現代語訳版『たまきはる』 

神楽坂

訳者序

『たまきはる』は、藤原俊成の娘、健御前によって平安時代末期~鎌倉時代初期に書かれた日記文学である。

 藤原俊成は、平安末期に編まれた勅撰和歌集『千載和歌集』の主な撰者であり、また「住吉社歌合」「六百番歌合」などでは、歌の善し悪しを判定する判司としても活躍し、中古~中世の和歌表現を確固たるものにした中心人物である。

 俊成は、小倉百人一首を編んだことでも有名な藤原定家の父でもあり、健御前は定家の同母の姉にあたる。そのような和歌の名門に産まれた健御前もまた、和歌の名手として現在にも読み継がれている。


 この『たまきはる』は、平安中期に書かれた『蜻蛉日記』『紫式部日記』『更級日記』などとは少し性質が異なっていて、昔の記憶の回想にとどまるのではなく、60歳を超えた健御前が若い女房に、今となっては古くなってしまったしきたりであったり、服装の文化というものを語り伝えるために書かれた、いわゆる「How to本」としての性格が強い。

 

 しかし、その中には健御前が仕えた建春門院、八条院、春華門院という女院たちの記憶も語られていて、それぞれの女院の死と向き合う中で醸成される健御前の心情、そしてそれが言葉となって表現される和歌は素晴らしいものである。

 

 私がこの『たまきはる』と出会ったのは恥ずかしながら2016年のことであり、この「はじめに」を書いている2年前のことである。しかも授業で使用する入試問題演習として出会った。

 建春門院の崩御の場面であったのだが、その場面で読む健御前の和歌があまりにも美しく、一目で魅了されてしまった。


 それから2年弱の月日が経ち、ネットテキストとしての全文訳も整備されていないし、私自身有職故実、貴族文化の勉強を兼ねてこの『たまきはる』の全文訳に取り組む決心をした、というか、まぁなんとなく始めてみた。

 底本は岩波新書の「新日本古典文学大系」による。てっきり小学館の「新編日本古典文学全集」に全文訳が載っているかと思ったら、『とはずがたり』はあるけど、『たまきはる』の全文訳は存在しない。ってことはこの全文訳ってかなり貴重なのではないか…と夢想する今日この頃である。


 平安貴族文化ど真ん中ではなく、中古から中世へと向かう、つまり貴族社会から武家社会へと移行していくという日本史における重大な転換点において、健御前は何を後世に語り継ぎたかったのか。

 失われていくものに、何を籠めたのか。

 その足跡を、のんびりと追っていきたいと思う。

 冗長でもあり、拙い訳であることは間違いないが、ご一緒していただければ幸いである。


 2018.5.4 誰もいない職員室にて

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