どこの世界でも公務員は世知辛い

 魔法師団が冒険小説の悪役にされる。この設定を見た時にこの物語が奥行きの深い世界観の下にあることを確信した。こういうの大好き。
 役所勤めの公務員魔法師達の、法律やら業務規程やら慣例やら世間体やらに振り回される様がリアルすぎて遠いファンタジー世界の話なのに身近さを感じて思わず応援したくなる。

 主人公のネロはそんな公務員の皆様の中でも人一倍苦労性なようで、頼りになるが故に個性豊かでアクの濃い周りの人々に振り回されている。公僕のボンボンでありながらも公務員オブザ公務員な彼は、強力な魔法師という実にファンタジーな存在であるにも関わらず、とても理論的かつ酷く現実的で客観的な人間に見える。個人的に、作者の手腕が凄まじいと思うのはこの部分じゃないだろうかと思う。

 例えばだが、彼が「勇者」という現実には無い架空の存在を(あるとても現実的な理由から)嫌っているというのも、この作品という架空の世界から冷静に一歩距離を置いているようで、それが我々読者という生身の世界と、主人公の距離を近少し近付けてくれているように思えるのだ。こういう演出の仕方もあるのかと膝を打つ思いだった。このように、主人公への感情移入を促す細やかな気配りがあちこちに盛り込まれている。そして、彼が勇者を嫌う理由があまりにまっとうかつ生々しくて、ちょっと笑ってしまった。

 先に少し触れたが、主人公を取り巻く周囲の人々も魅力的だ。なかなかいい性格をしている人物が多く、それに振り回されるネロという構図はユーモラスでくすりとさせられる。だがそれよりも感動させられるのは、よくある噛ませみたいな人間だったり、他の魔法師団支部の局員だったり、ぽっと出の行きずり冒険者だったり、そういう物語の脇にいる人たちがいちいち魅力的な点だ。無能がいない。正確には、能力のあるなしに関わらず登場人物が皆、独自の価値観・思考の下で自分で思考しながら生きている。主人公を賢く見せたり有能だと見せるために他の登場人物をカカシにすることを良しとせず、しっかりと一人の重厚な人生を歩んできた人物として描いているのがよく分かる。こういう物語はいくらでも読み続けたい。

 ストーリー自体はまだまだ序盤なため明らかになっていない謎が多く語れることも少ないのだが、特に気になるのはやはり魔王、そしてそれにも深く関わっているに違いない魔公周りの話だろう。この作品のタイトルに二度も使われている「魔王」という単語だが、その正体は未だ謎に包まれており、それがどんな生き物であるのかすら定かではない。ただ一つわかっているのは、「この星の生き物は魔王に思考を支配されている」ということだけだ。こんなに心を掴んでくる一文も中々ないに違いない。書籍化するなら帯にこれを付けてくれないと嘘だと思う。

 また、ネロ自身にもまだまだ明らかになっていない顔が多く、こういった魅力的な伏線が今の本筋である任務とどのように絡み合っていくのか、今後が非常に楽しみだ。

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