43. 異世界鍛冶屋の女の子?

 僕は今、身をもって体験学習している所だ。


 敵が居なくなれば、事態が終息するとは、限らない事を。


 モンスターを操る制御用魔法機器『ヌマーフォン』。

 それが、ミシェル・ポジローリと共に、炎に焼かれて消滅した。


 その結果、何が起こったのか?


 レッドドラゴソが、無秩序に暴れだしたんだ。


 ポジロリ家の工房。人工の沢、それ以外。その全てを。

 爪で、脚で、尾で、顎で。

 無差別に、破壊し続けていた。


(暴走したエ○ァンゲリオン初号機かよ!)


 崖すらも、崩れ始めていた。すなわち。

 割れた巨岩が降ってくる状態。


 ……。


『逃げる』以外の選択肢があるだろうか?

 僕の第一優先は、ユイさんの命なのだから。

 

(タスク、ミハ、ミオウ……生き延びてくれよ!)


 きっと大丈夫だ。あの、勇者タスクが居る。

 ミハもミオウも、気鋭の冒険者だ。


 そして、一方の、僕の方だ。 

 ……広面積盾ラーヅツーノレドを、元の鎧と小盾に戻している余裕が無かったんだ。


 つまり、パワーダウン。

 残された剣を杖がわりにして、もう、逃げの1手しかないわけだけれど、鎧の力を借りることの出来ない、素の状態。


 チート能力無しで危機に晒される、この肝が縮み上がるような感覚は、RPGゲームでは絶対に味わうことが出来ないだろう。


 レッドドラゴソが、首をクイッと、こちらに向けた。


 僕は思わず凍りつく。足が止まる。

 歩の先には、マグマの流れで寸断された岩場。

 飛び越えられる距離でもない。


 そして……帰るべき方向すら、分からない。


(打つ手無し……いっそのこと、空でも飛べたら、助かるのに……)

 足が止まったと同時に、僕の思考も、なけなしの勇気も、影をひそめてしまったみたいだ。弱音が、ありもしない空想が、頭の中を占拠する。


 あきらめるしかないのか。


 しかし。

 そんな時。

 灼熱の中で。


 僕の左手を、ぎゅっと握る感触が。


(そうだった……)


 今の僕は、何の力も持っていない。でも……。




 そ ん な の 知 っ た こ と か !




 僕の側に、ユイさんが居る。

 生命を賭けて守るべき、対象が。


 託されたんじゃないか。『歴戦者』グレウスさんから。

 グレウスさんは、どんな死地からでも生還した人。


 タスクからも。「ユイさんを頼む」と言われたじゃないか。

 アイツはきっと、どんなピンチも、「ふん」と笑って乗り越えていく。


 僕が尊敬してやまない、そんな男たち。


 まだ。

 まだだ。


 まだ終わってない。


 何か!


 何か無いか……! 


 この状況を打開するための何かが!



 僕の焦燥をそのまま表すように空中を動き回った僕の右手が、ズボンのポッケに当たった。丸くて、硬い感触が手に伝わる。


(あっ!)


 なんだよ! 在るじゃないか!


 が!!!


 この火山へと旅立つ僕が、グレウスさんから預かった、緑色の、野球ボールのような……。


 それは、異世界石。



 異 世 界 方 向 に 飛 べ る じ ゃ な い か !



 その、縫い目が蛇のように這う丸い球は、秋葉原で500円で買ったものではない。 

 グレウスさんから託された、ユイさんのお父さんの、形見の品だった。

 ユイさんは、そうとは知らされていないらしい。


 おそらく、親の世代で何かあったのだろうけど、今、そんな事を考えている状況ではない。


 僕はそのボールをポッケから取り出した。


 僕がこの異世界にした時は……確か……。

 カーブの握りで、投げたんだったな。


 ボールが左方向へとシフトする、変化球。

 すなわち、ボールの視点で言えば。

 世界が右方向へとシフトする、


 つまり、元居た世界の方向へと飛ぶには……。


 僕は異世界シフト石を、『シュート』の握りで握った。

  右手の人差し指を、縫い目に沿わせて。

 中指は人差し指に揃えて、置くように。


 ……小さい頃の、父ちゃんとのキャッチボールが、こんな土壇場で役に立つなんてね。



「ユイ。僕の左手をしっかり握って? 絶対に離れないように」

 どさくさに紛れて、呼び捨てで呼んでみた。


 これからする行為より、呼び捨てそっちのほうがよっぽどドキドキしたのは、ここだけの秘密だ。

 

 僕はボールを額に当てて、ボールと自分自身をシンクロさせる。

 元の世界のアニメで出てきた、主人公がやっていたみたいに。


 鍛冶屋にしては小さな手の彼女に、一緒に言ってくれるようにお願いした。


 そして、僕は、その球を投げた。


「「パラレルス!」」


 放たれたボールの、緑色の光が、すこぶる強くなった。



 マグマと火竜の

 地面の

 そして、その空間を切り裂く、小さな

 黒(BLACK)ではなく青(BLUE)なら、RGBの三色カラーが鮮やかに揃ったところだ。


 放たれたボールは、回転が生じさせるマグナス力、つまりボールの左右を流れる空気のスピードの差から生じる、圧力差によって、右方向へとシフトする。


 つまり――。


 緑のボールとシンクロした僕の視点では――。



 

 

 グルグルグルと、凄まじく目が回り――。


 僕の意識は飛んだ。


 ◆

 

(ん、んー。ここは?)


 ズラリと並んだ、大理石みたいな円柱が、僕の身長の2倍位の高さの天井を支えている。まるで、宇宙船の中のようだ。


 床は、正方形がタイル状に並んでいる。

 ライトが点いていて、明るい。

 

 の発車メロディ。


 そして……。

 その電車の過ぎ去った壁の看板には、「飯田橋」と書かれていた。

 

(地下鉄? ……都営、大江戸線?)


 異世界転移シフトは、どうやら成功したみたいだ。

 

 僕より遅れて目の覚めたユイさんが。

「ヨ……ヨージ……ここ、どこ?」

 困惑気味に、あたりをキョロキョロしていた。


 時計を探すと、深夜。終電が近い。

 乗客が居たら、きっと、不審に思われただろうな。


 僕は端的に、状況を説明した。

 これ以外に、表現方法は無いだろう。


「ここは『異世界』です。ユイさんにとっての」


 そうしたら。

 黒髪の彼女は。


 5秒くらい、時間を止めて居ただろうか?


 時間が動き出すと同時に、首を傾げて。


「ん?」

 と言った。


 ◆


 改札のゲートを飛び越えるのは、結構なスリルだった。


『タッチアンドゴー』の、タッチするICカードが無いんだ。

 こちらの世界の通貨も、今、持っていない。


 改札ゲート左右のパッドがバタン! と閉まって、ユイさんが「うひゃい」と驚いた。


 お金も無いので、地上に出て、夜の飯田橋を歩いた。

 タクシーとトラックが、速度超過気味に通り過ぎる。


「何!? なんなのこれ!」

 とにかく驚きっぱなしだったユイさんも、さすがに驚き疲れてきたのか、あるいは、状況の変化に慣れてきたのか。


 夜中に女の子とお散歩するなんて、実は、初めての経験だったりする。


「こんなに魔法が発展しているなんて……」

「いえ。魔法じゃなくて、『電気』って言うんです」


「この世界では、みんなヌマーフォンを持ってるの!? 普及率が凄くない?」

「いえ、この世界では、スマートフォンと呼びます。1人1台みたいな感じです」


 僕が異世界で感じたようなカルチャーショックを、ユイさんも、まさに今、味わっているだろう事は、想像に固くなかった。


 世界を横にズラした程度だから、なのかなぁ?

 「ス」と「ヌ」とか。

 「シ」と「ツ」とか。


 そんな風に、言葉が微妙に違う程度で済んでいるのは。


 とにかく、自宅のアパートまで歩こう。ユイさんの手を引いて。

 目白はそんなに遠くない。ピナシボ火山と比べたら。



 夜のハイキングをしながら、いろんなことを話した。


「なんで私たち、地面の下に居たの?」

「うーん……世界同士の高さに、ズレがあるんじゃないかなあ?」


 そんな仮説を僕は立てた。


 なぜか?


 異世界転移した時、ユイさんは。

 「キミは、空から降ってきたの」と言っていたからだ。 


 おそらく、この世界の地面の方が、ユイさんやタスク達の世界の地面より、高いところにある。


 そして僕は、ある事に気づいて、ぞっとした。


「ん? どうしたの? ヨージ。震えて」

「いや、なんでも……」


 (ピナシボ火山ほどの高さで、ようやく、大江戸線のホームか……)


 平地で異世界シフト石を使っていたら、僕達は確実に……。


 ちょうどその時。

 通り過ぎたコンビニのウインドウ。


 刺す方向を間違ったのか、厚さを均等にしたいのか。

 ラックに刺さった雑誌の表紙に、『地底人は実在した!』と煽り文句が書いてあった。


 ◆


 異世界からの、女の子お持ち帰りってことで、良いんだろうか?


 自宅の鍵は、ポストに予備が貼ってあった。

 引き出し貯金もしていた。


 取り急ぎ。

 コンビニでお茶とお弁当を買って、部屋にまた戻って、ユイさんにアニメを見せた。


 MARUYAMAという株式会社がスポンサーになっている、『天空世界ヲビーョタ』という作品で、異世界シフト石も、アニメの中に登場する。


 そもそも。

 そのアニメグッズを僕は買ったつもりだったんだけどね。秋葉原で。


 アニメの中での設定は。

 『異世界シフト石』と呼ばれるボールに、自分自身をシンクロさせて投げると、ボールの横変化に応じて世界が変わる。

 そういう不思議な力を持ったボールなのだった。

 

 ――ちなみに、フォークボールは転移しない。縦方向にしか、変化しないからだ。



 アニメじゃなくて、実際には。

 本当に異世界転移の機能を持つ転移石を、ユイさんのお父さんが開発してたわけで。


(特許、取れるのかなあ? 異世界転移石って……)


 ユイさんは、テレビ画面に魅入っている。

 中世みたいな生活をして来たんだから、何でも不思議なものに見えるのは、とても自然なこと。


 彼女の邪魔をしないように。


 僕は『知っておきたい特許法』という本をネット注文した。

 ネット通販サイト『パパゾヌ』という所で。

 そしてその電子書籍を、ヌマーフ……いや、スマホで見たら。


 こんなことが書いてあった。


『再現性の無いは、特許を得られない。(例)フォークボールの投球方法』


 でも、技能ではなく、技術にしたら、どうなるだろう?


 例えば、異世界転移石を小型化して、剣の柄に埋め込めたら、世界をシフトさせる剣になるよね? きっと。


 ユイさんなら、作れるんじゃないだろうか?

 僕の、鍛冶の師匠なのだから。


(もしかして、異世界トラックの心臓部には、そんな部品が埋め込まれていたりして

……ははは。まさかね……)


 ◆


 ユイさんを元の世界に戻すかどうかは、真剣に考えなきゃいけない。


 なにせ、あっちの世界は、平和では無い。

 モンスターが人間を襲うんだから。


 ミシェル・ポジローリの他にも、モンスターを操る『レクカク』の製法を知っているが居る世界。


 タスクやミハやミオウ。

 グレウスさんに、パァームおじいさんの居る世界。


 そして――。


 凄腕の鍛冶屋『ユイ・アレグリア』のお客さんが居る世界。


 ただ……今の僕のポッケには、異世界転移石は無いんだ。


(駅の落し物センターに、届いていればいいんだけどな……)


 ともあれ。僕はユイさんをこの世界に連れてきてしまった。 

 そして僕は、初めて会った時の、彼女の言葉を覚えている。


 『並行輸入品』がどうとか、言ってたなぁ……。


 僕が秋葉原でたまたま購入した、緑色の野球ボール。

 それが1個だけとは、限らない。

 なんせ、並行『輸入品』なのだから。


 それを見つけだして、ユイさんを、元の世界に戻す。

 彼女が、それを望むなら、の話だけれど。


(そう言い出した時に備えて、準備しとかないとな)


 なんの準備かって? もちろん。

 変化球の、コントロールの練習を。


 ……。あっ、そう言えば。


 押し入れに、工具セットがあったな。

 父ちゃんが、お古を『お前にやる』と送ってよこしたやつ。いや、僕は工場じゃなくて、ゲーム会社に就職したいんだけどな……。


 ドライバーセットに、ペンチ。

 ハンマーに、金属製糸ノコギリ。

 水の入った透明の小窓に、少しだけ気泡が入った、使い方の分からない謎のメジャー。


 そんなこんなが、たくさん。


 アニメを不思議そうに鑑賞するユイさんに、その工具セットを渡したら、案の定、しゃべるスピードが速くなった。


「なにこの道具! いったい、どう使うんだろ?」

「ごめん。実は僕も、良く知らなくてさ」


 ブラスドライバー位かな。まともに使えそうなのは。



 ともあれ。



 僕用の、ゆったりとしたTシャツをラフに着て。

 肩を片方だけ露出して。

 黒髪の、少し地味目な感じで。


 工具をあれこれ握っては、目をキラキラと輝かせているユイさんの横顔は――。



 やっぱり、可愛いかったんだ。



<了>

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