谷の狐と鬼の姫・番外編:あなたとならどこへでも

 庭先の部屋で向かい合って座り、まんじりと睨み合う壬と伊万里。両者一歩も譲らない様子を、圭と千尋は緊張した面持ちで見守っていた。

 どう仲裁に入ろうか。

 下手に口を出すと余計にこじれてしまうことは、今までの経験から十分に分かっている。しかし、放っておくと突拍子もない方向にこじれることも分かっている。二人は押し黙ったまま、必死にその打開策を考えていた。


 ことの発端は、来週出かけるという伊万里の誕生日デートの行き先について。ようやく恋人となった二人の記念すべきメモリアルイベントだ。そんな楽しいはずの打ち合わせが、なぜこんな状態になっているのか。

「俺とならどこでもいいって伊万里は言ったよな?」

 苛立つ声で壬が言った。伊万里が嫌味なくらい大きく何度も頷き返す。

「ええ、言いました。確かに言いましたけれど──、」

 そこまで言って伊万里が言葉をぐっと溜め込み、膝の上で握りこぶしを震わせた。

「森カフェなんて、いつも行っているような場所、ふざけているとしか思えません!! 挙げ句、荻原商店に寄って行こうなどと、これの一体どこがデートなのです?! ただの帰り道ではないですか!」

「だってほら、慣れた場所だしほっこりできるかなって──」

「却下です」

 伊万里がピシャリと言った。頭ごなしにダメ出しをくらい、壬がむすっとそっぽを向く。


 おいおい、それは壬が悪い。確かにそれは帰り道だ。


 圭と千尋が口を開きかけたところへ、壬がすかさず伊万里に言い返した。

「じゃあ、ジロ兄に会いに行って、それから拓真んとこ遊びに行くってのはデートかよ?! 何が楽しくて、他の男に会いに行かないといけないんだ」

「だって、しばらく会ってないし──」

「却下」

 今度は壬がピシャリと言った。伊万里がむうっと口を尖らせる。


 いやいや、それは伊万里も悪い。というより、そもそも日帰りプランじゃない。


 今度は伊万里に突っ込みを入れようとした二人だったが、刹那、伊万里が半べそになりながら傍らに置いてある漫画に手を出した。

 伊万里のバイブル『キュートな花嫁』だ。


 うわっ! よりにもよって、今ここでそれに手を出す??


 圭と千尋はもう見ていられなくなって、両手で顔を覆った。

 呼吸が止まりそうなほど静かな部屋に、パラパラとページをめくる音が響く。ややして、伊万里は戸惑いながらぽつりと呟いた。

「じゃあ、この、魚が泳いでいるという水族館」

「……水族館って、近くにないぞ」

「でも、物語では気軽に遊びに行っています」

「そんな県に一個あればいい施設、ぽんぽんあるわけないだろ」

 すぐさま否定され、伊万里は悔しそうに口をへの字に曲げた。そして再びパラパラとページをめくり、またまた呟く。

「じゃあ……、星空が堪能できるというプラネタリウム」

「プラネタリウムって、」

 壬が部屋から見える空を指差す。

「毎日、天然の星空を見てるじゃん」

「それは、そうですけど」

 動揺のあまり、伊万里は心なしカタカタと震えている。半ばやけくそ気味に漫画のページをめくり、これで最後だと言わんばかりに彼女は言った。

「映画館!」

「ああ、映画。うん、それなら」

 壬がこくりと頷く。

 圭と千尋は思わず手を取って抱き合った。 


 えらい! よく、その無難な答えに辿り着いた!!


 二人は涙ぐみながら伊万里に対し何度も頷く。もう、巣立ちを見守る親鳥の気分だ。

 伊万里の顔がぱっと明るくなる。そして次の瞬間、彼女は満面の笑みで言った。

「では、『キュートな花嫁実写版』を!」

「ちょっと待てい!」

 穏やかになりかけた空気を破り、壬がだんっと片膝を立てて腰を浮かせた。

「何か?」

「アクションものがいい」

 伊万里の顔がピシッと強張る。彼女はしばらく押し黙った後、苛々とした様子で壬を睨んだ。

「先ほどから聞いていれば、あれは駄目だこれは嫌だと、なんとせせこましく難癖をつけてくるのです。行きたくないなら行きたくないと言えばいいではありませんか」

「そんなこと言ってない。だいたい少女漫画の実写版なんて俺が見るわけないだろ」

 負けじと壬が言い返す。当然伊万里も引き下がらない。

「ずっと前から、壬と一緒に見たいと思っていたんです」

「嘘つけ。さっきまで拓真に会いに行くとかほざいていたくせに」


 ああ、どうして映画という無難な選択をしたはずなのに綺麗に着地しない?


 圭と千尋は頭を抱え込んだ。この迷走はなはだしい話し合いは、このままだと暗礁に乗り上げること間違いなしだ。やっぱり助け船を出さないと、この泥仕合のような話し合いに延々と付き合わされることになる。

 二人は覚悟を決めると、きっと顔を上げた。

「ねえそうだ、みんなでさ!」

「遊園地なんて、楽しくない? そこならわりと近いし!」

 いがみ合っていた壬と伊万里が、ぎろりと圭と千尋に睨み顔を向ける。


「みんなで」

「遊園地?」


 しまったと、圭と千尋は思った。みんなで行ったら、メモリアルデートじゃない。それでは、いつもと変わらない。

 慌てていたとは言え、自分たちの失言に二人はめまいがした。いや、自分たちもやぶれかぶれになっていたのかもしれない。


 もう、知らない。どうとでもなれ!


 しかし、二人が諦めかけた刹那、壬と伊万里が「うん」と頷いた。

「それ、いいな」

「はい。みんなで遊園地、いいですね。面白い乗り物があるんですよね」

「……へ?」

 いいの?? それでいいの?!


 二人のメモリアルは?? そう思ったが、もう突っ込まないことにする。

 人生、何が正解か分からない。今はもう、この話し合いが終わるのなら、メモリアルもデートもどうでもいい。


 週末、四人は楽しく遊園地へ出かけることになった。


 <番外編> おしまい




***新作紹介***

『藤の花恋』 5月21日スタートしました。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054917452940

 伊万里の母親、藤花の物語です。伊万里出生秘話となります。

 興味のある方は、ぜひ遊びに来てくださいね。

 

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九尾の花嫁 すなさと @eri-sunasato

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