第3話 呆気ない解決と契約の理由

「ほら、行くよ!」

「ああっ……」


 私はリリムに強引に腕を引っ張られて自宅に戻った。両親が共働きの我が家は当然この時間帯は誰もいない。急に帰ってきても心配もされないし怒られもしない。

 今頃学校じゃずる休みって事で騒ぎになってるかなぁ。ああ、ちゃんと連絡してから戻れば良かった。

 時間を確認したらまだ9時30分。よし、今からアリバイ工作をしよう。


「あのー、もしもし? 今日ちょっと調子が悪くなっちゃって……」


 ベタすぎる理由だけれど、今までズル休みした事がないのもあってこれで何とか誤魔化せた。いい子ちゃんしていて良かったよ。

 リリムはもう私の部屋のドアの前で待機している。よし、もうこうなったら腹をくくるしかないね! 

 そうして私が合流すると彼女から段取りの確認が入った。


「じゃあもう一度説明するよ。まずあなたが部屋を開けてワォを動揺させる。そこですかさず歌って」

「うん」

「契約が破棄されたら私が捕まえに入るから。よろしく!」


 私は自室のドアの前で何度も深呼吸をする。作戦がうまく行けば、もうあの異常な眠気に襲われる事はない。失敗すればこのまましんどい日々が続く事になる。

 でもそれだけは嫌だ! 絶対成功させるぞ! よしっ! 

 気合を入れた私はリリムと拳を合わせ、勢いよくドアを開けた。


「妖精さんっ! いや、ワォ!」

「な、お前! 記憶が?」


 うん、動揺してる動揺してる。私は次の段階に進むために早速息を大きく吸い込んだ。もうどうにでもなれだ!


「らっらら~♪ ららららら~っ♪」

「お、お前、人前で歌なんか恥ずかしくて歌えないって、おい! 待てっ!」


 事前の彼女の説明によれば、歌は歌えれば何でもいいらしい。それならラララでいいよね。歌詞のある歌よりはよっぽど恥ずかしくないし。

 それにしてもこの即興の歌、一体どれくらい続ければいいんだろう? ハッキリ言ってそんなに長く歌い続けられる余裕はないよ。お願い! 早くきてー!


「やめろお~! 歌はやめろお~!」


 ワォは私の歌を聞いて苦しみ始める。本当に効果があるんだ。歌い続けていると彼は耳を押さえながらついにはしゃがみこんだ。よし、後もう一息!

 でも、何か苦しんでいるこの小さな存在が気の毒にも思い始め、私は不意に発声を止めてしまう。


「ダメよ、やめちゃあっ!」

「リリムッ!」


 私が歌を止めた途端彼女が飛び出してきた。あれ? もしかしてマズった?


「やはりお前かぁ~リリムゥ~ッ!」

「ワォ、やめて!」


 突然の天敵の登場に敵意を剥き出しにした妖精に私は声を上げる。その言葉が届いたのか、彼は一瞬ピタッと動きを止めた。

 そのチャンスを逃すまいと、リリムはいきなりワォに向かって拳を振り上げる。


「リリム~ゥ、フル~ゥ、スイングーッ!」

「ぎゃぴりーん!」


 彼女に思いっきり殴られた妖精はそのままふっとばされ、いつの間にか自室の壁に出現していた空間の穴に吸い込まれていった。えっと……、これで、終わり?


「ご協力、感謝します!」

「あの、これで終わり……ですか?」

「はい、もうアイツはこの次元には戻ってこられないでしょう」

「あはは、そか……」


 全てが終わった事で気力が抜けた私は、その場にぺたりと座り込んだ。それから改めて功労者である次元捜査官の顔を見る。彼女もまた仕事をやりきったいい顔をしていた。


「アイツはどこに飛んでいったの?」

「さあ?」

「え?」

「思いっきりぶっ飛ばしたんで、どこに行ったかは分かんない」


 リリムはそう言うと脳天気に笑った。この言葉に私は目を丸くする。いい加減と言うか、無責任すぎるよ。そりゃまぁ、これで私の被害はなくなったんだから、感謝はしなくちゃなんだろうけど……。

 取り敢えずはお疲れ様って事で台所に行って冷蔵庫からジュース缶を取り出して持ってくると、彼女は空間の穴に片足を入れて帰りかけていた。


「え? ちょ、もう行くの?」

「うん、ぶっ飛ばしたワォを回収しに行かないと」

「あ、これジュース。今日は本当に有難う」


 リリムは私からジュース缶を受け取ると、ニッコリと笑ってそのままその空間を通って姿を消した。本当に忙しい女の子だなぁ。

 私は持ってきた自分の分のジュースを飲んで、そのままベッドに腰を掛ける。


「あ!」


 妖精との契約が切れて、私は失った記憶を取り戻していた。どうしてあんな危険な妖精と取引をしてしまったのか、その理由も今なら思い出せる――。



「ダイエット?」

「そう、出来る?」

「当然だ、僕が生命エネルギーを吸えば体重は減る」

「本当? やったぁ!」


 そうだ、私はあの妖精にダイエットをお願いしたんだ……。確かにあのままの生活をしていれば痩せてはいたかも。

 私はちょっともったいない事をしちゃったのかなと小さな後悔をしつつ、あのちょっとドジで中々に豪快な次元捜査官の仕事がうまくいくようにと願ったのだった。

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すごく眠たい~多分この眠気は季節的なものばかりじゃなくて~ にゃべ♪ @nyabech2016

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