41. ▽の男
世界はソレを『地割れ』と呼ぶ。
元居た世界でも、この異世界でも。
戦いの根底が覆る。
ピナシボ火山の岩場に展開していたモンスター達が、何体か飲み込まれるのが見えた。
黒岩を押し流すように、噴き出て流れる、マグマにだ。
黒い岩が熱せられ、赤く煌々と照る。
一瞬、魅入られそうになる。……が、すぐに我に帰る。
「ユイさん!」
「ミハ! ミオウ!」
僕とタスクは、咄嗟に行動を転換。
敵との交戦どころではない。
みんなを守らないと!
後ろに向かって駆け出したその足下が崩れて、よろける。あぶない! 落ちるところだった。
後衛左側で、ミオウにヒーリングをかける途中だったミハに、あっという間に合流するタスク。
一方の僕は、タスクにワンテンポ遅れ、最後衛右側に居たユイさんに、手を伸ばす。
ゴゴオオオガラガラ!
連続的に続く地鳴り。更に、足場が崩れる。
「ユイさん!」
「ヨージ!」
手が……届いた! ガッと抱きとめる。
すぐに辺りを確認。
タスク達3人と、僕達2人の間には、大きな亀裂が出来てしまっていた。
その溝を埋める、赤く、ほとばしる濁流。
(分断された……?)
「タスク!」
「ヨージ! ユイさんを頼むぞ!」
この瞬間に、ミオウ、ミハの2人の名前が僕の口から出てこない所が、タスクとの咄嗟の認識力、判断力の差のように思えた。
でも、そんなのを気にしていられない。
急いで、ここから離れないと!
どんどん足場は崩れていく。
モンスター達は、次々と赤い濁流に飲み込まれる。
鍛冶屋の少女の手を引いて走る。岩場から岩場に飛び移る。
幽閉(?)されていたユイさんは体力が戻っていない。結局は両腕に抱えた。いわゆるお姫様抱っこ状態。
左腕に装着可能な盾が、ユイさんの背中に当たる。痛いはずなので、左腕はなるべくバネを効かせるように。車のサスペンションをイメージしつつ。
「ごめん!」
と言いつつ。
――。
『無謀の装備』無しの僕の素の筋力では、ここを突破できなかっただろう。視界の端に居たはずのタスク達3人も、いつしか見失ってしまっていた。
(大丈夫。勇者タスクがついてるんだから、あっちは大丈夫)
そう信じながら。
そして、揺れの少ない、平坦部にたどり着いた。
「はあはあはあはあ、くっ、はあはあ」
ユイさんを地に降ろす。両膝を両腕でグッと押すような姿勢で、とにかく呼吸を。酸素を。肺が焼けるような熱風。
ミハの回復魔法が無いと、やっぱりこの程度の運動量が限界なのか。少し頭が朦朧とした。
だから、これは幻聴なのだろうか?
「ほう……今のを生き残るか。タフな侵入者だな」
低くて渋い声が、上から降り注いだんだ。
見上げると、崖上に、男が1人立っていた。
その左右に、ローブ姿に杖を持った、部下と思しき男女を1人ずつ、連れている。
(おかかえ魔導士ってやつか)
真ん中の男は言った。
「モンスターもろとも、マグマの海に眠ってほしかったのだがね」
(な、何を言って……)
そして……。
赤い炎に照らされた、真ん中の男の顔に、僕は見覚えがあった。
「あ、あの時の……」
言ったきり絶句するユイさんも、覚えているようだ。
そしてこれで、幻聴でも幻覚でも無かったことが確定する。
ジャケットに刺繍。ベルトの貴金属が赤光を反射している。
見るからに、平民とは違う感じの若い男性。縦長の顔。そしてヒゲ。
なにより、鼻が
あの男は……。
中央都市セソトラルに、面接に行った時。
来客用の待合部屋から、見かけた男だった。
審査士から、パテソトの権利取得の、便宜を図ってもらっていた男。悔しさと共に記憶に刻まれていた男。
今なら分かる。
ポジロリ家が、息のかかった関係者を大量に、審査士として送り込んでいるなら。ポジロリ家のパテソト取得率が9割超えになるのも極めて自然なこと。
ユイさんの出願が、ことごとく拒絶になるのも、極めて自然なこと。
そもそもそんな審査、不公平で不自然だと思うけれど。
その男は、低く渋い声を、また発した。
「私は、この第3錬成所をまかされている、ミシェル・ポジローリだ。まぁ、今のを生き残った事は褒めてやろう」
「ポジローリだって?」
「経営者一族の末席に、名を連ねているものさ。それより……」
ミシェル・ポジローリは、三角の鼻に口をくっつけるかのように口角を上げ、こう聞いてきた。
「せっかく生き残ったんなら。ユイ・アレグリアを渡してもらえるか? 有益な技術情報がもったいないだろう?」
目尻にシワの寄る、満面の笑顔だった。
「なにを言ってる? いま僕達は、殺されかけたんだぞ?」
「そんな事は知っている。私がやったんだから。後ろを見てみたまえ」
「なんだと?」
相変わらず断続的に続く地響き。
赤い割れ目から。
より赤い、巨大な煙が、渦を巻くように飛び出してきた。
いや、煙じゃない。あれは――。
「ドラゴソ!」
ユイさんは、目を大きく見開いてそう言い、驚きのあまり、ぺたりと座り込んでしまった。腰が抜けたのかもしれない。
黒い岩場に赤いマグマ、そして、赤い火竜。
顕れた火竜がうねる度に、大地が揺れ、そして地面の形は変わっていく。
(この龍が、地割れの原因なのか!?)
「ちょっとした手品でね。あのレッドドラゴソは、我々の制御下にある。この工房の近くだけは壊さないようにと、命令しているわけだ」
「『レクカク』か!」
僕がそう言ったら、ミシェル・ポジローリは目を開いた。……異様な程に。
口は閉じたまま。
爬虫類のような、小さな瞳孔だった。
「営業秘密が漏れたか……、やはり死んでもらうのが正しい対処だな」
と、涼しい口調で僕に告げた。
「どうしてそんな薬を! モンスターなんかに使うの!?」
ユイさんがそう問うたら、奴は、ユイさんの方を見下ろした。二股に分かれた蛇の舌が出てきそうな表情だった。そして、さも当然のように言った。
「アレグリア家の末裔なら、分かるだろう。かつてこの国には戦争があった。しかしその戦争は終わった。争いが無くなったら、我々は
「サ」
(サイコパスか? こいつは……)
あまりの理由に、言葉が出なかった。
武器の売上が、世界の平和や、人間よりも大切だっていうのか?
「災害をわざと起こして、儲けようっていうの!? 人の命をなんだと思ってるの!」
ユイさんの形の良い眉はキッと上がっていた。
そうしたら、崖上の男は、眉を寄せて、さも意外そうな表情をした。
「……なにを当たり前の事を。人間だとて、単なる自然界の生き物に過ぎない。この世は弱肉強食だ。人の血の巡りが、金の巡りを生むのも道理。なぜその程度のことが分からない? かつては我が家と名を二分した名家の末裔が……ガッカリだよ」
「その『巡り』を独占しようとするのは良いのかよ!?」
僕は吠えた。しかし――。
「愚か者か? パテソトとは、独占権とは、元よりそういうモノだろう」
嘲笑は、雨のように頭上から降り注ぐ。
ようやく、こいつらがこの異世界でやっている事が何なのか、僕にも理解出来たように思った。
武器の売上を、利益を、独占する。
その目的の為に、薬を使ってモンスターを操り、武器も渡して、人間を襲わせる。
そのモンスターを倒すために、冒険者にも武器を売る。
他の鍛冶屋の武器が売れては利益にならないから、審査士をパテソト庁に送り込んで他者を排除し、自分たちの独占権を積み上げる。
(なんて……奴らだ)
「愚か者に付き合って、これだけ親切に説明してやったんだ。さすがに、ユイ・アレグリアを渡すのが正しいと理解出来ただろう? その少女の鍛冶士の才能は、我々の下で、利益を生むために使うべきなのだから」
僕の傍らの少女は、首を横に振った。
そして、言ったんだ。
「そんな事の為に、私はハンマーを振るったりしない!」
と。
ミシェル・ポジローリは。
感情を取り除いた搾りカスのような、満面の笑みをたたえた。
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