第2話 突然現れたコスプレ少女

「わ、分かった。詮索はしないよ。でもあなたはここにいるだけなの? 何か食べ物とか……」

「それは必要ない。君のマナを常時摂取させてもらっているからな」

「マナ?」

「君達の言葉で言えば、そうだな、生命エネルギーと言えばいいか」


 妖精の食事が私の生命エネルギー? ここまで話を聞いて私の中に思い当たるものがひとつだけあった。今朝からのひどい眠気だ。この原因がここで判明する。

 つまり妖精が生命エネルギーを奪ったために、それを補給するのに私は眠らざるを得なかったんだ。どう言う仕組みかは分からないけれど、そう考えれば全ての辻褄は合った。

 でもどうしてこんな事に……? トホホ。


「い、いつまであなたはここにいるつもりなの?」

「追手の気配が完全に消えるまで。短くても一ヶ月」

「な、嘘でしょ?」


 彼の言葉に開いた口が塞がらなかった。一ヶ月も常にあんな眠気が襲うだなんて有り得ない。今すぐにでもお帰り頂きたいけれど、この妖精は心を操る術に長けているみたいだから、そんな簡単には行かない気がする。うわー、一体どうすればいいの?


「短い間だがよろしく頼むぞ」


 妖精は自分のした事を棚に上げていけしゃあしゃあと私に握手を求めてくる。顔も見えない相手に心を開くつもりはないよ。私はその手を感情をむき出しにして振り払う。


「ふん、馴れ合うつもりはないのか。いい夢を見させてやっているだろ?」

「それこそ余計なお世話!」

「ふふ……」


 私はその後眠ってしまったらしい。気がつくと朝だったからだ。夕食も食べず、入浴もしなかったと言う事で、私はボロボロの格好のまま身だしなみを整える。幸い早めに寝たので早く起きる事が出来、時間にはしっかり余裕があった。なので今日の授業の用意と朝食はちゃんとる事も出来た。

 母親に心配されながら、私は元気よく玄関を出る。妖精の事はともかく、こんな事で学校を休む訳にもいかない。


 道を歩きながら私は必死で考えていた。あの妖精を追い出すにはどうすればいいか。考えて考えて、考えがまとまらなくて、まずは妖精の言葉をもう一度詳しく思い出そうとしていたら、またしても視界がだんだん狭くなっていった――。



「ふう、危なかったわね」

「……え?」


 どうやら私は考えすぎて路上で倒れてしまったらしい。気がつくと私は公園のベンチで寝かされていた。そんな私を見守っていたのが――見た目中学生くらい――の少女だった。その外見から、彼女もまだ学校に通っている年齢のはずなのに、服装が通学途中のそれではなかった。


 市内に私服の中学校もあるみたいだけど、流石にコスプレして学校に通う子はいないだろう。目の前の彼女は昔のSFに出てきそうなチープな近未来風の服を着ていたのだ。今どきこんな服装はコントかEテレの教育番組くらいでしかお目にはかかれない。


「あなたは?」

「私はリリム。次元捜査官」

「は?」


 少女はリリムと名乗った。彼女曰く次元捜査官らしい。そんな職業は聞いた事がない。このトンデモな状況に困惑していると、リリムは真剣な表情になって私の顔をじっと見つめた。


「あなたの家に妖精がいるでしょ?」

「な、何で?」

「私はそいつを確保しにきたの」


 妖精の事を知っているなら話は別だ。私はこの事をまだ誰にも話してはいない。話してはいないのに知っていると言う事は、目の前の少女は関係者である事は間違いないはず。

 しかも彼女はあの妖精を捕まえに来たのだと言う。ならば、この話に乗っても問題はないだろう。


「お願い出来る?」

「まーかして!」


 リリムは私の頼みにドンと胸を張って応える。餅は餅屋って言うけど、あんな訳の分からない現象に対抗するには、同じくらいの訳の分からないものをぶつけるしかないよね。

 私はこの突然現れた希望の光に全面的に頼る事にした。


「じゃ、私学校があるから」

「ちょい待ち」

「えっ?」

「どこに行くって?」

「えっ?」


 リリムは私の腕を掴んで離さない。見た目から言っても私より年下のはずなのに、すごく力が強くて全然動けなくなってしまった。嘘でしょ? これじゃあ学校に行けないよ。

 真剣な顔でじいっと見つめてくる彼女に私は困惑する。


「な、何を……」

「今から一緒にあなたの家に行きましょ」

「あ……」


 考えてみれば、自室にいるアイツを捉えるのだから、私が先導しなくちゃいけなかったよね。うん、そっかそっか。リリムの言いたい事が分かった私は改めて足の向きを自宅方面に向ける。


「じゃあ、一緒に行こっか」

「うん!」


 この態度の変化に彼女の顔が破顔する。年齢通りの反応をするとやっぱりまだ幼い少女っぽさを感じさせた。こんな女の子に任せて本当に大丈夫なのか、逆にすごく心配にもなったのだけれど……。きっと何とかしてくれるのだろう。私が学校サボるくらいの価値はあるはずだと強引に自分に言い聞かせた。


「あなた……リリムは妖精を何とかするためにここに?」

「まぁね」

「それがお仕事?」

「私、才能があったからさ。この若さで任命されちゃって」


 家に戻るまでの間に私はこの年下のコスプレ少女に質問を浴びせ続けた。少しでも情報を得て安心したかったのだ。

 部屋に居座る妖精は色々と闇が深そうで危険な存在。そんな危険なものと釣り合うレベルの人材じゃないとね。逆に負けてしまうようでは話にならないし。


「自信はあるの? アイツ、結構やばいよ?」

「うん、大丈夫。一回捕まえたし」

「へ?」

「でまぁ、送還中に逃げられたんだけどね」


 リリムはそう言って笑った。いや、笑い事じゃないでしょ。あなたが逃してしまったから私が困ってるんじゃないの。うわー、何か不安の方が大きくなってきた。本当に大丈夫なのかなこれ。


「ここがあなたの家ね。うん、確かに気配が漏れ出してる」

「本当に大丈夫なんだよね? 信用していいんだよね?」

「勿論。あなたの協力があればね」

「は?」


 自宅の玄関前まで着いたところで念を押していると彼女から急に新しい条件が付け加えられた。この言葉に私は当然のように困惑する。


「ちょっと待って。私も何かしなくちゃいけない訳?」

「当然よ。だってあなた、ワォと契約しちゃってるもの」

「わ、ワォ?」

「妖精の名前よ、知らなかった? おかしいな、契約の時は名前を明かさないと出来ないはず……」


 リリムはそう言いながら不思議そうな顔をする。私はここであの時の妖精の不自然な態度の謎が解けてポンと手を叩いた。そっか、あの妖精は自分の名前を知られる事を恐れていたんだ。だから記憶を消した。

 話が繋がったところで、私は隣に立っている少女に向かい合ってその両手を掴む。


「私、何をすればいい?」

「お、やる気だねぇ」


 彼女はにやりと不敵に笑うと、私にある仕事を要請する。その内容はさっきの決意をぐらつかせるのに十分すぎるものだった。


「じゃあ、歌ってね。澄んだ歌声で」

「歌ァ?」

「契約破棄は歌で行うんだよ。そうすれば結界は消えて私の言霊が届くようになる」

「どうしても歌わないとダメ?」

「ダメ」


 何と言う事だろう。私に出来る協力が歌だったなんて。人前で歌うだなんてハードルが高すぎる。何でこうなるのよーっ!

 一応、音痴ではないと自負はしているけれど、授業以外で私は人前で歌った事がない。だからカラオケもまだ未体験だ。そんな私が歌だなんて……。試練すぎるよお。

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