最終章~エピローグ・後書き~

 「お、アッズリー! えーっと、隣にいるのは誰だ……?」


 レッダを討伐してリア王国から帰還し、丘の道を下っていると、ツアレラ地区に入る直前らへんで一人の男子の声が耳に入ってきた。


 「ちょっとフリッツ! 先に行かないでよ! それで何だって?」

 「はぁ、はぁ、ちょっと待ってよ二人とも……、あ、アッズリ! 何か見かけないなと思ったらこんなところにいたんだ!」


 僕の視界の中に入ったのは、幼少時から一緒に育ってきた幼馴染達。先に声を上げたのはいつも僕達の先導に立ち、周囲を気分的な意味で明るく照らしてくれるフリッツ。後を慌てて追いかけてきたのが、美人と評判だが腹の内はお転婆なムーン。最後に二人に置いて行かれてたのがフリッツと一卵性の双子であり、少し気弱だが根はとても優しく、このメンバーの中で一番常識人で話が通じるブランだ。

 

 「み……皆……。良かった、会いたかったよ」

 「な……何だよアッズリ気色悪いなー! 二日三日話していなかったくらいで悲しくなるなって!」

 「え、昨日町の中で『アッズリー! アッズリどこだー!』って叫びながら走り回ってたし、今日だって朝早起きして……」

 「ちょ、おいブラン! 余計なこと言うな!」


 身体に疲労がたまって精神ともに着かれているはずなのに、その疲れがこの三人の顔を見た瞬間一気に吹っ飛んだ気がした。

 この賑やかな感じ、懐かしい感じ。本当に心の底から安らぐような気がする。

 いつもと変わらない、いつもの景色だ。


 「ねぇ、アッズリ、いなくなってからどこに行ってたの?」

 「そ……それは」

 「まあまあそんな事よりさ、そのアッズリの隣にいる人! ティノじゃなくていかにも成人男性の人! 何かやけにアッズリの父さんに似ているような気もするけど誰なんだ?」

 「あ、ああ俺か、うんそうだよ。こいつの父さんだよ」

 「え! 嘘言わないでください! アッズリの父さんは……半年前に……」

 「いや、ムーン、フリッツ、この人は僕の父さんさ」


 三人は阿吽あうんの呼吸ともいえる同じタイミングで顔を見合わせると、「ええーー!」と驚いた様子で叫んでしまった。


 「アッズリ……本当なの?」

 「うん、本当さ。道の途中で倒れていたところを見つけて助けたんだ。ね、ティノ」

 「そうだよ、だからこんなに帰りが遅くなっちゃったんだ」

 「……良かったねアッズリ! お父さんと再会できて!」


 僕の思い過ごしかもしれないが、ムーンが喋る前に少し間があった。もしかすると僕の身に何か危ないことがあった事を感付いているのではないか。お転婆の癖に勘が鋭いのがムーンなのでその可能性は無きにしも非ずだ。


 「あ、僕家にいったん戻らないといけないからまた後で話そう!」


 この場所で立ち話をしていると、あまり話したくない話題まで口から滑ってしまう可能性があるので、ムーンに確実に感付かれる前に移動したかった。

 

 「おおアッズリー! また後でな!」

 「ちょ、ちょっとフリッツ! 先に行かないでよー! またねアッズリ!」

 

 フランツとブランは双子揃って、町の中央へと続く道を駆けていった。


 「……ムーン? 行かないの?」


 ムーンは少しの間顔を伏せると、意を決した表情で背伸びしながら、僕に顔を近づけて言った。


 「アッズリ、今日の夜アッズリの家の近くの丘に行くから。その時に本当のことを教えてね」


 ムーンはこれだけ言い残すと、フリッツとブランが走っていった方向に向かって、「またね!」と言って走り出していった。


 (やっぱりばれちゃってたかー)


 「アッズリ、女の子はな、言い出したら聞かないんだ。だからムーンに今回の旅の事を話してあげな。ただ、危ない事には巻き込まないようにするんだぞ」

 「……わかったよ」


 父に言われるまでもなく、幼馴染の友人を今回の旅の様な危ないことに巻き込む気はさらさらない。ましてやムーンは若干男勝りな性格と言えど女の子だ。一部ティノの様な例外がいるかもしれないがムーンは完全なる一般人だ。

 

 (今日の夜、あまり黒い内容に話題が入らない様に気を付けないといけないな)


 僕はそんなことを考えながら市街地を歩き、この町の象徴である噴水があった大広場へと足を進めた。


 

 僕の目に、町人達が協力して瓦礫を運んでいる姿、長さを整えた丸木を担ぐ姿、小さい子供達までもが荷物を持って駆けていく姿が目に映る。少なくともこの大広場には、後ろを向いている人は誰一人としていなく、皆同じ方向を向いて労働作業に取り組んでいた。

 あの時の戦いで破壊された噴水は、今の現段階で枠組みが完成しており、後は本体の形を石で製造すれば再度この町の象徴として息を吹き返せそうだった。


 「もうこの場所は綺麗に片付いたね」

 「うん、僕が初めて戦闘を経験した場所もここだったな」


 そう、僕はあの時この場所で最も大事な存在だった親友、リッキーを目の前で失ってしまった。兵士の剣がリッキーの腹部を貫通したシーンはいまだに脳裏に焼き付いて離れないでいる。これからの人生もあの光景を決して忘れる事は無いだろう。


 「アッズリの友達が亡くなってしまったのは悲しいと思うけど、リッキーがいたからこそフォルツァを開眼する事ができたし、その力で全世界の人々を救う事ができたんだ」

 「確かにこんなことを言うのはすごく不謹慎かもしれないけれど、リッキーがいたからこそ前に進む選択をする事ができたと思うよ」

 「お前たちも大変な思いをしたんだな」


 父は適当に会話に混じったと思ったら、市街地のおじさんやおばさん達に引き留められてその人たちに連れ去られて行ってしまった。取り残された僕とティノは父を無視して先に進むことにした。


 「ていうか一度死んだことになった人がいきなり目の前に現れるってびっくりするよ

ね」

 「確かに、アッズリも城でお父様に会った時驚いたでしょ」

 「うん、すっごくびっくりしたよ。何たって本当に死んだと思ってたからね」

 「アッズリの父さんも元に戻ってよかったけど、ネビア・フォレスタでうろついてた兵士とかリア城の中にいたレッダの護衛の兵士達はどうなったんだろうね」


 僕とティノは今来た道を振り返り、山の上に立つリア城に目を向けた。


 「あの人達も暫くしたらこの町に戻ってくるんじゃないかな。闇に飲まれていたとしても自らが望んでやったことでもないし、町の人なら受け入れてくれると思うよ」

 「そんなにツアレラ地区の人達は優しいんだね。アッズリがそうだもん、皆優しいに決まっているよね」

 「いやいやそんな……」


 ティノはにやけた顔で言ったのでもなく、真剣な表情を崩さずに言ったので、僕ははにかみをせずにはいられなかった。


 「それじゃあそろそろ家に戻る? 父さんは当分の間は戻ってこないと思うから置いていても大丈夫だとは思うけど……」

 「時間があるなら、少しの間行きたかった場所があるの」

 「あ、そうなの? じゃあ僕もついて行くよ。ただ夕食前には戻るよ」

 「わかった、それじゃあ行こっか」


 僕とティノは市街地のメインストリートを抜けた後、誰も入らない様な長草が生い茂る小道へと進んで行った。



 「……はぁ、はぁ、やっぱり、この山道きつい」

 「そう簡単に慣れるわけないよ。ほら、ちゃんと歩いて」


 僕とティノは小さい小石が並んだ山道を登っていた。そう、ティノが行きたがっていた場所とは、どうやら僕とティノが最初に出会った、町の外れにある浜辺のことだった。

 しかしながら、ティノは以前と変わらずいかにもへとへとになりながら歩いている。中身はすごい魔法を使える能力の持ち主なはずなのに、肉体面での体力は恐らく一般人以下だろう。


 「アッズリ……まだ着かないの?」

 「いやまだ半分も進んでないから。強いて言えば休憩がとれる場所まであと十分くらいかかるよ」

 「ええーー……」


 やはりティノは相変わらずだ。僕は旅立つ時、与えられた使命とは別に、絶対に成し遂げられなければならない約束事の様な物を作っていた。それは絶対にティノを傷つけない事だった。ティノは思考のキレが良く、窮地に至った時も冷静さを保っていられる中身だけを覗けば大人だが、実際は僕の身長より三十センチ以上も小さい少女だ。傍から考えてみればこんな少女を旅に出すだけでも危険すぎる。

 だから僕は自分自身と約束をしたんだ。たとえ自分が犠牲になろうとも絶対にティノだけは救い出して見せると。だが途中ネビア・フォレスタを突破できたことに油断していたせいか、ティノを兵士達にさらわれてしまった。今回の旅ではティノを危険な目に遭わせてしまったその事だけがわだかまりとなって胸につっかえていた。


 「ティノ、あの時兵士から守ってあげられなくて本当にごめん」

 「私が攫われた時の事? それなら全然大丈夫だったよもしもの事があったら攻撃魔法でやっつけちゃおうと思ってたからね」

 「え……?」


 (……攻撃魔法? 何それ、全然聞いてないんだけど)


 「え、言ってなかったっけ? 魔法には二種類あって、自分に効果を掛ける防御魔法と、相手を倒す攻撃魔法があるんだよ」

 「え! じゃあ僕が数多くの兵士達と戦ってた時に何で安全なところで見てたの! そんな技あるなら一緒に戦ってよ!」

 「わかってないなーアッズリ君は。私は『導者』なんだよ。その肩書の通りフォルツァの王を導くことしかできないのさ」


 ティノは歩き疲れてへとへとな顔を隠すように、何故か誇らしげに胸を張って見せた。


 「という事は正当防衛となる行動は大丈夫だったってこと?」

 「うんそうだね。ユピテルの掟に違反してないからね。私は優秀でまじめだから法律はきちんと守る主義なんだ」


 そう言えば前にティノは、ユピテルの掟に反してしまうとこの世界ではないどこかに追放されてしまうと言っていたような気がする。実際はただ単にそのどこかに追放されるのが怖いから法律を守っているだけなのではないか。


 「まあどうであれティノが無事でよかったよ。本当に無理はさせたくなかったんだ」

 「じゃあいま海までおぶってよ」

 「それとこれとは話が別」


 ティノは見るに怪訝けげんな様子で「えぇー」と不貞腐れると、トボトボとした足取りで僕の後ろに続いて歩いた。

 僕はティノとそんな他愛もない話を繰り返していると、ティノが待ち望んでいたとある場所へとたどり着いた。


 「やっと着いたー! アッズリ、あれ採って来てよ!」

 「全く人遣いが荒いな。仕方ないからティノはここで待っててね」

 

 僕の背中で「やったー!」と手を叩くティノに待っててもらい、僕は湧水が出る周辺の石を上り、ティノが好きな二種類の果物が生っている場所へと向かった。

 岩石が積み重なった壁を上ると、木から伸びた枝にぶら下がったレープとピーチィがつやつやと皮を光らせて生っていた。相変わらず以前来た時よりも数は減っていなく、むしろ増えている様な気がした。それもこの場所は見つかりにくく、僕しか知らない場所であるからだろう。

 僕は果実を眺めるたびいちいち懐かしくなる現象を心の隅に置いて置き、ティノの為にレープとピーチィを二つずつ持っていった。


 「アッズリ! ありがとう!」

 「どういたしまして。なんかこの光景見るの二回目だな」

 「ほぼ同じだよね、私達が旅に出る前と」


 僕達はこの行動の流れを旅に出る前に一度一通りやったことがある。それもほぼ同じ動作で一連の流れ的には全く同じである。


 「アッズリ、私考えてみたんだけどさ。この世界には『時』という決まりきった時間が存在する概念が存在していて、私達は命を繋ぎながらその時の中で無限にループしているんじゃないかな」

 「え……どういう事?」

 「わかりやすく言えば、私達は決められた時間の中で同じ様な事を繰り返して生きているという事さ」

 「ごめん全然わかんない」

 「まあ高的な存在が考える様な事さ。頭の片隅にでも置いておいてよ」


 急にティノが、知識が豊富な老婆の様な口調をし始め、僕の思考回路を破壊するかの様に難しいことを言い始めた。最近ティノが僕を揶揄からかう頻度が高くなってきているのは気のせいだろうか。

 

 「それじゃ、頂きます!」

 

 ティノはピーチィとレープに交互に齧り付いた。先程まで疲労に満ちた表情をあからさまに見せていたのに、果物を手にした瞬間キャラが豹変して子供の様になる。僕はそんなティノを見ていると何故だか子供を見守る親の気持ちがわかるような気がした。

 

 「あっふぃ、ふぉれふぉんふぉふぃふぉいしいえ」

 「いや何言ってるのか全然分からないよ」

 

 ティノは口の中に果物を入れすぎて喉に詰まったらしく、胸をドンドンと叩いて飲み込んで僕に言った。


 「本当においしいよこの果物。ありがとうアッズリ」

 「どうしたしまして。それよりさ、何で海岸に行きたかったの?」

 「それは着いてから話すよ。今はこの果物達に集中させて!」


 ティノは僕が投げた問いを受け止めようともせずに、バットを振らないバッターの様に見送った。

 僕は初めてティノに無視された様な気がして少し悲しくなったが、やはり果物に齧り付くティノが無邪気な子供にみえて、すぐにほっこりした気持ちになった。


 (……何て僕は単純なんだ)


 「ふぅー。いやー美味しかった! さあ海岸に向けてレッツゴーだね!」

 「元気になりすぎだよ、でも気分が上がって良かったよ」


 僕とティノは腰を上げて、浜辺へと続く山道を歩いた。途中ティノは「アッズリー疲れた」というお決まりのセリフを吐いていたが、何回も休んで入れば夕食に間に合わずに母に心配をかけてしまうというのと、行きがあれば帰りもあるという事から心を鬼にしてティノを引っ張って歩いた。そんなやり取りを何回も繰り返しながら僕達は浜辺へと辿り着いた。

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