第8話

『あのぉ……守り神様。これは一体……?』


 突然やってきたと思ったガルドが、急にレックスと対峙するように距離をとったことで、状況が理解できない集落の人間たちを代表し、長老が恐る恐るノアに尋ねた。

 すると、ノアはため息を吐きながらも答える。


『はぁ……あれは、レックスへの試練みたいなものだな。ガルドは我と同じく魔物だ。故に、強者にこそ従うが、ガルドにはレックスの実力が分かっていない。そんな者のために力を貸す魔物など、存在せぬ。故に、今からガルドは果たしてレックスが手を貸すに値する存在なのか、その身をもって測ろうというのだ』

『は、はあ……』

『まあ安心せよ。試練とはいえ、ただの力試しだ。本気の殺し合いではない』


 あまりにも人間には想像もできない状況に、長老だけでなく集落の人間たちは困惑する。

 それはどう考えても体格的にも力でも、人間がガルドに勝てる要素がないからだ。

 たとえガルドが魔物でなく、ただの熊であったとしても、人間が熊に素手で勝つのは難しい。

 よほど鍛えられた人間や、魔法を使わなければ勝負にすらならないだろう。

 そんな中、元々冒険者として外に旅立ちたいと考えていたエルティのみ、レックスが戦うことになるガルドの危険さを正しく理解していた。

 そのため、エルティは顔を青くしながら口を開く。


『え、えっと……私の知識が正しければですが、あの魔物ってB級の【ソルジャー・ベアー】じゃないですか? 本来、冒険者の中でもA級以上で初めて安全に戦えるって言う……』

『フン。人間が決めた強さの尺度など知らぬが、確かにガルドは【ソルジャー・ベアー】だ。それも、我の後継者として育てているな。その強さは同じ種の中でも最強と言えよう。まあ、正式に我の後を継ぐには、最低でもあと二回ほど進化してもらわねばならぬがな』

『……』


 ノアの言葉にエルティは何も言えなかった。

 ガルドが【ソルジャー・ベアー】の中で最強という時点で、B級どころかA級に差し掛かるであろう実力を有していることが伺える。

 そして、そんなガルドですらまだこのノアの後をすぐに継ぐことができないという事実もまた、ノアの実力がどれほど高いのかと思い知らされる結果となった。


『(さ、最低でも二回進化しないと後を継げない? つまり、このノア様はS級以上の実力が……?)』


 ただの魔物ではないことは十分理解していたエルティだが、ノアの実力の高さに思わず身震いした。

 そんなやり取りが行われている中、ついにレックスとガルドの力比べが始まる。


「両者ともよいな? これは力比べである。殺すのは無しだぞ」

「分かってやす!」

「問題ねぇぞ」

「よかろう。では――――始め!」


 ノアが始まりの合図として咆哮を上げると、先制と言わんばかりにガルドがすさまじい勢いでレックスに向かって駆け出した。

 もしその速度のまま、特に回避行動もとらずに人間に衝突することになれば、その巨体から放たれる衝撃で全身が砕け散るだろう。

 そして、ガルドもそれは承知の上で、全力で突撃していた。


「(ケッ! どこのどいつだか知らねぇが、人間ごときのために俺様が働くわけねぇだろ……!)」


 ノアに忠告されている手前、爪や牙といった、明らかに殺傷能力のある部位は使えない。

 だが、ただの体当たりであれば、殺す意図があるかどうかなど正確には分からなかった。

 もちろん、ノアどころか集落の人間たちにもガルドの体当たりが殺しに行っていることは、ガルドの殺気立っている様子から見て分かる。

 ガルドのような巨体で全力でぶつかれば人間などひとたまりもないということを。

 しかし、これは力比べであり、爪や牙が使えない以上、ガルドが体当たりに全力を出すことは不自然ではないのだ。

 しかも、当たれば危険だと言う体当たりも、レックスは避ければいいだけの話だからである。そこも含めての力比べなのだ。

 だからこそ、ノアもガルドのこの行動を咎めることはできない。

 たとえそれが、ただの人間には難しいことであったとしても――――。


「これで終いだ……!」


 ガルドは勝利を疑うことなく、全力でレックスへと突撃した。

 その攻撃を前に、レックスは身動き一つ取らない。

 ――――そう、取れないのではない。取らないのである。


「ほいっと!」

「なあっ!?」


 なんと……レックスは、ガルドの突進を容易く受け止めてしまった。

 もちろん、受け止めた際の衝撃は確実にレックスへと届いている。

 その証拠に、体格差・体重差のあるガルドを受け止めたことで、レックスの足は地面にめり込んでいた。

 だが、言ってしまえばそれだけであり、レックスはその場から吹き飛ばされることなく、確かにガルドを受け止めていた。


『う、ウソでしょ!? どうやって……!』


 エルティは目の前の光景が信じられず、すぐにレックスが魔法を使い、身体強化を施したことを疑った。

 だが、火属性の魔法を使うエルティは、人間の魔力の流れをある程度見ることができ、レックスが何の魔法も使わず、ただの身体能力のみでガルドを受け止めていることをすぐに思い知らされた。


『あ、あり得ない……何の強化も施してない人間が、どうしてB級のソルジャー・ベアーの突進を受け止められるのよ!?』


 魔法使いという面で、他の集落の人間たちより驚きの大きいエルティだったが、同じようにノアもまた、目の前の光景に目を見開いていた。


「た、確かにレックスは規格外だということをこの短い時間の間で十分実感した。だが、ここまでとは……」


 ノアたちが目の前の力比べに呆然としている中、ガルドは必死に歯を食いしばっていた。


「く、くそぉ! どうなってやがる!? う、動かねぇ……!」

「へへ。アサルト・ブルの連中に比べれば、あの程度の突進じゃ動じねぇよ」

「あ、アサルト・ブルだとぉ!?」


 ガルドはレックスの言葉につい素っ頓狂な声を上げた。

 レックスの言うアサルト・ブルとは、A級の魔物に分類され、その突進による破壊力はすさまじく、アサルト・ブルの群れがただ通り過ぎるだけで街一つが更地となる……なんていう逸話が残るほどだ。

 そんなアサルト・ブルと比べられれば、いくら鍛え上げたガルドとはいえ、勝負にすらならない。

 しかも、レックスの口ぶりからするに、アサルト・ブルと戦ったことがあるようにさえ感じるのだ。

 ここに来て、ガルドは目の前のレックスが、ただの人間でないことを悟る。


「ま、待て。お前、一体何者――――」

「――――じゃあ、俺の番な?」

「うっ!? うおおおおおおおおおお!?」


 レックスは獰猛な笑みを浮かべると、そのままガルドを持ち上げ、軽々と遠くへ投げ飛ばしてしまった。

 投げ飛ばされたガルドは、お腹を見せた状態で呆然としている。

 そんなガルドを見て、ノアは正気に返ると、すぐに宣言した。


「この勝負……レックスの勝ちだ!」

「やったぜ!」


 一人、のんきな様子で結果に喜ぶレックス。

 しかし、周囲の人間たちは、ますますレックスという存在が分からず、ただただ困惑し続けるだけだった。

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