エピローグあるいはプロローグ
子供のころ、夜になるたび、母は子守歌を歌ってくれた。
「ねーんねーん、ころーりーよー、ねこーろーりーよー」
その声は心の芯から優しげで、私はそれに包まれながらゆっくりと眠るのがなによりの至福だった。その翌日は、何だか歌のおかげで元気よく目覚められるような気さえした。
本当の歌詞が「おころりよ」だと知ったのは、小学生になってからだ。学校で友達に笑われたんだよと母に言うと、「いいじゃないの。ねころりよって歌詞がこの世にあったってさ」と平然と笑うのだった。
そんな母が病気だと発覚したのは、それからまもなくのこと。もう末期にさしかかっていて、助かる見込みは全くないのだと、母は自ら私に言って聞かせた。
やがて母は病院で寝たきりになる。
私は、せめて母のために何かしてあげられないか考えた。ずっとずっと、何ヶ月も考えた。そうして、不意にあの声が脳裏に蘇った。
「ねーんねーん、ころーりーよー、ねこーろーりーよー」
その子守歌を、今度は私が母に歌って聞かせた。母は何を言うでもなく拙い歌声を聞き続け、そして最後に、そっと「上手だよ、いずみ」と私を誉めた。
誉めてなんてくれなくていい。
私は母に、ゆっくりと眠って、そして活力を取り戻してもらいたかった。ただ、それだけだった。
毎日毎日、私は歌った。
けれどもちろん現実は残酷だ。母は見るたびにやせ細っていき、やがて会話もできなくなった。
それでも私は歌った。
何かが伝わると信じて。
何かが変わると信じて。
葬儀のとき、厳粛な空気の中、私は最後の対面に赴く。
棺桶の蓋は開かれていて、中には優しげな表情で眠る母の姿がある。
それをじっくりと確かめて、私は大きく息を吸った。
「ねーんねーん、ころーりーよー、ねこーろーりーよー」
お母さん、私の歌、上手くなったよね。
またいつか、誉めてほしいな。
どうか、安らかに。
安らかに。
そのとき、私は決めたんだ。
私は絶対に、歌手になると。
私の作った歌で、私の歌った歌で、ひとりでも多くの人に元気になってもらうのだと。
そしていつか、わたしのいちばん大切な人を、私の歌で救うのだ。
ねんねんころりよねころりよ 水池亘 @mizuikewataru
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