百合なんて滅べばいい 後編
しばらく
それどころか以前のように振る舞えない。彼女の言葉にいちいち反応して一喜一憂している顔なんて、見せられないから。
クラスメイトは不審がってたけど、
ただ黙って、いつも通りでいてくれる。
やっぱり
そんな子の隣に私みたいな汚い人間がいていいのだろうか。
百合なんて滅べと、あれだけ同性愛を嫌悪しておいて、私がそうなるなんて。
自覚を得た日から、元親友の声が頭から離れない。
『ごめん、本当はずっと隠してくつもりだったけど』
あの時は我ながら攻撃的になっていたと思う。私の事情を知っていた彼女に気持ちをぶつけられたことが心底ショックだったから。
だから言ってしまったのだ。
せめて隠していてくれればと。
誤魔化して、秘めていてくれれば良かったのにと。
私が傷つきたくなくて、私の安らぎを奪われたくなくて、そう願った。
そんな暴虐に彼女は泣きそうな顔でほほ笑んだのだ。
『無理だよ。ずっと隠し続けるなんて。気持ちを呑み込んで呼吸する痛みなんて、宇月ちゃんには分かんないよね』
(そうだよ。あの時は何も理解できてなかった)
『いいよ。そのうち分かるだろうから』
(うん、そうだね)
『いつか思い知って、その時に苦しんで』
(もうすでに死んじゃいたくなるくらい苦しいよ)
まんまと思い知らされた。
こんな感情と心中しろだなんて
あの子はどれだけの間、気持ちを隠していてくれたんだろう。どれだけ嘘を吐かせたんだろう。どれだけ、傷つけていたんだろう。
告げるべきじゃないと、そうやって気持ちを永遠に隠し続けなきゃならないなんて、こんなの拷問も同じだ。
私の対面で文化祭の資料にホッチキス留めをしている
お願いしたわけでもないのに、彼女は私の仕事を手伝ってくれている。夕暮れ差し込む教室に二人きり。改めてそう認識して、顔がカッと熱を持つのを感じた。
同時に罪悪感がせり上がってくる。
私と友達になってくれたのだって私がしつこく付きまとったからだ。そうでなければ、きっと卒業までまともに会話することもなかっただろう。
そんな
「
「それなら、生徒会室横に準備室が」
「ちょっと
「え……?」
言われて目じりを指でなぞる。確かに濡れている。そう自覚した瞬間、いっきに視界が歪んだ。
熱いものが勝手にあふれてきて止まらない。
「
「なっ、なんでもない。大丈夫」
「何でもないわけないだろ」
逃げようと立ち上がった私の腕を
「はなしてっ!」
語気を荒げて振り払う。その向こうに見えた傷ついたような表情に、いっきに後悔が押し寄せる。
違う。傷つけたかったわけじゃないのに。
なんで上手くできないの?
「……
「違う! 嫌いなんて、なるわけ……」
言葉が詰まってそれ以上出てこなかった。拭っても、拭っても、涙腺がぶっ壊れたみたいに涙が止まらない。
「そうじゃ、なくて。……好きに……なっちゃったの……」
涙と一緒に自制心まで流れ出たみたいだ。私はいつの間にか床に膝をついて、想いをぶちまけていた。
「ごめ、なさっ」
「
「わた、し、性欲とか、向けられるの……くっ、怖く、て。だから、人間嫌いな、ひなみに、ぅっ、近づいたのに」
「好きになっちゃ、て。……自分の嫌なもの、痛いのに、
たどたどしい言葉。言えば言うほど自分が
けれど
「……別に想いが全部、肉体関係に繋がるわけじゃないだろ。思いの到達点ってそこだけじゃないだろうし」
「でも……わたし」
「仮に人を愛した結果に相手の全部を欲しくなっても、それとこれとはたぶん別の話だ」
「けど……」
自分の
頷こうとするたび胸の奥がじくじく痛んで動きを阻止する。この気持ちを受け入れてしまったら、今まで散々傷ついてきた自分を裏切るようで、傷つけてきた人たちを無意味にするようで、後ろめたい。
「
降り注ぐ声に応えられない。なのに
『待っていて』なんて、今度こそ言ってないはずなのに。
私の頬に手が添えられる。気持ちは揺れ動いたままだけど無視し続けるのも限界だ。
顔を上げるとなぜか視界が狭まって、私の五感のぜんぶが、
彼女の唇がそっとわたしに触れる。
唇に初めて感じた自分以外の感触は、電撃みたいに全身を巡って私の背中を粟立たせた。
甘い痺れが一呼吸のうちに私の心臓を七周半して焼き尽くす。予熱に喉が火傷を負ったように干上がってしまった。
いっきに涙が引っ込む。息を吐くたびに胸がきゅうっと締め付けられる。なのにその感覚がまったく不快じゃなくてどんな顔をすればいいか分からなくなった。
「──なっ、なにっ? 慰めの、つもりなら」
「僕はそういうのしない。知ってるだろ」
「だったらなんで」
恥ずかしさのまま問うと、
「……僕にも分かんない。ただ、お前の好意を……嬉しいって思えたから。それがなんだか嬉しくて。
「たぶんって……」
「呆れないでよ。僕にだって分からないんだ」
赤くなった顔を誤魔化すみたいにぼりぼり頭を掻いて、
「僕に触れられて、
首を横に振る。思ったほどの痛みはない。キスなんて嫌悪していた行為のはずなのに。
私の意地はあっさり溶けて、
「僕も、嫌じゃなかった。他の人だったら血の海作るレベルで暴れ出すだろうに」
「急に怖っ」
「でも
冗談めかした口調が真剣の色を帯びる。
「性別とか信条とか関係なく、
目が合う。睨みつけるような、けれど真剣に見守るような瞳。思えば最初から私は、この目が好きだった気がする。
「この気持ちが
触れあった手を、お互いおっかなびっくりに握り返す。
まだ怖い。受け入れるのも、認めるのも。怖くて体の芯から震えがくる。
けれど向き合いたいと思う。逃げたくない。別に名前を付けてカテゴライズして、結論を出した気になって目を逸らしたくない。
指先で触れ合って、互いに見つめ合う。
この暖かな気持ちをありふれた感情に落とし込んであげたい。特別な単語で誤魔化すのは違う気がするから。
だから、幾度も願った言葉を、今度は違う意味で繰り返す。
百合なんて滅べばいい。
了
頭いってる短編集 まじりモコ @maziri-moco
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