その3

「いいか、二時間以内、使えるだけ使え……」

「ちょっと待ってくれ。二時間で、五千万なんて」

「喋るなと言ってるだろ」


 心臓を殴られたような衝撃。

 息子の命がかかっているという事を忘れていた。


「余った金は、今回の報酬だ」

「え?」

「ただし、金目当てで買い物に手を抜いている素ぶりが見えたら……解ってるな?」


 電話は切れた。


「報酬……」


 私は前の買い物の際に購入したリュックに金を詰め込み、死にもの狂いで金を使い続けた。

 五千万円入りの鞄はさすがに重すぎるので、足りなくなったらロッカーに補充しにくる方式にしたのだ。


 何故だろうか? 

 私は、犯人にとても大きな信念を感じていた。

 金という物は持っている人間の心が移ると、聞いたことがある。

 今までの人生では気付かなかったが、持つのが大金だからか、お金から犯人の気持ちが私にも伝わってきたのだ。

 目的はわからないが、犯人は何かを成し遂げようとしているかもしれない。


 そして、1500万程度を残して十九時を迎えた。その後、指定された映画館に向かうと、客席にswitchを抱えて眠っている拓海の姿があった。

 不安から解放され、昨日から一睡もしていない疲れから、家に帰ると私はベッドに倒れこんで泥のように眠ってしまった。


 幸い、次の日は土曜日だったのでいつもより少しだけ多く眠ることができた。

 朝食の時に、拓海から誘拐されていた時のことを聞くが「面白いオジさんだった」とか「一緒にゲームしてくれた」とか、犯人に繋がりそうな手掛かりは何もなかった。


 昨日のことは一体、何だったのか?


 ピンポーン!


 と、考えていると朝からチャイムが鳴り、妻が玄関に向かった。


「あなた、大変よ!」


 妻の悲鳴のような大声に私も玄関に駆け出した。

 玄関を開けたその光景に目を見開いた。私の家の前に昨日買った商品を届けにきた宅配便のトラックで大行列を作っていたのだ。

 次々と家の中へ運び込まれていく商品たち。しかし、あまりの量に家の中で処理ができたのは最初の一時間が限界だった。

 その後は荷物下ろせずに、路上に停車するトラックの行列は大通りにまで続き、大渋滞ができてしまった。

 息子は次々と届く物を開けて喜んでいたが、私と妻は、運転手たちや、近隣の住民に頭を下げて回る羽目になった。




「渋滞を作ってくれ」

 古い友人から突然に来た連絡に、最初は何を言っているのかわからんかった。内閣府の官僚なんかを長年やって「気でも狂ったのか」と思ったほどだ。

「明日、安田太輔という男宛の荷物が大量に届くはずだ。それを午前九時から十一時の間に配達してくれるように、できないか。全部だ」

 九時から十一時、という時間にピンと来た。確か、アラブの石油会社の要人が明日、帰国する筈だ。

「……動けんのか?」

 私の質問に「察しが早くて助かる」と言いたげに、

「ああ」

 と返事が来た。腐れ縁のせいで、考えていることがすぐに解ってしまう。

「解った。他の運送会社にも、話をつけてみる。内密にな」

「助かる」

「安心しろ。国際問題を防ぐためだ」

 電話を切り、私は少し安田太輔という男のことを調べた。家の場所は、大通りから一本中に入ってすぐの家だ。前の道は一方通行の一車線。


 なるほど。


 交差点のすぐ近くだ。こんなところでトラックが立ち往生でもしたら、相当な渋滞が起こる。

 要人が泊まっているホテルと空港の道で、ここでの渋滞は命取りだろう。緊急の大回りをするしかない。

 私は時計を見て、他の運送会社に電話をかけた。アイツがやはり手を回していたので、話は早かった。




「要人の空港までのルートが外に漏れました」

 三日前の警備部長と警護課のSPからの報告に、私の天地は、ひっくり返りそうになった。パソコンから不正アクセスの痕跡が見つかったそうだった。

 来日前日にとんでもない失態だ。今更、中止にもできないが、もしテロにでも襲われたら……。

「いいか、私とお前たち以外に知っているもの。それ以外には誰にも言うな」

 しかし、どうすればいいのやら……

ルートの変更は大っぴらにはできない。どこから情報が漏れているのは解らない以上、中にスパイがいる前提で動かねば。


 テロリストに悟られず、偶然を装いルートを変える方法は一つしかない。突発的な渋滞だ。

 だが、事故は起こせない。

 警察が出動しては、根回しの規模が膨れ上がる上にマスコミに嗅ぎつけられたら、それこそ信用問題だ。理由がいえない以上、箝口令も引けないのだ。

 あくまでも政府外部の人間たちで、偶発を装って渋滞を起こしてもらうしかなかった。


 そこで思いついたのが、付け焼き刃な今回の買い物作戦だった。


「課長」

 事情を知る部下が安田家の様子を報告しに来た。渋滞は想像以上に長く、安田太輔は謝罪に走り回っているようだ。

 彼らに真実は伝えられないが、心から感謝した。

「事後処理を計画通りに始めてくれ。彼ら家族を何がなんでも守れ」

「はい」

 彼らこそが今回の英雄だ。その渋滞のおかげで日本は救われたのかもしれないのだ。


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誘買い犯 ポテろんぐ @gahatan

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