第四章~最終決戦編②~

 「……んん」


 僕の鼓膜に「ゴオゴオ」と石瓦礫が崩れ、埃が舞う音が聞こえてくる。意識はまだ覚束ないが力無き体勢からわかる様に、僕は恐らく倒れたままの状態なのだろう。

 

 (……胸が、熱い)


 左胸周辺が火傷の痛みの様に途轍もなく熱い。沸々と煮えたぎるマグマを宿しているみたいだ。そして何故か爆発的な力をそこから感じる。


 「おいィ! 蒼眼のガキィ! いい加減に出て来いよォ! じゃねえとフランツも消し飛ばしちまうぞォ!」


 硝煙の向こう側からレッダの声が聞こえる。


 (……全く、本当に下品な奴だ)


 一国の王ともあろうものが一人の少年を強大な闇の力で袋叩き。本当に惨めで笑えてくる。何で僕はこんな奴に負けていたんだ? そんな疑問さえ浮かび上がってくる。

 僕は体に覆いかぶさっている瓦礫を掻き分け、倒れていた体を起こして体勢を立て直した。そして、ずっと閉じていた『右眼』を開き、自分の信念に誓った。


 --必ず……レッダをぶっ殺す。


 次の瞬間、左胸が橙色に強く輝き、「ゴオーーー!」と地響きが鳴るような音を立てて噴射した暁色の炎の渦が、部屋に立ち込めていた埃の霧を切り裂いて天井に向かって立ち昇った。どんどん大きくなる炎の渦は天井をも破壊し、星のない夜空に向かって巨大化していった。

 やがて渦が収まり、目の前に視点を置くと、気色の悪いにやけ顔を見せた男が両腕を組んで立っていた。


 「やっと、本性を現したか。闇と蒼の双眼者、アッズリ・アベントリエロ」

 「さっきからごちゃごちゃうるせぇんだよ。『俺』はお前を殺すだけだ。だからおとなしくしてた方がいいぜ」

 「……アッズリ、その姿は……!」


 俺の右手をフォルツァと同じ様に暁の炎が覆う。その炎から痛み、悲しみ、苦しみ、色々な負の感情が雪崩の様に心の中に流れ込んでくる。全ての人間が唯一共通して持つ感情、それは闇だ。


 「とうとう、闇に手を……」

 「ティノ、少し黙って。まだ自我はある。だから俺を信じて」

 「何が信じて、だ! 笑わせんじゃねェ、さっきも俺になすすべなくやられてたじゃねえか! お前なんかにできる事なんて……」

 

 俺はすでにこの時スタートを切っていた。レッダの一拍ひとはくの瞬きの間、一瞬のうちに距離を詰めた。暁色の炎で覆われた右手の拳を固く握りしめて。


 「……だからうるせえって言ってんだよ」


 「ドーン!」と骨に直接衝撃を与えたような鈍い音が響いた後、レッダは頬を滑らせながら赤い絨毯上を伝って勢い良く弾かれていった。


 「少し……黙れ」

 「……以前のアッズリとは性格も覇気も正反対だ。本来の心優しいアッズリならあんなに牙を剥いた攻撃をしないはずなのに」

 「ティノ、俺はやっと気が付いたんだよ。優しいだけや何も守れない。それは性格だけじゃないんだ。生温さなんていらない孤高で最強の力を持つべきだったんだ」

 「それは違う! 優しいことは強いことだ! その優しさに救われてきた人間が数多くいるはず! それはアッズリ自身が一番わかっているはずだ!」

 「……うっ!」


 ティノの言葉に、心臓が大波に打たれた様にドクンと揺れる。熱くなっている右胸とは反対側の左胸が苦しい。何か、忘れているのだろうか。俺は自分の使命の赴くままに突き進み、この世界を正すことだ。そのはずなのに、何でこんなに胸が苦しいんだ。


 「へっ! はぁ、はぁ、はぁ。流石ダークフォルツァの力だぜ。楽しくなってきたじゃねえかこの野郎!」


 赤い絨毯の上に倒れていたと思われたレッダがもう立ち上がっており、暁色の大剣を右手に握りしめて蛇の様にこちらを睨んでいた。


 「お前もこの程度でくたばるやつじゃないと思ってたぜ! もっとこの俺を楽しませろ!」

 「……アッズリ、お願い、眼を覚まして……!」


 ティノの儚げな言葉の元、暁の炎で生成された二つの大剣の交わる音と共に、遂に最終決戦の火蓋が切られた。


 「オラオラオラァ! もっと刺すスピードを上げろォ!」

 「お望み通り上げてやるよ! この速度についてこれるかな⁉」


 明らかに最初に剣を交えた時よりもお互い様に剣を出すスピードが上昇し、空気中に線香花火が浮かぶ様に僕等の残影に火花が飛び散った。


 (ちっ! これじゃあ埒が明かねえ。何か決定的な技があれば……)


 先程から永遠に剣を当て続けているのは良いが、これじゃあただ体力が減る一方だ。今思えば家を出てから休憩なしに戦ってきたので、体力勝負なら無駄な体力を使っていないレッダの方が大幅に有利だろう。

 ここで何か新しい策を考えなければ、せっかくリスクをおかしてまで闇の力を手にしてようやく対等に渡り合えたのに、何もかもが水の泡となって水蒸気と共に分散していくだろう。

 

 「……アッズリ、私の声は、いつになったらあなたの心に届いてくれるの? お願い、誰か……アッズリを助けて」

 「おいそこの小娘、さっきから何か綺麗事ばかり言っている様に聞こえるが、こいつは自分の意志で闇に手を伸ばしたんだ。だから我らの戦いに口出しするな、黙って見てろと言ったら黙って見てろ」

 「何なのよ! アッズリは闇に染まるべき人間じゃないわ! 知ったような口を利かないでよ! 少なくとも私はあんたなんかよりアッズリを隣で見てきた、だからこの人の優しさや気遣い、思いやりの心は肌に沁み込むほどに知ってる。私はアッズリを信じてる」

 「……!」


 俺はレッダの言う通り自分自身が望んで闇の力に手を伸ばした。そして思うがままに戦っている。だがティノは俺の心の中に秘めている蒼い優しさを信じてくれている。俺が忘れていたもの、それは闇に染まりすぎて見えなくなっていた蒼の信念だろう。


 「ティノ、もう少し時間をくれ。大丈夫、心配するな。必ず『鎮める』から」

 「……アッズリ!」

 「何の話だァ? まあ何を企んでるのか知らないが腑抜けたことはするなよ小僧」

 「それは、こっちのセリフさ!」


 俺は暁の剣を元の闇の炎の塊へと変化させ、掌をレッダに向けて暁の炎の玉を飛ばして距離を取った。


 「こんなしょぼくれた攻撃なんて効かねェぞ!」


 俺が今すべきことは闇の力で攻撃し続ける事でも、決定的な技でレッダに重いダメージを与える事でもない。右眼に宿るダークフォルツァを蒼の力で鎮静し、熱く燃え上がると共に邪悪に蝕む右胸を落ち着かせることだ。

 でも、目的を理解していても手段が見つからない。目的を島とし、手段を船として例えるとならば海の向こう側に島が見えているがそこに行くためのの船が無い状態である。だから今模索することはその船を手に入れる事だ。


 (……何か策はないか?)


 「おいィ! 何もしてこないのならば此方からゆくぞ! 我の心の闇に固く誓って今度こそテメェを漆黒の闇に染め上げてやる!」


 (……誓う)


 ふと考えが電撃を浴びた様に頭の脳裏をよぎった時、俺の目の前を暁色の炎が通過した。


 「うわぁぁぁ!」

 「オラオラまだ行くぜェェェ!」


 先程のシーンを鏡写しにでもしたかの様に今度はレッダが容赦なく斬撃を飛ばしてきた。俺は暁色の壁で傷みを軽減しながら後方に交代するしかなかった。


 (……くそ! 方法を思いついたとしてもこれじゃあ反撃もできない。……仕方ない、あれをやるしか) 


 「……うわっと!」


 俺は床に転がっていた壁の破片に躓き、地面に向かって体勢を崩した。


 「隙ができたなァ!」


 漆黒の夜空に向かって振り上げられた大剣の影が俺の身体を包む。その影は最高到達点で制止すると、間もない稲妻の様に下に向かって振り下ろされた。

 それから数秒時が経つと、赤色の絨毯に血紅色の雫が一滴、二滴と滴り、絨毯に水玉模様の様な染みができた。


 「……なっ! 貴様……!」

 「はぁ、はぁ、やっと捕まえたぜレッダさんよぉ」

 「……アッズリ、……素手で!」


 刃を握る右の掌から腕を伝って血が滴る。その血は肌上で何度も枝分かれを繰り返し、正に欠陥が体外に浮き出された様な見た目をしていた。俺が船の土台であるレッダの動きを止めるという条件を満たす方法は、リスクを冒すこの方法しかなかった。


 (……おかげで、用意が整った)


 「お、おい! 何をする! や、やめろ! その右手の炎を早く収めろ!」


 レッダが俺の右手に視線を落とし、焦った表情で怒号を飛ばした。だが俺はその言葉を無視してただ一点に集中した「。


 「はぁぁぁぁぁぁあああ!!」


 気迫、信念、覚悟、様々な感情を一つの束にまとめる様に、俺は体中を駆け巡る全ての神経を右手に集中させた。 

 掌に浮かぶ暁色をした小さい炎の玉は、次第に風船の様に膨れ上がると、その大きさの何十分の一程の形へと変化を遂げた。


 「吹っ飛べレッダ! はぁあああ!」


 俺が右の掌をレッダの腹部へ当てたと共に、小さい炎の玉は太陽が爆発するときの様に巨大な光を強く放った。そして俺の言葉と同時に、暁色の右手からレッダを飲み込む程の鋭い光線が放たれた。


 「おわぁぁぁあああ!」


 レッダの叫びが勢いよく噴出された光線に掻き消される。床を這いながら進む光線は部屋の壁を突き破り、瓦礫を崩しながら城外へと飛んでいった。


 「アッズリ……」

 「ティノ、安心して。今レッダを遠くに飛ばしたのは俺の中にあるダークフォルツァを鎮める為だから。もう、闇の力は使わないから」

 「ダークフォルツァを鎮める……? どうやって?」


 俺が一番最初にフォルツァを使用した時、あれはリッキーが死んで、優しいだけじゃ何も守れない自分への怒りが爆発して自分の中の蒼眼が目覚めたんだ。ネビア・フォレスタの時も、ティノを守ろうとした。ただ、誰かのために何かをしてあげたかった。


 「ティノ、俺は気づいたんだ。フォルツァとは、優しさを象徴する力なんだって」

 「……アッズリ」

 「俺は自分自身の為だけの欲望の力、ダークフォルツァに手を伸ばした。だけどそれは全然不利益な事じゃなかったんだ。おかげでこのことに気づけた」


 そう、俺はダークフォルツァに手を染めるという事をしていなければ、まだ単なる優しい少年と言う肩書だけで人生を終えていたかもしれない。


 「もうすぐ、レッダが飛んでくるとおもう。だから、ティノ、一つだけ君に誓うよ」

 「……うん」

 

 俺は下ろしていた左手を握りしめ、あの時と同じように左胸に近づけた。そして、心の奥底に眠っているあいつに声を飛ばした。


 --ルシオン、頼む、力を貸してくれ。

 --汝よ、ならば強い信念を我に捧げて見せよ!


 強い信念。もう迷わない。俺が今ルシオンに誓う事、それは一つしかない。


 「ティノ、俺は、僕は、君を絶対に守って見せる!!」

 「アッズリ・アベントリエロォォォォオオ!」

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