【AC1225】みんなで集まろう(雪合戦)

 掬星きくせい城のあまり広くない練兵場は、一面の雪に覆われていた。冬至節の当日のことである。


 背後の城は常緑の葉と実で飾られ、その内部では今晩の宴の準備に余念がない。だがここもまた、城内に負けず劣らずにぎやかだった。防寒服に身をつつんだ男たちが隊列を組み、雪玉をもって白い練兵場を駆けまわっている。ふだんはよそよそしい関係にある竜騎団とハートレス部隊が、雪合戦の真っ最中だった。

 金の縁飾りも美々しいライダーコートの竜騎手たちが、雄たけびをあげて突入していく。一方のハートレスたちは、フィルのハンドサインに従って音もたてずに迎え撃つ。


 城の主になったばかりの若い女王は、松明近くの暖かい席でそれを観覧していた。この雪合戦は単なる合同訓練ではなく、れっきとした御前試合で、スコアは後世に残ることになる。それもあって、両者とも真剣そのものだった。

「こういうところに、ふだんの練度が出るんじゃないの?」

 ラム酒とバターが入った、舌が焼けそうなほど熱い紅茶を飲みながら、リアナが所感を述べた。

「ライダー側を俺が指揮していれば……」

 おなじ天幕の、隣に座る青年――デイミオンは悔しそうだ。彼は竜騎手団長を兼任するが、王太子としての業務の都合上、参加できなかったのだ。

「だけど、フィルたちはほんとに強いわよ。デイが入っても、負けちゃうんじゃない?」

「馬鹿を言うな。俺が入れば――」

「あ、また一人当たった」

 戦況をイライラと眺めていたデイミオンは、バン!と音が出るほど小卓を強く叩いた。「ふがいないぞ! 負けたら全員、減給だ!」

「わー!」「お許しをー、殿下ー!」遠くから嘆願の声が聞こえる。その一人の顔に雪玉がさく裂した。雪といってもあらかじめ固めて氷点下で放置しているから、氷も同然で、当たるとかなり痛いはずだ。

「あ、また。デイが気を散らすようなこと言うから」

「なんて軟弱なやつらなんだ」

 デイミオンはなおもぶつぶつとこぼし、ホットワインをがぶ飲みした。

「でも、けっこうおもしろそう。わたしもやりたかったな」

「このあいだの、ヴァーディゴのときのようにか?」

 不満そうだったデイミオンの顔に皮肉げな色がもどった。「おまえがケガをしたら、こちらの責任になるんだぞ。陛下におかれましては、臣下の気苦労をおもんぱかっていただきたいですな」

「デイ、嫌味ー」

「おい、猫の仔みたいにひっついてくるな」

「だって、寒いもん。デイは暖炉四つぶんくらいあったかいし」

 なかなか、いい動きもあった。ライダーのひとりが竜術を使って跳びあがり、ハートレスたちの追撃をふりきって一気に敵の陣地に踏みこんだ。羽が生えたかのような跳躍で雪玉をかわし、その指先は今にも旗に届きそうだったが――

 やはり、その動きも読まれていたようだ。後衛が煙のようにあらわれて、ライダーにタックルをお見舞いした。


 ♢♦♢


「雪は苦手と聞いていたのに。こちらは雪中行軍の経験もあるのに、負けるなんて……」

 苦々しい顔で戻ってきたのは、副長のハダルクだった。〈呼ばい〉で指揮をとるなどして善戦していたが、勝利はかなわず。天幕の前に準備された温かい飲み物に手をのばした。

「雪はイヤだけど、泥よりはマシでしたね」おなじく、飲み物を手に笑ったのはハートレスの兵士テオ。

「だから、ハンデをやるって言ったのに」

 戻ってきたフィルは、ふくみ笑いでそう言った。「地面の上で戦うんなら、おれの部隊に勝てるチームはないよ」

「いえいえ、次こそ負けませんよ。明日からは基礎訓練を増やします」ハダルクも勇んで返した。


「竜騎手団はぬるま湯だからな。負けて悔しい思いをしたほうが、結果的には良かったかもしれん」と、デイ。

「ほら。やっぱり、わたしの提案どおりにしてよかったじゃない。冬の合同訓練」

 リアナは勝ちほこった。「ふたつの隊の交流にもなるし、宴の前に運動してお腹も空くし、いいことづくめよ」

「おお、ご立派な演説で。鼻が南天の実みたいに赤くなっておられますな」

「聞いた、フィル? デイったらさっきからずっと嫌味なのよ」

「おとなげないなぁ、デイは。……ライダーたちが負けて悔しいんだろう?」

「そんなことはない」

 彼らはにぎやかに言いあいながら、連れだって城内へ戻っていった。王も、王太子も。またライダーたちとハートレスたちも。今夜の宴にはメドロート公より、北部領のごちそうが届くと聞いている。きっと楽しい夜になるだろう。

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