあ、まずはあの朝日に向かって舵を切りますか!」

 「何格好つけたこと言ってんのさ子供のくせに、でもその意見には賛成だね!」


 僕は心を躍らせながら、波に揺れる木製のボートへと飛び乗った。ティノもそれに続いて助走をつけて飛んだ。

 

 「ティノ、用意は良い?」

 「うん! それじゃあ行こう! まだ見たこともない世界に!」


 僕の前に立つティノは満面の笑みを溢しながら、白光で光り輝く朝日を指差した。そして次の瞬間ティノが振り返ると、僕の背面に向かって指をさした。不思議に思って振り返ると、僕の大切な人達が僕達に向かって大きく手を振っていた。


 「アッズリー! ティノちゃんを守るんだぞー!」

 「無事で帰ってくるんだよー!」

 「アッズリー! またなー!」


 両親、フリッツ、ブラン、それにムーンまで僕達の旅の船出を見送りに来てくれていた。僕はムーンと目があったと思うと、彼女は唇にそっと人差し指を当ててみせた。慌てて視線を逸らそうとしたが顔面全体が熱くなり、何だか恥ずかしくなって「じゃあね皆ー!」と大声で叫んで誤魔化した。

 ムーンはそれを見て、唇を隠して笑っていた。


 (……またね皆、必ず帰ってくるから。その時まで、さよなら)


 大切な人達に別れを告げた僕は、ティノと共に朝日の方に目を凝らした。

 これから、僕達の壮大な冒険が始まる。これまで以上に辛い事や悲しい事がたくさん僕達の身に襲い掛かってくるだろう。でもその分楽しみや嬉しい事が経験できる。ティノと一緒にこれまでの人生で見たことがない最高の景色、”絶景”を目指して旅に出よう。

 白い光に導かれながら、あの蒼い地平線を追い越して行こう。


 

 リア王国という故郷を巣立ったアッズリ・アベントリエロは世界の闇を鎮める為、各国各地を転々とした。蒼い眼を両目に宿して闇に立ち向かっていく彼は後に、全世界の人々に「蒼眼そうがんの旅人」という愛称で語り継がれることとなった。


 蒼眼の旅人、お終い。




 後書き

 

 蒼眼の旅人~traveler of gray eyes~を読んでくださった読者の方、ご愛読本当にありがとうございます。さて、あまり長々と後書きを書くつもりはありませんが、ここで読者様がこの作品を二回目以降も読みたくなる様な豆知識を紹介したいと思います。

 まず登場人物が暗示する象徴についてです。まず主人公の名前についてですが、「アベントリエロ」はイタリア語の「avventuriero」が由来で、「冒険者」という意味を持ちます。次にティノですが、「ティノ」はイタリア語で「小さい」と言う意味で、「フルール」は「花」と言う意味を持ちます。そう、小さい花が冒険者を導くのです。

 私は蒼眼の旅人を執筆する前から題名はすでに決めておりました。それで普段頭の中で想像している冒険物語を今回書いてみました。自分としては、この本を手に取ってくれた人が一人でもいれば本当に嬉しいです。

 蒼眼の旅人を通して私、北斗白に関わってくれた皆様、表紙絵を担当してくださった灯籠様、心より深い感謝と共に、また何処かで出会えることを願っています。

 ではまた、蒼い地平線の先でお会いしましょう。

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蒼眼の旅人~traveler of gray eyes~ 北斗 白 @shiro1010

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