その2

 十二時……疲れた。

 電気屋を出て、それから一時間半、自分の頭をフル稼働させて買い物をしまくった。


 それでも一千万近く、残ってしまった。


「まぁ、いいだろう。余った金で昼飯を済ませておけ。一時間後に電話する」


 電話はそう言って切れた。

 許してくれたと言うことは息子は無事と言うことだろうか……


「気持ち悪い」


 だが、そんな事を考える余裕すらなかった。おそらく私個人で使った一生分よりも多い金額を、たった二時間で使ったのだ。

 頭の中の血液が、今までやった事もない大仕事に、大慌てで駆け回っている。お金を使うって言うのは、こんなにも疲れるものなのか。


 ブゥゥゥ。ブゥゥゥ。


 また電話が鳴った。犯人だ。


「何をしている。昼飯を食べないと、体力が持たんぞ?」


 私は辺りを見回した。どこかから、見張っている。


「何故こんなことをさせるんだ? 息子は無事なのか?」

「黙って言う通りにしろ。逆らえば息子だけじゃなく、お前の命も保証できなくなるぞ」


 電話が切れた。


 駅のロータリーで一人、ハンバーガーを食べた。

 色々と考えをまとめたかった。日陰で少しボーッとしたら、頭が少し落ち着いてきた。


 犯人の目的は一体なんだろう?


 話を遡れば、昨日。

 息子の拓海が遊びに出かけたまま帰って来なかった。そして、犯人からの電話で誘拐されたと知った。

 しかし、一番驚いたのが……

「お父さん! おじさんがswitchくれたよ!」

 電話の向こうの息子の元気な声。

 とても誘拐されていると言う雰囲気ではない。むしろ、塾を休んでゲームを貰えた事を喜んでいるようだった。


「警察には言うな。明日、一日、我々の言うことを聞け。そうすれば、息子はすぐに返す」


 拓海の元気な声を聞き、私たち夫婦は一日だけ警察に言うのを我慢することにした。


 そして、今の状況だ。


 何が一番おかしいのか? 

 それは、誘拐されてから、私達に都合の良いことをしか起こっていないと言うことだ。

 息子はゲームを喜んで、我々は大金で好きなモノを買えと命令されている。

 ただ、今はそれが辛いのだが。

 モノを買うと言うのは、こんなにも辛いことだとは知らなかった。

 頭にロッカーで初めて見た三千万円の映像が浮かぶ。普通、あんな大金、貯金したくてしょうがなくなる。貯金できたら、どれだけ幸せか。


 またスマホが震えた。会社の同僚からだ。急に休んだから、心配して連絡してきたようだ。今は会社も昼休みか。

「なぁ、お前さ。もし、宝くじで三千万当たったら、どうする?」

 電話の同僚が「はぁ?」と驚いた声を出した。

 その後、しばらく考えて、

「とりあえず、貯金だな」

 その返事に思わずため息が出てしまった。

「なんだそのため息は。なら、お前は何に使うんだよ?」

「それを考えてるんだよ、今」

 そう言うと「別の病院に行け」と怒り気味に電話を切られた。


 ふと、駅のロータリーを眺めたら、オーロラビジョンにお昼のニュースが映っていた。中東の石油系会社の社長が昨日、来日した。というニュースだった。

 白い服を着た石油王らしい人物がSPに護衛されながら空港を歩く姿。


 あんな人らなら三千万円なんて簡単に使ってしまうんだろう。

 そう思うと、自分がとてもちっぽけな人間に感じた。


 それからずっと犯人の狙いを考えたが、やはり何なのか検討もつかなかった。

 解ったことは、私にとっては身代金を三千万円借金するよりも、三千万を使えと言われる方が辛い事なのかもしれない。


「余った金をロッカーに戻して、二時までにN駅へ向かえ」


 犯人の指示でロッカーに金を返し、電車を乗り継ぎ、N駅に向かった。


「やり方はさっきと同じだ」


 N駅で指定されたコインロッカー向かうと、また三千万円の入った鞄。


「三時半までに全て使いきれ。さっきので要領は分かっただろ? 今回残していい額は五百万までだ。いいな」


 三時半? 三十分減っている。しかも500しか残せない?


「いや、ちょっと待て!」


 反論を聞こうともせずに、電話は切れた。

 さっきよりも時間が短くなっている上に使う金額も増やされた。


 だが、それと引き換えに、さっきよりも都会に出てきたため、百貨店、高級なブティックが駅前に立ち並んでいた。

 私は走って、宝石店に向かった。そして、二十万以下の宝石、時計、アクセサリーを手当たり次第に買い漁った。

 なりふり構っていられない。次に入ったこともない高級ブティックで妻が喜びそうな服やバッグを買い漁った。


 金が面白いように減っていく。


 しばらくすると不釣り合いな服装をしている私への周りのお客の視線が痛くなってきたが、私は何かが吹っ切れたように買い物を続けた。


 十五時半。


 私のバッグには四百万円。ノルマは達成した。


「四百万をロッカーに戻して、次はG駅に十六時半だ、いいな」


 しかし、G駅に到着し、駅のホームに降りると、また犯人から電話があった。


「すまない。G駅から戻ってくれ、十七時までにY駅に変更だ」

「変更?」


 電話はそれ以上何も言わずに切れた。


 変更というのは、どういう事だ? この行為の何かに手違いがあったのか?


 私は「そうだ!」と思いつき、G駅の指定されていたコインロッカーを確認しに向かった。

 鍵を開けると、いつものカバンが用意されていた。そして、三千万円が確かに入っていた。

 つまり、指定する駅を間違えたわけではなく、何らかの事情で駅を変えることになった。


 と、いう事だ……。


「犯人の目的は、俺たち家族ではないのか?」


 そこで解った事は、我々に遺恨などがあってやらせている訳ではない。

 だが、細かなルールが決められているという事は、何らかの形で私が選ばれたという事だ。

 そして、その何らかには、物を買う場所が関わっているという事だ。


 ブゥゥゥ。ブゥゥゥ。


「もしもし」

「余計なことをするな」


 犯人だ。

 振り返る。スーツ姿で電話をかけている男が帰宅ラッシュが始まった人混みの中に消えていくのが見えた。


「早く、Y駅に迎え」

「解った」


 ならば、おそらく任務を遂行すれば拓海は確実に返してもらえる。

 その安心感が朝から纏わりついていた緊張感から私を解放させた。


 しかし、Y駅に到着し、ロッカーを開けると……。


「えっ」


 今までよりもひと回り大きいカバン。

 そして中には五千万円が入っていた。

 金額が大幅に増えている。


 






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