第五章~レッダ過去・終焉編②~
何故だかティノの言葉が聞こえるだけでとても心強く感じる。これまでは自分一人がフォルツァを駆使して戦いに挑んでたというのが、自分自身の使命の概念の様になっていたが、今はそのころ戦っていた自分とは全然違う。まるでティノが僕の心の中にいるみたいだ。
「レッダ……、これで最後だ!!」
「ウォォォォォォォン‼」
僕とレッダは、最初初めて対峙した時の様に、同時に床を蹴った。
だがレッダの戦闘方式は人間の形を維持していた時と全く動いが違い、四足歩行の猿が共募化した時の様に、暁色に染まり長く変化した手足を振り回して攻撃を繰り出していた。
(もうレッダは人間という動物じゃない。闇その物の正体がレッダであり、この姿が本来の姿なんだ)
僕は四方八方に飛んでくる暁色の手足や、時折大きく開いた口から放出される暁色の玉を、瞬時に形成する蒼白の壁で受け止めながら反撃の
先程まで身体の疲労で動くことすらできなかったはずなのに、何故かフォルツァの力が数秒前光輝いた胸の辺りからどんどんと溢れてくる。
僕はレッダの攻撃を弾いた時に、ちらっと視線をティノの方に映した。
(ティノ……!?)
僕の目に一瞬だけ移ったティノは、教会に祈りを捧げる修道女の様に白く光り輝く胸の前で両手を握り、夜空に向けて目を瞑っていた。
(……そうか。ティノが僕の心の中に存在するという錯覚に陥ったのは、ティノ自身が僕にあの白い光を通して力をくれていたからなんだ)
「ウォォォォォォォン!!」
「負けるか!」
僕は即座に両腕を左右に広げると、その動きと平行にして蒼白の双剣を形成した。
「おりゃぁあ!!」
「ウ、ウォォォ……!」
僕に向かって鋭い軌道で飛ばされてきたレッダの爪の斬撃を双剣で弾き返し、少し体勢を崩して怯んだレッダに反撃の隙を与えない様に、続けざまに素早い速度で双剣の乱舞を繰り出した。
「アッズリ……、私達二人が光り輝いて共鳴したのは、フォルツァの源力である感情が蒼眼の王とユピテルの導者という絶対関係の下で一致したからなんだ。共鳴した二人は一心同体となり、その分フォルツァの力が二人の感情の一致に比例して爆発的に向上するんだ。私はアッズリを信じてる。だから、私にも君が見たがっている最高の景色を見させてよ!」
「はぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ウォォォォォォォ!」
双剣の乱舞と両手両足の斬撃で繰り広げられる攻防戦の中、僕は心の中で溢れ出てくるフォルツァの力を殻になるまで全部使い切るつもりで最後の攻撃に移った。
僕はレッダの暁色の斬撃を弾いた瞬間に、一度蒼白の双剣を収めて四足で立つレッダの腹の下に潜り込んだ。そして両掌に力を込めて、レッダが穴が開いている天井に飛んで行く様に、蒼白の炎を勢いよく解き放った。
「ウォォォォォォォン!!」
レッダは叫び唸りながら、僕の両掌から放たれた蒼白の炎によって、天井に空いた穴を綺麗に通過し、夜空に向かって打ち上げられていった。
「アッズリ!」
僕は自分の名前を呼ぶ声を背に、レッダが飛んで行った夜空に向かって、床に両手から噴出する炎を逆噴射させながら飛び立った。
空中を移動する僕の胸の中には、これまでに背負ってきた色々な人の願いや思いが込み上げてきており、一つの揺ぎ無い感情の力に纏まっていた。
(……ルシオン。僕は、いや、僕達は誓うよ)
大地の端に見える地平線が橙色の明るみを帯びてきた頃の、明け方に近づく夜空に浮かぶ暁色の満月が、最高到達点に辿り着いた僕の背中を照らす。
その場所から見える斜め下の目線上には、すでに落下を始めているレッダの姿があった。
--汝は何を望む。
--僕の感情は、ずっと前誓ったあの日から変わってないよ。ただ、その感情に多くの人々の思いが籠っただけさ。
--そうか。ならば我にその極地の感情を捧げて見せよ!
--僕は大切な人……、世界中の人々を守れる……。
僕の脳裏に活気が溢れていた頃の王国の人々、あの頃笑顔だったレッダ国王、もうこの世から旅立ってしまったリッキーや、家で帰りを待ってくれている母さんなどの顔が思い浮かぶ。
僕は数多くの人に支えられてきた。応援されてきた。『ありがとう』。ただ一つの言葉が心の中で繰り返され、感謝という感情となって胸の奥底へと運ばれていった。
ーー力が欲しい。
一つの感情ルシオンに捧げた刹那、僕の両手が強く光り輝き、そこから燎原の火の如く蒼白の炎が噴射され、今まで僕が使用していた双剣の、何倍もの大きさの巨大な双剣を形成していった。
「来世はもっと違う形で巡り会おう。それじゃあ、お休み、レッダ」
「ウ、ウ、ウォォォ!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
暁色の満月が照らす明け方の夜空に、「ザギイィィン!!」という真空を斬り裂く様な音が響く。
この斬音は、一年前のとある日から鳴り続けていた不穏なメロディーの終焉の象徴であると思えた。
一年という短い年月の間リア王国を苦しめたこの音楽は、その短い時間に反比例して多くの人々の命を奪い、衰退させていった。だがそれも今日この日、この瞬間で終わりだ。僕は僕にしかできないフォルツァの使命を成し遂げたんだ。
僕は先に床に叩きつけられたレッダの後に続いて着地すると、安心で緩み切った身体をそなまま投げ出した。
「アッズリー!!」
僕は声がする方に頭を向けると、先程まで鎖に繋がれて動けなくなっていたはずのティノがこちらに向かって駆け寄ってくるのが見えた。
「ティノ……さっきまで鎖で……」
「さっきの衝撃で柱が崩れて、その隙に鎖を解いたんだよ」
「そっか。……ティノ、僕やったよ」
「うん、うん、よく頑張ったよ。おめでとう、アッズリ!」
「はは、ありがとう……ティノ」
仰向けになっている僕の視線の先には、先程まで真っ暗だった夜空が橙色の空へと変遷してきており、僕らが旅立つ時に見た日の出が山と山の間から顔を出していた。
ここに来る前まで曇天が渦巻いていたリア城は、僕とレッダの激烈な攻防により半壊しており、部屋を覆っていた天井は吹き飛び、壁は元の原型が分からない程に破壊されていた。
「こんなに、激しい戦いだったんだ……」
「でもアッズリは勝った。それが何より嬉しいよ」
「僕一人が勝ったんじゃないよ。あの時ティノが僕に力を貸してくれたんでしょ?」
「それはアッズリが私を選んでくれたからさ」
「その事なんだけど、僕がティノを選んだってどういう事? 説明してよ」
ティノは僕の顔の前に覆いかぶさり、ニコッと笑った。
「それは後で説明するよ。ひとまずはここから……」
ティノが僕の手を引っ張って体を起こそうとしてくれたその時、僕達の近くでか細い呻き声が聞こえた。
「ぅぅ、はぁ、はぁ」
「な! レッダ! まだ生きていたの!?」
「……待ってくれ、もう私の心の中からダークフォルツァは完全に消えたよ……。だから……そんな警戒しないでおくれ」
僕はティノに起こしてもらいながらレッダの方に目を向けると、暁色の炎に身を包んでいた化け物の残影はなく、元の人間の姿をしたレッダ・テルーノに戻っていた。
「そっか、レッダも元に戻ってくれたんだ……、良かった。一緒に帰ろうよ、みんな待ってるよ」
「ありがたい言葉だが、それは出来ない」
「何でですか? これまでの過ちのせいですか?」
「まあ、それもあるが第一にこの現実世界との別れの時間がもうすぐなんだ。闇に完全に飲み込まれ、身体を支配されるという事はこういう事なんだ」
レッダは悲しそうにそう言うと、顔をこちらに向けて寂しそうに言った。
「ありがとう、アッズリ・アベントリエロ君、私を止めてくれて。お陰様でようやくゆっくり出来そうだ」
「……そうですか、でも一年前まで私達の暮らしを良くしてくれたのは変わりません。ありがとうございました」
「いやいや、それ以上に私も支えられていたのさ。笑顔が素敵だった国民達に。おっと、そろそろ時間かな」
レッダがそう言った後、彼の身体全体から突如として小さな光の玉が何個も出現した。
「アッズリ君、私のした過ちは事実となり、もう取り返しがつかない。本当に謝罪の気持ちで胸がいっぱいだ。何も償う事ができない自分を憎み、恨んでいる。正直すまなかったで済まされない酷いことをしたんだ。何度謝っても謝り切れないだろう。でも、どうか国民達に……、ありがとうとだけ伝えておいて欲しい」
「レッダ……国王」
「……頼んだぞ」
レッダの身体全体から出現した光は、水の中に湧き出る泡の様にどんどんと溢れ出していき、やがて綺麗さっぱり橙色の空へと飛び立っていってしまった。
「また、いずれどこかでお会いしましょう」
「……行っちゃったね」
「うん、僕達もそろそろ帰ろう」
僕はティノの肩を借りて立ち上がり、破壊された壁の近くへと歩いた。
そこから見えたのは、僕とティノがネルと出会ったネビア・フォレスタを覆っていた白い靄の様な物が跡残らず無くなって、美しい緑で溢れた豊かな森林へと元通りになった姿と、旅立ちの日にティノと一緒に見た、橙染みた空に浮かぶ灰青の朝日だった。
変わっていくものと変わらないものが一緒になって僕の視界に入ってくる。この景色もまた、旅でしか経験する事ができない初めて見る一回に一度の景色だった。
「ん、アッズリ、何か忘れてない?」
「え? 何かって?」
「……アッズリ、……たす……けて」
僕とティノは口を揃えて「あ」と言うと、積み重なった瓦礫の山へと歩いた。
「父さん! ……生きてたんだ!」
「まあ……な、いくつもの衝撃で死にかけたけどな、ゴキブリ並みの生命力で救われたよ」
(いくつもの衝撃って、絶対僕の攻撃も含まれているよね……)
「待っててね、今助けるよ」
僕とティノは手分けして、父の身体に覆い被さった瓦礫の山の撤去作業に取り掛かった。だが疲労で僕の腕にあまり力が入らなく、大部分はティノと父の残っている力に瓦礫を退けて貰った。
「父さん、歩ける?」
「長らくの間瓦礫に埋まってて歩き方忘れかけたけど何とか歩ける」
「いやそういう事じゃないんだけど歩けるならいいや」
「ふふっ、何だか面白いね」
僕は疲労で重たくなった身体を引きずりながら、奇跡の再会を果たした実父と、既に友達の域を超えた、僕には欠かせない存在であるティノと三人で、母の待つツアレラ地区へと足を運んだ。途中、僕等の勝利報告をする為にネルがいるネビア・フォレスタも通り、ネルが言っていた昔僕と同じ使命を果たした若者の様にドヤ顔をして見せた。
ネビア・フォレスタを抜け、地区へと戻る最中、遠くからリア城を見たが、最早原形を留めておらず、台風や地震などの自然災害が訪れれば、瞬く間に木っ端微塵となって跡形も残らない姿が容易に想像できた。
だが内心、過去の悪夢の象徴の城を消し去って、新しいリア王国として昔の様に国民全員で協力し合い、ゼロからスタートを切った方がいいのではないかと思った。
兎にも角にも、一番成し遂げたかった使命を達成する事ができて本当に良かったと思う。僕が今思うのは、早く僕等の帰りを待つ皆の顔が見たい。ただそれだけだった。
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