【ACおまけ】みんなで集まろう(北部領の冬)

「リアナ陛下さまから、冬至節の贈り物が届いたよ」

 北部領、巨大な揺籃ようらんの城。その城主であるナイル・カールゼンデンは、広間に集まった家族に向かってそう声をかけた。


「城内鋳造の剣が5振り。花虫竜の王都風の燻製50ゼナン。上等のモスリンが80ゼナンとチーズ22本――これは西方領スターバウからかな」

 秘書官に確認させながら、贈り物をあらためる。「さすがリアナさま、各家に行きわたるように配慮してくださっているな」

「せっかくのプレゼントなのに、よそに行っちゃうなんて、つまらなーい。燻製肉いっぱい食べたいのに」

 かわいい新妻のルーイが、そう言って頬を膨らませた。ナイルは笑みを浮かべた。よく食べてよくはしゃぐ、まだ少女と言ってよいこの妻を溺愛しているのだ。

「きみはもうじゅうぶん、今年用の服は持っているだろう? 花虫竜とチーズだけは、こちらでもすこしもらおうか」となだめる。

「はぁい」

「各家への分配は、あなたに任せても構いませんか、アイダ」

 ナイルはもう一人の妻、アイダに向かって丁寧に尋ねた。礼儀にきびしい年上の妻なので、彼なりに気をつかっているのである。

「まあ、立派な品ばかり。お支度したくが楽しみですこと」

 銀髪の美女アイダはゆったりと余裕のある笑みを浮かべてうなずいた。贈り物のほうに近づき、姑じみた手つきで品物をよくチェックしはじめる。「南のほうでは、こういうの味つけで竜肉を召しあがるのねぇ。まぁまぁ、煮汁がこんなに真っ黒で。よろしいこと。それに、ずいぶん丈夫そうな布ですわねぇ。殿方が喜びそう」

 『田舎っぽく品のない贈答品』と馬鹿にしているのが丸わかりのアイダの言葉に、ナイルは口もとを引きつらせた。ここにリアナがいなくてさいわいだった。なにしろ、アイダは北部領以外はすべて田舎と言ってはばからない古風な考えの持ちぬしだし、リアナのほうもすこしばかり……その、ケンカっ早いところがあるから。


「花虫竜……は、新年のお祝いに出そうか。チーズのほうは一本いただいて、家族で食べよう」

 そう提案すると、妻たちが口々に言った。

「私、鍋が好きです! パンとお肉をつけて食べるの」と、ルーイ。

「あれは使用人のまかないでしょう。領主さまの正餐にはいかがかと思いますけれど」と、アイダ。

「まあ、そう言わずに」ナイルは苦笑した。「スターバウ領のチーズは滋養があると聞くよ。……あなたも目先が変わって、食欲が出るかもしれない」

「旦那さまがそうおっしゃるのでしたら」自分の身体を気づかわれたことで、アイダはまんざらでもない顔になった。



「正餐が使用人用の食堂なんて、粋なおはからいですこと。わたくしには思いつかないアイデアで」

 口もとを袖で覆って、アイダが皮肉った。鍋をつつけるような小さな食堂は、ここしかなかったのだ。ここにいるのはナイルたち家族と、ごく身内の竜騎手数名。その間、使用人たちには正餐用の広間でパーティを楽しんでもらっている。

「おばさんになると、頭が固くなるんじゃないですか?」

 ルーイも負けていない。「家族団らんで鍋をつつく。いいじゃないですか。ねー、ナイルさま?」

「ええと……そうだね」

 ナイルは双方の妻に最大限に配慮しながら、当たりさわりなく答えた。親族たちの、なんともいえない同情のまなざしが向けられる。

 チーズ鍋は酪農のさかんな西部の料理で、ルーイはレフタス・スターバウから領主家のレシピを習ったそうだ。ニンニクと、おなじくスターバウ産の辛口の白ワインを使うのが秘訣だと鼻高々に解説するのがかわいい。

「エリサ、今年も戻ってこないの?」

 唯一の子どもであるカイは不満そうだ。

「彼女はいまは、陛下がたのあずかりだからね。春まで待つことになるかな」

 ナイルが答え、隣のアイダが串に刺した肉を手わたす。「さ、若様。温かいうちにお召しあがりになってくださいませ。しもじもの料理がお口に合うとよろしいんですけれど」

「しもじもって、意味わかんない。用意したのは私なんですけどー?」鍋のチェックに余念がないルーイが鋭く返す。


「ナイルもたいへんだね」

 女の子のように整った顔を曇らせ、カイはしみじみと言った。「僕、大人になっても、奥さんふたりもほしくない」

「ううっ」年端もいかない子どもに気づかわれ、ナイルは持病の胃痛を感じた。かつての主君筋たるゼンデン家のリアナは、ふたりの男を夫に持っているが――ともあれ、自分にとってはけわしい道のりであることはたしかだった。もちろん、妻たちのほうが苦労していると思えばこそ、口には出せないのだが……。

「さー! みなさん、ばんばん食べてくださいね。お肉足りなかったら、追加で持ってきますから!」

「元気があって、よろしいわぁ。お隣にまで響きそう。……さ、若様、お野菜も召しあがりくださいませ」

「おばさんって世話焼きですよねー。ね、ナイルさまぁ?」

「……」

 女性どうしの苦労があるにせよ……。まったく性格の違うふたりの妻は、それぞれにそれなりに鍋を楽しんでいるようだ。今のところはこれでよしとすべきだろうと、ナイルは痛む胃をおさえて結論づけたのだった。

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設定集・サイドストーリー・SS:リアナ 西フロイデ @freud_nishi

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