第2話 道熊能(どうゆうのう)

 なんだかんだあり、田村とクマは警察署に連行されていた。

 ヒグマを車に乗せることはできず、周囲を警察車両に固められて、自分の足で歩いての移動である。

 正気を失いひたすら暴れようとする田村の体は拘束されていた。


「そんなわけで、私とクマの身体が入れ替わってしまったんです。」


 田村は荒唐無稽な話を繰り返している。

 頭をぶつけたら入れ替わるだなんて古典的な漫画みたいな話を誰も信じようとしないのだが。

 与えた能力がベタすぎたのだろうか。まさか、クマにヘッドバッドをかますとは、神ですら想像しない。だから、これは私のせいじゃない。

 女子高生あたりと入れ替わって、ドキドキのストーリーが展開されるはずだったのに、何でクマだよ。


「クマって何食うんだ? カツ丼でも食うか? 人間は食うなよ? 俺は不味いぞ?」


 前代未聞の事態に、取調べの警察官も途方に暮れているようだ。


「頂いていいか?」

「やめろォォ! 俺を食うな!」


 警察官は後ずさる。


「違ぇよ! カツ丼だよ! 金ないけど大丈夫か?」

「本当にカツ丼だな? 一杯で足りるか? 足りないからって俺を食うなよ?」

「私は人を食べるつもりはない。」

「本当だな? 絶対だな? 一生食うなよ?」

「ああ、食べない。」

「本当の本当の本当だろうな? あとで気が変わったとか言うなよ?」

「しつこいな! もう食い殺してやるべや!」

「ぎゃああああぁぁぁ! 殺されるぅぅぅ!」


 涙目で警察官が逃げ出した。

 そして、クマ、いや田村は銃を構えた警察官に囲まれていた。


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「おとなしくしろ。」


 田村の正面に立つ警察官が低い声で言う。


「まて、早まらないでくれ。殺すってのは冗談だ。本気にしないでくれよ。」

「クマが冗談を言うなんて聞いたことがないぞ。」


 いや、冗談も何も、普通はクマは喋らんだろ。


「ほら、そこはアレだよ、北海道弁をかけて、食い殺してやるベヤって。」


 田村はギャグだと弁明するが、なかなかに苦しいものがある。しかし……


「ぷっ。道弁のべやとクマのベアを掛けるとは…… くくくくくはははははは!」


 何かウケてるぞ。コイツ大丈夫か?


「くっくっく。気に入ったぞお前。私は須藤だ。お前は?」

「田村だ。田村博道。分かるか? 渾身のギャグなんだ。真に受けないでくれよ。」


 なんか、オヤジギャクで意気投合しおった。


 翌朝、田村は解放された。尚、中身がクマである田村の人間の身体は精神病院行きだ。

 側から見たら、正気をなくして暴れている人間でしかないからな。あの状態で犯罪行為を働いても刑務所行きにはなるまい。


「これからどうするんだ?」


 見送りに来た須藤が聞く。


「大通公園で芸でもやって金と食い物でも貰うさ。」

「そうか。大変だな。間違っても人に危害を加えるなよ。お前に人権はない。直ちに射殺されるだろうからな。」

「ああ、重々気をつけるよ。世話になったな。」


 田村は二足歩行で歩いて行く。


 そして、S幌市内は大騒ぎとなった。

 朝の通勤時間帯に、エゾヒグマが「食い物を寄越すべや!」「食い殺してやるべや!」と叫びながらS幌駅周辺を歩いているのだから。


「ほら、食えよ。」


 サラリーマンと思しきアラサーくらいの男が田村の前にパンを放る。


「道に落としたパンなんて食えるかよ! 食べ物を粗末にするんじゃないべや!」


 キレて暴れるクマにビビって、男はスタコラ逃げ出した。


「何か贅沢なクマだね。」


 人々は笑いながら通り過ぎていく。


「クマじゃないべや! 吾輩はクマじゃないべや!」


 田村は地団駄を踏むが、どこからどう見ても紛うことなきエゾヒグマである。


「誰か食い物を恵んで欲しいにゃ。パンよりコメが良いにゃ。オニギリ食べたいにゃ。」


 なんか語尾が変わっている。

 四十過ぎたオッサンが語尾に「にゃ」とか恥ずかしくないのだろうか。


「オニギリ恵んでくれにゃ。」

「人助けだと思って、食べ物をくれにゃ。」


 道行く人に、恥ずかしげも無く食べ物を乞うていたら、オニギリが一つ差し出されたにゃ。

 田村は空に向かって感謝の咆哮をし、オニギリを口にする。


「こ、これは! 外国産のシャケ! 道産じゃないなんてキサマそれでも道産子か!」


 何故かイキナリ怒り出す。食い物を恵んでもらって怒るとは何というやつだ。

 近くにいた男にも叱られている。


「あ、済みません、冗談です。本当に済みませんでした。オニギリありがとうございます。」


 一転、ペコペコしだす田村。


「あの、クマさんの名前、何ていうんですか?」

「クマじゃないべや! 吾輩はクマじゃないべや! 名前はある。田村だ。」

「中の人の名前かよ!」


 横からツッコミが入る。着ぐるみか何かかと思っているのだろうか。


「あ、しまった。間違えた。俺は田村じゃない。道熊能だべや。」

「ドウユウノウ? 何それ?」

「H海道の道に、動物の熊、そして熊からレンガを取った能。道熊能だべや!」

「クマってどんな漢字だっけ?」

「カタカナのムの下に月、右にカタカナでヒヒ、下に点四つ。小学校で習うべや?」


 田村、いや道熊能が漢字を説明する。人として、熊に漢字を教わりたくないものである。

 オニギリをくれた女性に礼をして、さらなるオニギリを求めて声を張り上げる。


「吾が名は道熊能! オニギリを寄越すべや!」


 ひたすら叫びながら、街を練り歩く道熊能。

 九時を過ぎると、人通りが一気に減る。それまでにどれだけ稼げるかがポイントなのだが、結局オニギリ一個しかゲットできなかった。


「ひもじいべや! 泣けてくるべや!」


 喚くが誰も恵んではくれない。道熊能は駅前を諦めて、大通公園へと向かう。狙いはとうきびの屋台だ。ゆでとうきび、焼きとうきび、どちらも一本三百円である。毎年、ゴールデンウィークくらいから、九月末くらいまでやっている。

 しかし、道熊能はお金など一円も持っていない。

 店の横に張り付いて、「この私、道熊能にトウキビを! お願いします。よろしくお願いします。声援ではなくトウキビを下さい!」と繰り返している。


「商売の邪魔しないでよ。あんたが来てからお客さんって言うか、人が全然近づいてこなくなったじゃないか。向こうに行ってよ。」


 店のオバちゃんに怒られる道熊能であった。

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