第五章~レッダ過去・終焉編①~
「……腹の底が焼ける様だ。俺は、負けたのか……?」
気が付くと俺は深海の様な蒼い場所で底の真っ暗な場所に向かって沈んでいた。視線の先には波間に
肌に当たる水の様な液体は、これまでの自分の被虐な行いを表しているかの様に
俺は歪んだ白い太陽に向かって無意識に右手を伸ばしたが、その手は空を切って無残に散っていった。
「そうか、俺は、死ぬんだな」
一国の王が突然現れた何周りも下の少年に打ち砕かれる。何だこの様は。いや、そもそも何で俺は打ち砕かれなければいけないのだろう。どこで、歩むべき道を間違えてしまったんだ。
「……さま、……レッダ様! 起きて下さい!」
背中の方向から声が聞こえる。そっちには誰もいないのに。
(……静かにしてくれ、今から俺は眠りにつくとこなんだ)
「レッダ様!!」
「……何だよさっきから、俺はなぁ! ってどこだここは」
「何をおっしゃっているんですか、それよりも今日はリア王国の千周年記念日ですよ。我々はすでに式典の準備を致しておりますので準備が整い次第連絡をください」
「お、おい……」
銀色の鎧を着た兵士はその事だけを言い残すと、こちらに見向きもせずに部屋から出て行ってしまった。
俺は寝ていた体を起こして右側に目を向けた。すると三角形の折り畳み式カレンダーに五月五日、リア王国千周年記念と黒い字でマーキングしてあるのが見えた。どうやらあの兵士が言ってたことは間違いではないらしい。
(……にしてもさっきまで暗くて深い場所にいたはずなのに、何でこんな場所にいるのだろう)
俺はとりあえず兵士の言う事に従って身支度を済ませて、城の外にある城下町へと足を進めた。
「おおレッダ様! 今日は千周年記念日ですね! 夜の式典に丹精込めて作った団子をお持ちしますのでどうかお食べ下さい!」
「レッダ様! 私の羊羹もお食べ下さい! 絶対美味しいと言いますよ!」
「あ、ああ。楽しみにしておくよ、ありがとう」
城下町に出ると、国民達が必死に汗を流しながら意気揚々と式典に向けての準備作業を始めていた。国民達の表情はどれも皆楽しそうで、活気が溢れかえっていた。
(そう、まるで俺が復帰する前のリア王国を見ている様だ)
本当にこの場所はリア王国なのであろうか。俺が復帰してからのリア王国はこの風景を想像できなくなる程がらりと変わってしまって生きるのが辛そうな顔をしている者が何人もいたはず。何で、あんなに変わってしまったんだろうか。
「国王様! 私達が不便なく暮らせているのは国王様のおかげです! 本当にありがとうございます!」
「ありがとうございます!!」
「ま、まあまあそれもあるかもしれないが、第一に国民全員が俺を支えてくれているからこんなに良い国になったんだよ。俺からも、ありがとう」
「うおおおおお! 国王様の為に今日の式典は物凄く盛り上げるぞー!」
「うわっはっはっは!!」
国民達の笑顔が眩しい。そう、リア王国はこの当時向日葵の同じ方向を向く習性の様に、一つの太陽に向かって明るい未来へ突き進んでいた。誰一人置いて行くこともなく、皆が助け合ってリア王国と言う一つの国を造っていた。
「じゃあ俺はそろそろ城に戻って兵士達の様子を見てくるよ。皆、式典でまた会おうな!」
「はい! 待ってます!」
口々に別れの言葉を言う国民達を背に、俺は再びリア城へと戻った。城へ戻ると途中、正直心の中では、ずっとこの時が永遠に続けばいい、いつまでもこの瞬間に居たいと気持ちが慢心していた。
「皆、戻ったぞー!」
「国王様! どうでした城下町の様子は?」
「皆頑張って式典の用意を進めていたぞ。どうだそっちは」
「こちらも順調でございます! もう城内の装飾は完了しており、後はディナーの用意だけです!」
「そうか、ご苦労様だな。それじゃあ俺は夕方まで部屋に戻って色々と仕事をしているよ」
兵士達は俺のもとに集まり、「ご苦労様です!」と敬礼すると、花火の様に一斉に自分達の持ち場へと散っていった。俺は大広間の階段を上って、二回にある自分の部屋へと足を進めた。
ーもしかするとこれが現実で、今までのは夢だったのではないか。
こんな浅はかな疑問が徐々に自分の脳内で正当化してきて、すでに確定事項の様に扱われてしまった。
部屋に戻ると、机上には今日のタイムスケジュールなどの資料や、この国の情勢などについて書かれた資料が散乱していた。恐らく昨日の自分は夜までこの資料整理をしていたのだろう。
窓のカーテンの隙間から一直線に部屋に日光が入り込み、色々の種類の本が並べられた本棚に囲まれた少し薄暗い書斎を照らす。
そうだ今まで俺はこの部屋で普通に仕事をして普通に生活してきたんだ。だから今も以前と変わらずに仕事をすれば良いだけじゃないか。
「良し、夕方まで頑張るか」
俺は木製の椅子に腰を掛けて机上の整理整頓から始め、資料まとめなどの仕事に就いた。
「……様、レッダ様! もうそろそろ式典が始まりますよ、起きて下さい!」
「ん、式典……? あ、ああわかった」
俺は机上の上に凭れていた頭を起こし、全然開かない両眼を擦った。どうやら俺は資料整理の仕事をしていた途中に眠りについてしまったらしい。カーテンの隙間から入り込んでいた日光はこの時すでに橙色を帯びていて、窓からの光に染まった書斎は全身に夕日を浴びた様に、何もかも全てが橙に染まっていた。
「もうそろそろ式典か……」
窓の右横の壁に掛けてあった長時計に目をやると、時刻は午後五時過ぎを回っており、式典が始まる時刻まではあと一時間くらいしかなかった。とは言っても国王が式典でやる事は国民に向けてのスピーチと夕食を食べるくらいだ。これといって厳重に用意する事は無いだろう。
俺は式典までの残りの時間を残っている資料整理に費やすことにした。何もしていないと、少し前の時間まで憑りつかれていた悪夢を再び思い出してしまうと思ったからだ。もうそいつから目を背けたかった。
「ん、これは……」
今朝の朝刊の様な雑誌に、「リア王国、めでたく千周年!」と大きく取り上げられた記事が大きく一枠を占領しているのが目に映った。写真に写る国民達は皆笑っていて、誰もが嬉しそうな表情を浮かべていた。勿論、国民と一緒に映る俺も国民と肩を並べ、一緒になって楽しんだ表情をしていた。今日の朝刊で今日の出来事のはずなのに、俺にとっては遠い出来事のように感じる。
同姓同名で容姿がそのまんまの同一人物が一つの世界の同じ日に存在していても、どこか変わったものが心の何処かに存在している。
望まない結末に陥ってしまった哀れな人間の末路は、どう足掻いても悲しいものにしかならないのだ。
様々な思いが心の中に立ち込めてくる中、段々と朝刊に意識を集中させていると、その朝刊の影に一通の手紙の様な物が出てきた。
「何だこれ、俺の字だ」
その手紙の表紙には、「レッダ・テルーノ」と俺の字で書かれた文字が存在していた。俺は心の赴くままに手紙の封を開け、中の文字を呼んだ。
・我がリア王国の国民達は毎日幸せそうな表情を浮かべて私にこう言ってくるのだ。「国王様、私達が毎日楽しく暮らせているのはレッダ様のおかげです」と。だが私は何をしたという自覚がないのだ。ただ国が安全でいられるように毎日仕事をこなし、空に向けて国の平和を願っているだけなのだ。それでも国民達は私に何かと感謝の意を述べ、笑顔を見せてくれるのだ。こんなに優しくて温かい人達はリア王国の他にこの世界のどこに存在しよう。いや、何処にも存在しないだろう。私はあの者たちに向かって受けた感謝を何らかの形で返したかった。
・ある日、私の鼓膜にある言葉が流れてきたのだ。「幸せになりたい者は今お前の視界に入っている人間達の他にまだ大勢いる。お前が支配することで回りの人間達が幸せになれるのなら、いっその事この全世界を支配してしまえばいい。お前自身がそう望むのであれば我はお前にそれを成し遂げられるだけの強大な力を授けよう」と。私は支配になんて興味がなかった。でも、国民達と毎日を過ごしているとこの幸せがずっと私の中にあればいいと思う様になってきた。それに世界の情勢を見て、この国より全然貧しい暮らしを営んで苦しんでいる国々が沢山ある事を知った。だから私は聞こえた言葉に従って世界を支配する強大な力を手に入れることにした。
・そう、これが終わりのない悪夢の始まりだった。私は、俺は己の欲望に負けたんだ。俺が気づいた時には、リア王国は過去の原型なんて想像もできない程に衰退していた。それに相伴って周辺の国々も衰退が進んでしまっていた。俺が幸せを求めるあまり、自分で幸せから遠ざかってしまっていたのだ。俺の意識が飲み込まれる前にこの紙切れに記そうと思う。どうか俺を闇の中から救い出して欲しい。たとえ俺の身がどうなろうともリア王国だけは守り抜いて欲しい。どうか、よろしく頼む。
俺が手紙を読み終わった時、紙上には水玉の染みが彼方此方にできていた。俺は泣いていた。悲しいとか悔しいとかそんな感情ではなく、背けていた現実が真正面からぶつかってきて、何もかも鮮明に思い出してしまったからだ。
結局は自分が背負った運命の流れには決して抗う事ができないのだ。俺は本棚の隣に壁に埋め込まれてある長方形の鏡に目線を映した。
鏡に映る此方を見つめる俺の両瞳は、赤い満月の様な暁色に遷移していて、まさに自分が辿る運命を象徴しているかの様だった。
「……そう、俺はただ幸せを追い求めすぎたのかもしれないな。いや、その方法自体が間違っていたのかもしれない」
俺が心の中で呟くと、チクタクと鳴らせていた針の音がピタリと止み、段々と自分の意識が遠のいてきていることに呟いた。
(……そうか、俺は戻らなければいけないのか)
俺はこの時覚悟を決めた。これが俺の運命で辿らなくてはいけない道なら、全力で当たって砕けた方が未練も無くなるだろう。どうせ時の流れには逆らうことはできないのだ。
俺が再び眼を覚ますとき、それはレッダ・テルーノとしての最後の戦いの合図だ。俺はその事だけを頭に入れて目を閉じた。
ーー頼むアッズリ・アベントリエロ、俺を早く自由にしてくれ。
掠れ行く意識の中、自分が今正気である証として声にもならない願いを心の中で呟いた。どうせ眼を覚ました時には今の記憶が残っていないだろう。もう、そんなことは分かりきっていた。次に俺が正気の意識を保っていられる時、それは、俺が死ぬ時だ。
「ウォォォォォォォォ!」
「レ、レッダ!?」
僕は崩れ落ちて膝を床に着いた状態のままレッダの方に目を向けると、そこには人間と思える影が一人も見当たらなかった。
「な、なに……? 何なの、その姿は……」
先程僕に斬られて宙を舞ったと思われる人物は、全身から暁色の炎を取り纏って自らの面影にコーティングし、人間だとは思えない様な姿、いわゆる伝奇や伝説に出てくる様な怪物に似た形で雄叫びを上げていた。
「アッズリ、ようやくわかったよ、昔フォルツァを宿した青年が唯一一人だけ命を奪った理由」
「うん、僕も何となく言いたいことは分かるような気がする」
「とうとう、レッダ・テルーノを形成している魂そのものがダークフォルツァに染められてしまったんだ」
僕の目に映るレッダの両眼は、暁色の満月が月光ではなく殺気を放つ様に、怒りなどの負の領域を通り越した闇という領域に辿り着いている様に見えた。
「……アッズリ・アベントリエロォ。オレヲトメテミヨ!」
闇に覆われた漆黒の化け物は、四足歩行の様な態勢になると、口を大きく開けて空に向けて雄叫びを超えた金切り声を上げた。僕は慌てて両耳を手で覆うと、レッダは口の前に人魂とは比べ物にならない程の暁色の炎の塊を作りはじめた。
「アッズリ! 避けて!」
ティノの声は遅く、すでにレッダの口から勢いよく吐かれた炎の玉は僕に向かって飛んできていた。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
僕は炎の玉の勢いに大敗して抗う事もできなく壁に叩きつけられた。
「くっ! なんて威力なんだ……!」
「アッズリ……!」
「ホォ、オレノホノオノタマヲウケトメルトハナ、ダガマダマダジョノクチダ」
僕も先程までのフォルツァ前回の力が出ている状態ならかわす事ができたはずだが、レッダの攻撃にもろに当たってしまったという事は、自分自身の体力の限界が近づいていることを意味していた。
確かに心の底に宿るフォルツァの力を、いきなり全身全霊で出力してしまったら、必ずこうなる事は薄っすらと予知していた。だがこの疲労はその予想を上回って、無意識に肩が下がるほどの傷を得ることになってしまった。
「はぁ、はぁ、まだまだフォルツァの力はこんなものではないはずだ」
--そうだ、フォルツァには無限大の可能性が詰まっている。こんなことで挫ける柔な力じゃないぞ。
(……ルシオン。そうだ、そうだよね。ここで諦めたら何もかもがお終いなんだ。だから……!)
「ティノ!」
僕は鎖で繫がれて動けないティノに向けて、精一杯の決意を飛ばした。
僕はティノと出会ってからの僅かな時間の中で数多くの経験をした。それは旅に出て見ないと分からない、言わば厳重に閉じられた開かずの間の先にある壮大な世界を見ている様だった。僕は初めて見る景色にとても心が躍った。悲しいこともあったけどそれ以上に楽しさも人一倍経験した。こんなに多くの感情を僕に齎してくれたのはティノだ。
だから、腹の底から湧き出る感謝の言葉を一つ、ずっとティノに正直に伝えようと思っていた。
「……ありがとね、僕に色々な景色を見せてくれて」
「……‼」
感謝の言葉を言ったその瞬間、僕が兵士を助けた時に見せた目も霞む様な白い光が、突如として僕とティノの胸の辺りが一斉に光り輝いた。
「……何だ⁉ これは⁉」
「そっか……君は、私を選んでくれたんだね」
「僕がティノを選んだ……? どういう事さ!」
「『フォルツァの王は導者を選ぶ』。これもまた伝説に聞いた話さ。それよりもほら、そこのダークフォルツァの闇の王がアッズリと戦いたくて仕方がないみたいだよ。アッズリ、私にもっと良い景色を見させてよ!」
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