8 怒りをくれよ②
裏通りとも言えない路地は、増築を繰り返した結果、へたな積木のように左右から壁が突き出し、路地から見える空を隠していた。
日光が射すわけもない窓枠は、埃がたまるほど開けられた形跡がないものの、その奥には灯りと人の気配が残っている。
それをシオンは、かろうじて路地全体を見渡せる三階の窓辺を陣取って把握するや、
「ここは戦いには向かないな」
「どうにかならないわけ? 」
と、苦言を
シオンがジジの子機とともに旅をした数週間。
あれからしばらく経ち、ジジという魔人は、すっかり自分のもとから去ったとばかりシオンは思っていた。
それが実はそうではなかったと知ったのは、今からほんの十数分前だ。
抜け目のない魔人は、神出鬼没といえるシオンに自分の
事態の
「たしかに、ここじゃあ狭すぎる」
シオンは、自分の手を握ったり開いたりしながらジジに言った。
「でも、あれらも纏めてどこかに連れて行くなら、おれが作った扉を通ってもらわなきゃならない。おれも今日はだいぶ消耗しているし、何より敵がおとなしく移動してくれるかどうか」
「誘導は」
「できるなら用意はするけど、肝心の場所は? 郊外の開けたところに出せば逃げやすくなる。人がいなくて、かつ閉じた場所。そんなのあるか? 」
「ふん。ボクに期待してるってわけね。まあ思いつく候補地は任せなよ。キミ、能力のくせに情報が足りてないんじゃないの」
「そりゃ期待してたけどォ……。あのさ、おれは学生時代から真面目で
◇
――――
龍の先祖返り――――その証である星の光を宿した龍の火をまとい、もう一枚の壁のように立ち塞がった皇女の体は、『
皇女のはんぶんほどしかない『魔術師』は、声を出す間もなく壁に埋め込まれる。
皇女は抜け目なく、
ローブの下で少女の指がかすかに動く。
その瞬間、ヴェロニカは突き下ろすような拳をふたたび撃ち込んだ。石畳が弾ける。
(……知ってはいたけど、皇女の怒りはすさまじいものだな)
シオンは、もはや習性から、拳の威力を自分の体で受けることをつい想像して、冷や汗をかく。
シオンが路地に戻ると、ジジが告げた場所への扉を路地の通路のひとつに繋げ、伝令としてジジが各方の影に散らばった。
もう一人の羽帽子へ相対するのは、ヒースとアルヴィン。そして『教皇』グウィンである。
妹と違い、こちらは静かにたたずんでいた。
羽帽子もまた、一定の距離からじりじりと睨みあって動かない……いや、動けない。その周囲を、鈍い金の帯のようなものが、ほんのわずかな羽音を立てて泳いでいる。
サリヴァンが『教皇』を持っていたころ、いちども『教皇』のスート兵を使う機会がなかった。
『皇帝』の鉄のスート兵と、『女帝』の金のスート兵は、武装した人型をしていた。
そして誰もが目にしていなかったが、『女教皇』の銀のスート兵は、翼を持つ三連の
『教皇』のスート兵は銅製。金色だが金よりもにぶい光を反射し、返す光がわずかに赤かった。
ひれを思わせる
しかしあるべき場所に、顔を構成する目鼻口といったものは、何一つとして存在しない。
無機質だが、
まるで檻だ。
ジジが耳元で告げることで、全員に次の指示がいきわたった。
ここで仕留めるのもいい。しかし、これで終わるわけがない。
「……動くよ」
ジジが言った次の瞬間には、全員が石畳を避けるように壁に、あるいは空へと跳んでいた。
積みあがった砂ぼこりがさざ波のように石畳の上を撥ね、青黒い文字が広がっていく。無数の蛇、あるいは蛭、蟲が
ずん、と地面がわずかに揺れた。すえた匂いとともに、青白い
「――――冥界の霧!? 」
霧の中から起き上がるように、人影が三つ顕現した。
グウィンの歯が、ガチリと噛みしめられる。舞い上がったアルヴィンが、立て続けに床を舐めるように炎を打った。
その姿を視界にとらえた亡者のひとり――――赤い鎧の男が、
次の瞬間には、男は炎を踏みつけて、自身の脚ほどもある
「ギャヒッ! 」
赤い鎧の男は
◇
ヴェロニカの目は、ずっと『魔術師』をとらえていた。自分の手で地面に沈めたその姿が、霧の中で川底の泥のように融ける姿も見ていた。
そして次には、捕まっていた窓枠から霧の中に踏み込み、亡者と思われる黒髪の男に拳を打ち出していた。
同じように、龍の炎を纏った
亡者の中でひときわ小柄な体は、その攻撃を見切ることはおろか、察知することもできない。
彼は将であっても文官であり、そして王であったから。
老体とはいえ、ヴェロニカと同じ先祖返りと
コネリウスは、吹っ飛んだジーンに組み合い、投げた。
「……コニー」
投げ飛ばされてようやく、ジーンは口の中でその名を口にする。
「うぅうおぉおおおおおおおッ!! 」
コネリウスは雄たけびをあげ、ジーンを投げ捨てた扉へ向かって、自身も飛び込んだ。
それに、黒髪の騎士と組み合ったヴェロニカも続く。
「……クソ。『魔術師』め。面倒なことしやがって」
ジジは、眉間に皺を寄せて路地裏に残った面子を見下ろした。混戦である。
星よきいてくれ【第二部『魔法使いの国編』最終章更新中】 陸一 じゅん @rikuiti-june
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