第3話

 レックスは老猿たちと共に海岸へと来ていた。

 するとそんなレックスたちの目の前の海面が盛り上がり、そこから青い龍が出現する。


「レックスを頼むぞ」

「任せなさいな」


 老猿にそう頼まれた青い龍は優しく頷いた。


「え、おばちゃんが連れていってくれるのか?」

「そうだよ。この島から人間のいる島までかなりの距離があるからねぇ」


 青い龍とレックスが会話していると、黒竜が前に出る。


「レックス」

「なに? 母さん」

「これを持っていきなさい」


 黒竜はレックスの目の前に一つの鞄を置いた。


「これは?」

「昔私を倒しに来たバカどもから奪った物の一つよ。量を気にすることなくモノを入れられるから、旅の途中で狩ったモノとか入れて保存しておきなさい」

「いいの!?」

「ええ。可愛い息子の旅立ちだもの」

「鞄の中には私たちには必要ない宝石類や私が狩ってきた食べ物も適当に入れてるからねー!」

「食べ物は分かるけど……宝石?」


 白狼の言葉に首をひねると、老猿が教える。


「昨日軽く教えたじゃろう? 儂も詳しいことは知らぬが、人間は金銀財宝で取引をするらしい。その宝石も何かに使えるじゃろう」

「ふーん……俺もその人間って存在らしいけど、本当に要るのかなぁ?」


 レックスはよく分かっていない状態ながらも、受け取った肩掛け鞄の中身を覗き込む。

 なんせ、レックスはこの島で生活してきて、金銀財宝を使ったことは一度もなかったからだ。

 すると老猿はさらにレックスへととあるものを渡した。


「ほれ、これも持っていきなさい」

「あ、これ!」


 老猿が渡したのは何の特徴もない、レックスの身長ほどもある木の棒だった。


「儂からの餞別じゃ。お主に使いやすいように調整してある」

「わあ……ありがとう!」


 目を輝かせて木の棒を受け取るレックス。

 普通の人間であれば、金銀財宝をもらえば跳び上がるほど喜ぶところ、レックスは金銀財宝以上に老猿から渡された木の棒に喜んだ。

 すると今度は白狼が口に咥えていたものをレックスに渡した。


「お母さんは鞄で、おじいちゃんは武器。私はこれ!」

「これは……ナイフ?」


 レックスが受け取ったモノは、何かの牙で作られたナイフだった。


「私はお母さんみたいにモノを集めたりしてないし、おじいちゃんみたいに気の利いたものも渡せないけど……これなら、レックスの身も守れるし、便利に使えると思って!」

「これって……お姉ちゃんの牙だよな?」

「うん、そうだよ! 私の種族は爪や牙が一定周期でより強靭なモノに生え変わるの。これは一番最近に生え変わった牙で作ったヤツだから、よく切れると思うよ!」

「ほれ、そのナイフの鞘も作っておいたぞ」


 老猿はあらかじめ用意しておいた鞘付きのベルトを渡すと、レックスは鞘にナイフを収めた。


「じいちゃん、お母さん、お姉ちゃん……本当にありがとう」

「うむ」

「元気でね」

「いつでも帰っておいでよ!」


 それぞれに見送りの言葉をもらったレックスは、青い龍へと近づく。


「もういいのかい?」

「うん……あんまり長引いちゃうと離れるのが寂しいから」

「そうだね……それじゃあ、乗りなさい」


 レックスは青い龍の背中に乗ると、すぐに背後を振り返り、大きく手を振った。


「みんなー! 行ってくるねー!」

『いってらっしゃい!』


 元気よく見送られたレックスは、こうして青い龍と共に海の向こうへと向かっていくのだった。


◆◇◆


 元々レックスたちの過ごしていた【幻想の島】では、周囲は激しい海流と強力な魔物で囲まれているため、まず人間がたどり着くことはできない。

 しかしそれ以上に問題があるのは、島から離れ、ある程度海を突き進んだ先に出現する暴風壁だった。

 まるで島全体を隔離するかのように分厚い嵐の壁が島を囲っているのだ。

 その暴風はすべてを切り裂く風の刃であり、もし暴風壁に突撃でもしようものなら一瞬にして血の霧へと変貌するだろう。

 これを超えるには海底を突き進む必要があるのだが、暴風壁の真下の海流は島の周囲の海流以上に激しく渦巻いており、一度のみ込まれれば最後、海流と海流の間にもみ込まれ、体を引き千切られる事態が待ち受けていた。

 ――――だが、青い龍には何の障害にすらならなかった。

 レックスを背に乗せた青い龍は何のためらいもなく暴風壁へと突っ込んだ。

 すると不思議なことに、暴風壁の鋭い嵐は青い龍を畏れるかのように避け、青い龍の先には道が出来ていた。

 こうして何のトラブルもないまま暴風壁を超えると、そこからは青い龍とレックスはゆっくりと人間のいる島まで向かった。

 そして――――。


「さて、ここでお別れだね」

「うん……」


 ついに今まで過ごしてきた島とは違う、新たな大陸へと辿り着いた。


「レックスともしばらくはお別れだね。こりゃアタシもじいさんたちも寂しくなるねぇ……」

「……俺も寂しいよ……」


 顔を俯かせるレックス。

 そんなレックスを青い龍は優しく見つめ、顔を摺り寄せた。


「何、今生の別れじゃないよ。何か辛いことがあったら、いつでも戻ってきていいんだ」

「本当に……?」

「ああ。あそこはレックスの家なんだからねぇ」

「……うん!」


 元気を取り戻したレックスを見て、青い龍は満足そうに頷くと、レックスにあるものを渡した。


「レックス、これを持ってお行き」

「わぁ……」


 レックスが渡されたのは透き通るような青い鱗と一本の牙でできた首飾りだった。

 その首飾りをレックスが受け取った瞬間、淡い光がレックスを包む。


「これは?」

「今その首飾りとレックスの魂を同調させたのさ。これでその首飾りを失くす心配もないよ」

「ありがとう!」

「いいんだよ。そうだ、ついでにその鞄とナイフにも同じように調整しようかねぇ」


 簡単に魂と道具の同調を行う青い龍だが、本来はほぼ不可能に近い技術の一つだった。

 何せ、生物の魂とはデリケートなモノであり、それを弄るのはかなりのリスクが伴う。

 だが、同時に大切なものを魂と同調させれば、それは常に身近にあり、失くす心配がなかった。

 そのため、遥か昔から、この技術が使える存在は英雄や伝説上の存在として、人類の間で語られていた。

 それをここまで簡単にできるのは、ひとえに青い龍の実力がずば抜けて高いからに他ならない。

 ――――それこそ、伝説や神話上の生物と同じ以上に。

 だがレックスはそんなことは全く知らない上に、これから激しい狩りをするときに鞄などの心配をする必要がなくなってよかった程度の認識だった。


「さて、それじゃあもうお行き。アタシも別れるのが寂しくなっちゃうからねぇ」

「うん、分かった」


 素直にレックスはそう頷くと、目の前の森に向かって歩き始める。


「それじゃあ、ばあちゃんも元気で! 行ってきます!」

「行ってらっしゃい!」


 ――――こうして青い龍とも離れたレックスは、新たな大地へと足を踏み出すのだった。


◆◇◆


「行っちまったねぇ」


 レックスが進んでいった先を寂しそうに見つめ、青い龍はそう呟いた。

 そして――――。


「巣立ちとはいえ、やっぱり心配だねぇ。だから、もしレックスを辛い目に合わせるような存在がいるのなら――――」


 青い龍から微かに漏れ出た威圧を受け、近くの森では鳥たちが危険を察知して飛び立つ前に失神し、海面には威圧に耐えきれなかった魚たちの死体が何匹も浮かび上がる。


「――――この世界を海で沈めちまうからねぇ?」


 青い龍は静かに島へと帰っていくのだった。

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