42. ドラゴソブレス

 身構える隙もなかった。


 ミシェル・ポジローリがジャケットのポッケに手を入れ、笑みを消したその途端。


 ゴホオオオオオオ!


 音が遅れてやって来た。

 その音よりも先に来た『熱気』を、肌で感じ、ユイさんを抱いて横に跳ぶ。


 ゴツゴツした岩に、ガイン! という、鎧の衝突音が染みる。

 ついさっきまで僕達が立っていた場所を、『倒された炎の柱』が高速で通過して行った。


龍の息吹ドラゴソブレスか!)


 体制を立て直す暇も与えられない。


 今度は上からの熱気。断続的に。複数。

 しゃがんだままカエルの如く飛び、初弾、第二弾の直撃を回避。

「熱っ!」

 肘のあたりに灼熱の浸食。


 第三弾以降を回避出来る態勢ではない。

 僕は左腕の盾を『やや斜めに』してかざす。


 崖上から巨体なひょうのように降り注いだを受け、ドウドウ! と腕が押し込まれる。体全体の重さを盾に乗せるようにのめりで、なんとか反動に耐える。


(水平方向のドラゴソブレスと、降下方向のファイヤーボールの、立体十字砲火かよ!)


 こちらには、守らなきゃいけない少女も居る。

 僕の冒険者レベルに比して、あまりにも厳しい敵の災厄攻撃


「ふん、そもそも、対等な条件だとでも思っていたのか? パテソトと同様だ」


 いつもそうだ。

 自分の立場が上だと思っている人間は、他人の事を平気で鼻で笑う。


 しかし実際、敵は崖の上に3人居る。

 遠距離魔法攻撃の能力を備えた状態で。


 ユイさんを抱えながら、僕の刃が奴らに届く状態では、そもそも無いのだ。

 その事が理解できる。

 絶望的な社会的地位物理的位置の差。ディバイド。


 反撃の糸口すら無く、何もできずに、体力を削られながら、ひたすら防御に。回避に徹する。それしか出来ない状況。


 地割れで、で。


 敵の攻撃は、断続的に僕らを襲う。


 火竜はそもそも、国軍が非常事態宣言を出すレベルの災厄だと聞いている。

 遠距離からのブレス攻撃のみで、爪やアゴの直接攻撃が来ないだけマシとはいえ、今の僕のレベルで敵う相手では無いのは、やはり明らか。


 涼しい顔で、崖上のミシェル・ポジローリは嘲笑する。


「金は自由のゴゴゴゴオだろう? 資本はドガアアアア! に集まボフボフボフボフ! ずっと昔から、そうやって歴史は紡がグラグラグラグラ。貴様らはズドドドドドド請い、従属する。それ以外の選択肢など、もともブッフォオオオオオオ!」


 こちとら、ユイさんを守りながら、降り注ぐファイヤーボールと、ドラゴソブレスとを、必死になって捌いているんだ。


 地割れの音だけならまだしも。

 崖上で偉そうにふんぞり返る男が何を言っているのか、そもそも聞き取れるわけがない状況。


 そして。

 そもそも、同じ土俵に上がることすら出来ない相手。


 どうすればいい?


 そんな、絶対絶命のピンチの所で現れるのが、RPGゲームとかでは『ヒーロー』とか『勇者』って、呼ばれるんだ。


 ……。



「ぐあっ!」

 ファイヤーボールの直撃を後ろから受けたのは、他でもない、ミシェル・ポジーローリだった。


 三角の鼻。


 ▽が、ぐるんぐるんと回転しながら、崖下に落ちるその軌跡を、3Dのコンピュータ・グラフィックで表示すると、どんな立体商標形状になるんだろう?


 そんな軌跡の背景で。


 ローブ姿の魔道士の男が、勇者に殴り倒されているのが見えた。

 同じくローブ姿の魔道士の女が、肌の露出の多いヒーラーに取り押さえられているのが見えた。


(ということは……さっきのファイヤーボールは……)

 山高帽の魔法少女、ミオウが放ってくれたと考えるのが、消去法として妥当だと思う。


 3人が、崖上から僕らに向かって、親指を突き出していた。


(よかった、生きててくれた! 助かった……)

 僕はユイさんと顔を見合わせてから、崖上に向かって手を振る。


 タスクが何かに気づいたみたいだ。


「ヨージ! !」

 と大声で叫び、剣を構え、崖の奥へと消えていった。

 ミハも僕らに「うん」とうなずき1つ。そしてタスクの後に続いて行った。


 そして、剣同士のぶつかる音、怒号が、残響と共に僕らに届いた。


(崖上にも、まだ敵が居るのか!)


 僕は崖上の、もう見えなくなった3人組に向かって頭をペコリと下げた。


(みんな。そっちは宜しくたのむ!)

 と、心の中で言いながら。 



 ◆



 ポジロリ家の鎧は、対衝撃性能に優れているようだ。


 なぜそう分かるのか?


 崖上から落下したにも関わらず、ミシェル・ポジローリが立ち上がってきたからだ。


 伊達に、『稀代の名工集団』を名乗っているわけでは無いらしい。


 そして、エリートは、やはり戦闘における強さも持っていたんだ。

 小さい頃から、多方面に渡って厳しく鍛えられたのだろう。


 僕は何者でもない。社会的な無貌。


 でも、憧れのユイさんを守る為の戦いだ。

 無貌の装備は充分に応えてくれた。


 その無貌の装備をもってしても、互角……いや、僕の方が押された。


 


 しかし、曲がりなりにも冒険者として、タスク達と一緒にクエストをこなしてきた僕は、冒険者としてのを積んでいた。


 経験がものをいうのは、パテソトの世界だけではない。


 徐々に、敵の攻撃の癖が見えてくる。


 エリートが培った、訓練で身につけた剣筋は、素直。

 見慣れるにつれて、先読みが出来るようになってくる。


 要は、スピードと威力はあっても、太刀筋が単調なんだ。


 僕は、ミシェルの剣を弾き飛ばした。


 そして奴は、命乞いを始めたのだった。

 まるで、RPGゲームのシナリオでよく見かける、ベタな悪党のように……。



「助けてくれ。私はポジロリのナンバー3だ。こんな所で死ぬべき人間ではない。兄達を追い落とす野望があるんだ」


「『レクカク』の製法を握っているのは私だけではない。兄達と秘密を共有しているのだ。秘伝が失われないよう、家族は別行動が義務付けられている。わかるか?」


「私を葬っても、製法は葬られないということだ! 王国に散らばった我が家族が、モンスターに『レクカク』を投与するだろう。お前たちはそれを防げない。無駄なのだ。だから、私を殺す意味が無い。いかな愚民であってもこの理屈がわかるだろう?」


 ……。


(命乞いさえ、上から目線なんだな……)


 怒りを通り越して、呆れた。

 確かに、こんな男、殺す価値もないかもしれない。


 僕は、どうすればいいんだろうか……。


 ……と考えてしまう僕は、うかつだったんだ。


 なぜか?

 奴が、ジャケットのポッケに、手を入れる仕草の意味に、気づくのが遅れたからだ。


(しまった! ユイさんがパテソトを出願する時に、魔法で通信を行うヌマーフォンを使っていたじゃないか!)


「ははははははは!」

 ▽鼻の男は、後ろに大きく飛びながら笑い出した。そして、そのまま脱兎のごとく逃げるように。僕らから距離を取るように。ドラゴソを支点とした沿ように。


「レッドドラゴソ! この不逞の輩を焼き尽くせ!」


(くそ! ヌマホで命令か! 遠隔操縦されたドラゴソラヅゴソか!) 


 ドラゴソには、『恍惚の表情』があるのだろうか。

 小さくのたうった後、両腕を振り上げ、口を開けた。尖った牙が覗く。


 放たれたドラゴソブレスは、炎の柱ではなかった。


 炎の

 放射状に広がる、範囲攻撃。


 だからミシェルは、ドラゴソを中心にして、円を描くように『逃げようとした』のだろう。合理的な行動。


 おそらくは、柱型のブレスにすべきであった事と……。

 



 僕は、盾を前にかざし、鎧の右腰に備えられた小レバーを、逆コの字型に操作した。


 無貌の鎧から、バインド帯が延び、無貌の盾の各所に結合。

 

 同時に、無貌の鎧は、板同士を繋いだロックが外れ、パーツごとに分離。


 カメレオンの舌の如く延びたバインド帯が、ゴムのように縮む。


 鎧で板状パーツが、盾のその外周を、さらに外へと広げるように結合。


 その結果。


 僕とユイさんの前には。

 無貌の鎧と盾とを元に生成された、が出現していた。


 両腕を突き出してその広面積盾ラーヅツーノレドを支え、全体重を前にかける。


 鎧の外れた僕の背中には、僕より1歳年下の女の子の、華奢な体の感触があった。


 


 炎の熱気と、



 ゴオオオオオオオオ! という凄まじい音と、



 ギャアアアアアアア! という、男の断末魔とが、



 焼けた空気と共に、僕らを通り過ぎていった。

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