第12話 緋熊(ヒグマ)
あてもなく地獄を彷徨う木村。
「うおおおおん! ここはどこじゃああああああ!」
まだ言ってるよ。ちゃんと話を聞くつもりも無いのに、なんて我儘なヤツだろう。
「くそぉ、腹減ったぞ。」
挙句の果てにこれである。
数時間前に村人たちを何十人も食い殺しておいて、どれだけ食べれば気が済むと言うのだろう。
右へ左へと行く先をフラフラと変えながら岩場を歩いているうちに、道らしきものを見つけた。
「どっちだ? どっちへ行けば良いんだ? なんで看板の一つも無いんだよ!」
地獄だからな。看板なんてあるはずがない。
だが、そんなことは知らない木村は、ひたすら悪態をつきながら道を右の方へと進んでいくことにした。
そのまま道なりに歩いて行くと、一時間もせずに町らしきものが見えて来た。
「お! 町だ! よっしゃああ!」
木村は喜び勇んで町に向かって駆けて行く。
「な、何だあの化物は!」」
町の方でも、巨大なクマが迫ってきているのを確認したようで、騒ぎになり始めている。
木村の体長は約三メートル。人間たちにとって脅威でないはずが無い。
というか、なんか巨大化している。なぜだ……
「がぼお! がぼほぉぉぉ!」
「失せろ、化物!」
涎を垂らしながら雄叫びを上げる木村に、町の男たちは武器を手に叫びをあげる。
既に木村は言葉を喋ってすらいない。話する気は完全に無さそうだ。
「グフゥゥゥォォォ……」
だが、木村は全く怯むことなく、唸り声を上げながら後ろ足で立ち上がりながら男たちに向かって行く。
「やれーーー!」
恐らくリーダーなのだろう。男の合図で一斉に矢が飛ぶ。
だが、木村はうるさそうに前足で払いのけるだけで、全く通用していなさそうだ。
「矢を上半身に集中させろ!」
それでもリーダーは指示を出し、向かいくる恐るべき魔物(木村)を討伐せんと、手にした斧を木村の後ろ脚に向けて振り下ろす。
何人もの男がそれに続き、木村の足に次々と斧が打ち込まれていく。
だが。
「痛ぇな! このチビがァァァ!」
木村は叫んで体の前にいた男を前足の攻撃で吹っ飛ばし、横を振り向きざまに近くにいた男を後ろ足で蹴り倒す。さらに爪牙を繰り出し男たちを惨殺していく。
先程のリーダーも、一撃で血と肉の塊と化している。
「う、うわああぁぁぁあぁぁ!」
まだ生き残っていた男が斧を振り回すも、木村の敵ではない。
振り下ろされた爪が、いとも簡単に骨を砕き肉を引き裂く。
「逃げろ! 逃げろおおおお!」
僅か数秒で屈強な男数人を失い、矢を射かけていた男たちが悲鳴を上げながら逃げて行く。
「逃がすかァァァァア!」
木村は男たちを追いかけて、一人、また一人と惨殺していく。
阿鼻叫喚の地獄である。いや、元から地獄なんだけど。
というか、『ここは何所かを訊く』という目的は何所へ行った?
「バォォーー! ガルォォォーー!」
よくわからない雄叫びを上げて殺戮を繰り返す木村。
静かになったとき、そこには虐殺されて住民たちの血を舐め、肉を貪る巨大なクマの姿があった。
だが、木村は知らない。
この町から逃げ延びた者たちがいたことを。
彼らは、周囲に散り、近隣への町や村へと化物の存在を届けようと懸命に走っている。
そして、一際大きな町へと着いた者がいた。
ここに居るのは、地獄の辺境に君臨する魔王の一人だ。
「何があった?」
魔王が問う。
「私たちの町に、恐ろしい、巨大緋熊がやってきました。おそらく、もう、町は壊滅しているかと思います。」
「それで、お前は町を守るのではなく、逃げ出してきたのか?」
息も切れ切れに説明する男に、魔王は責めるように言う。
「私があの巨大緋熊に立ち向かっても、傷一つ付けられやしない! 無駄に死ぬだけだ。誰かが急ぎ他の街にも危険を伝えねば、犠牲者が増えるだけです! どうか、魔王さまのお力であの緋熊の討伐を!」
必死の形相で危険な化物の討伐を訴える町人。
「ふん。緋熊ごとき、ワシが出るまでもない。そうだな……、ギュシオンよ、貴様に命を与える。」
名を呼ばれ、二対の黒翼を持つ男が魔王の前に出て跪く。
「この男の町へと赴き、巨大緋熊とやらと討伐して来い。」
「は。仰せのままに。」
一礼して男は謁見の間を出ると、ギュシオンに町の場所を伝える。
巨大緋熊が暴れている町は、この年から南西に徒歩約一日の距離。襲われたのは約三時間前。
それだけ伝えると、男はその場に崩れ落ちた。
「どうした?」
ギュシオンは驚き、男の腕を掴み、声を掛ける。
だが、男の意識は無いようで、何の反応も無い。
「介抱してやるが良い。」
ギュシオンは近くにいる兵に声を掛けて男を預けると、南西へと飛び立っていった。
黒き翼で空を切り、猛スピードで空を翔けるギュシオン。
徒歩一日の距離など、僅か数分で着いてしまう。
ギュシオンがそこで見たのは、まさに地獄絵図、破壊され血に塗れた町と、幾多の死体を貪る獣の姿だった。
「喰らえ、ケダモノめ!」
怒りの表情を顕わに、ギュシオンは双翼から生み出した火焔を木村に向かって投げつける。
「はぎゃおぉぉぉお!」
突如、業火に焼かれ、変な悲鳴を上げる木村。
「あぢぃ! あぢぃ!」
叫びながら、木村は全身を包む火を食っていく。
食らえと言われて、本当に食ってしまうとは驚きである。
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