第6話
――――ノアたちが集落にたどり着く少し前。
ノアは不意に森の異変を察知した。
「む……この臭いは……」
「何か争ってんな」
「お主も分かるのか!?」
「? そりゃ分かるだろ? こんだけ臭ってるんだし。ただ、この臭い……何の臭いだ? 嗅いだことねぇ」
「……」
ノアはレックスに何か言おうとするも、もはや諦め、ため息を吐いた。
「(我はこの森を長年守護していたからこそ、異変があれば分かる。だが、この森に来たばかりの……それも、人間が分かるなど……本当にこの男は何なのだ? しかも、同じく臭いで察知したようだし……そういえば、我がこの森の主だということも臭いで分かったと言っていたな……)」
ますますレックスに対する疑問は浮上するものの、ノアは速度を上げる。
レックスは人間がどういう臭いか分かっていないからこそ、争っていることしか感じ取れなかったが、ノアはこの争いが人間同士のモノだということを臭いから察していた。
それと同時に、何故同じ人間であるレックスが人間の臭いを知らないのかとまたも疑問に思うも、この手のことは考えるだけ無駄だと短い時間で察したノアは、深く追求しなかった。
それよりも、集落の人間にレックスを預ける……もとい、押し付けようと考えていたからこそ、集落の人間に何かあっては困るのだ。
ノアが速度を上げてまもなく、集落が見え始めるも、そこから何やら不穏な煙が上がっているのが見えた。
「見えたッ! クッ……やはり賊の仕業か……!」
「ゾク?」
「賊とは、同じ人間などを襲い、金品を奪ったり、女どもを犯したりする存在だ!」
「キンピン……? それに、オンナってなんだ? オカスってのもよく分かんねぇし……」
「本当に何も分からないのか!? あー、金品は金目の物! ほら、宝石とか金そのものとか! 人間は金を使って生活しているのだ! それで、女はメスだ! それを無理矢理襲い、性行為をするのを犯すという! 性行為は分かるだろう!? 繁殖行動だぞ!? 分かったか!?」
「なるほど。確かに、じいちゃんが金銀財宝で取引してるって言ってたなぁ……変なの。あと、ニンゲンってメスがいるんだな! なら、繁殖行動するのも当たり前か。んで、食うと卵があって美味いのか?」
「食うのか!?」
早くこの非常識の塊を人間に押し付けたい!
その一心で駆け抜けるノアは、集落にたどり着くと、入り口を見張っていた下っ端の盗賊をその巨大な腕で薙ぎ殺した。
『へ!? ぎゃあああああああああああ!』
「今殺したのがゾクなのか?」
「そうだ! あの集落の中を見てみろ! いかにも悪そうな連中がいるだろ!?」
「よく分かんねぇ」
「だあああああ! だと思ったよ!」
ノアはもはや投げやりになりながらそう叫んだ。
しかし、レックスはノアの上で鼻を動かすと、眉をひそめた。
「ただ、妙に気持ち悪い気配と臭いをさせてるのが何体かいるな。アレだ。【イービル・モンキー】の気配や臭いに似てる。じいちゃんが言うには、アイツらって食うためじゃなく、楽しむために生き物を殺すらしいな。魔物の中じゃあまり見ない習性らしいけど……食わねぇのに殺すなんて、変んな奴らだよなぁ」
「判別方法は独特過ぎるが、その気持ち悪い気配のヤツ等が賊だ!」
ノアが縦横無尽に動き回り、盗賊たちをなぎ倒している中、レックスはのんきに頭の後ろで腕を組みながらそんなことを口にしていた。
『な、何なんだよ、この熊――――ガアアアアアア!?』
『や、やめ……ぎゃあああああああ!』
突然現れ、暴虐の嵐となったノアに対し、盗賊たちは恐怖で固まる中、人質として捕まっていた集落の人間たちは呆然とその様子を眺めていた。
『い、一体何が……』
『た、助かったのか?』
『で、でもあれって……魔物だろ!? 俺たちも食われるんじゃ――――』
『――――あれは、守り神様じゃ』
『長老?』
他の集落の人間と同じように、呆然とノアを見つめながら、長老は震えながら続ける。
『かつて……我らの祖先がこの地を拓くとき、現れたと言われている御方じゃ……! その時は祖先が多くの木々を節操なく切り倒したため、諫めるために出てきたそうじゃが……まさか……』
皆が呆然と見つめていることを気にする様子もなく、レックスも逆に人間たちを見渡した。
「てか、これ本当にニンゲンか? 俺もニンゲンらしいけど、あんな毛皮生えてねぇぞ?」
「あれは毛皮じゃなくて服だッ!」
ノアはレックスのおかしな言葉に突っ込みながらも倒し続けていると、不意に少し遠く離れた位置で下半身を露出させている男の姿が目に入った。
「あれは……クソ、人間どももゴブリンやオークと考えることが同じか……!」
「ん? ゴブリンとオークがどうかしたのか?」
「だから! 女を犯すことしか考えてないってことだ! そうだろう!?」
「は? なんで繁殖行動しかゴブリンとオークが考えてねぇんだよ。アイツら、戦うことが第一で、その次に食うことだろ?」
「それは本当にゴブリンとオークか!?」
どう考えてもノアの言っているゴブリンとオークと、レックスの言っているゴブリンとオークは同じ存在とは思えないほど差があった。
これには理由があり、ノアや人間たちの住む大陸では、ゴブリンとオークは繁殖相手として適任な人間や獣人など、様々な存在がいるため、繁栄するために性欲が強かった。
だが、レックスたちの棲んでいた【幻想の島】では、そこにいる魔物たちはどれも強力であり、生き残るためには力が必要だったため、ゴブリンとオークは独自の進化を遂げ、戦闘に特化した存在となっていたのだ。
そのため、繁殖相手も同じ種族内で済ませており、レックスはそもそもゴブリンたちが人間を繁殖相手とするために襲うなど考えられなかったのだ。人間もレックス一人しかいなかったのも理由の一つである。
とはいえ、元は同じ存在であることに変わりはなく、純粋に強力な性欲が戦闘という行為で発散されているにすぎず、もし【幻想の島】のゴブリンやオークが大陸に上陸すれば、悲惨な状態になるのは明らかだった。
それも、【幻想の島】のゴブリンとオークの方が性欲は強いため、本当に最悪な結末しか迎えないだろう。
「ええい、鬱陶しい! レックスよ、お主は先にあの下半身を露出しているヤツをぶっ飛ばせ! その間にこちらは片付けておく!」
「ん? あの一人だけ四足歩行のヤツか?」
「あれは四足歩行じゃなくて、四つん這いになってるだけだ! いいから、頼んだぞ!」
「んー、分かったよ」
レックスはそう言うや否や、背に乗られていたノアですら何も感じることなくその背から跳んだ。
「(今……我の背から跳んだのか!? 何も感じなかったぞ!?)」
何の衝撃も感じることなく背が軽くなったノアは、盗賊たちを殺しながらも驚愕していた。
そして、かなり距離があるにもかかわらず、レックスはその一跳びで盗賊の頭領である大男の頭上にまで移動すると、背負っていた木の棒を一瞬にして抜き放ち、大男の横っ面をすさまじい勢いで打ち抜いた。
その威力は他の人間やノアが想像していたようなものではなく、大男はレックスの一撃で首を数回回転させ、首が千切れる寸前となっていた。
そんな悲惨な姿になっている大男に一瞥もくれることなく、レックスは先ほどまで大男がいた場所に軽やかに着地した。
――――しかし、着地した場所が悪かった。
『きゃあああああああ!? 変態ぃぃぃぃいいいい!?』
さっきまで大男は、今叫び声をあげているエルティを犯そうとしていたため、必然的に入れ替わる形となったレックスを見ることとなる。
犯されそうになるという恐怖の中、ノアとレックスのおかげで未遂に終わり、何とか危機を脱したはずのエルティだったが、入れ替わったレックスの姿は――――全裸なのだ。
もうどこからどう見ても全裸であり、レックスは自身の陰部を隠そうともせず、むしろ堂々と腰に手を当て、傍から見れば誇らしげに見せつけているようにも見える。
だが、当然レックス自身にそんな思惑はなく、叫び声をあげるエルティに対して、首を捻っていた。
「? うるさい鳴き声だな。これ、本当に同じ人間なのか? 俺はあんな声で鳴かねぇぞ? まあ、ノアはさっきのヤツだけぶっ飛ばせって話だったが……」
レックスは未だに混乱して固まっているエルティの前にしゃがみ込むと、その体を隅々まで見つめた。
さらに……。
『え、ちょっ!?』
レックスは、何のためらいもなくエルティの顔に触れると、そのまま体をまさぐっていき、胸などを容赦なくもんでいく。
「本当に変わった毛皮だな。ペラペラじゃねぇか。それに、何だ? この胸……柔らかいぞ?」
『ちょっ……いやっ……!』
エルティの胸と自身の胸を揉み比べ、その違いに驚きながらも体を調べることを止めないレックス。
エルティも必死にレックスから逃れようとするも、先ほどまでの恐怖と、突然の状況による混乱で、思うように体が動かせなかった。
そんなエルティの様子を知る由もないレックスは、ついに股の間にまで手を伸ばすと――――。
「!? な、ないだと……!?」
繁殖行動など、その種が繁殖するための行いがあることを知ってはいるレックスだったが、当然それのやり方やなどは、老猿たちから学んではいなかった。
それは、老猿たちが人間たちの体のつくりを知らないからであり、そこは旅に出た中で、出会った人間が教えてくれるだろうと老猿たちは考えていたのだ。
――その結果、こうしてエルティが悲惨な目に遭っているが。
「じゃ、じゃあどこから小便するんだ!?」
『え、ウソウソ、ちょっと!? 冗談でしょう!?』
レックスは信じられないと言わんばかりにエルティの股の間に顔を近づけると、その下着すらはぎ取って見ようとした。
『ちょっ……いい加減に、しなさいよ……!』
ようやく体の硬直が取れたエルティは、股に顔を近づけようとするレックスに対し、思いっきり張り手をかまそうとした。
だが、その張り手は空を切った。
『なっ!?』
「何だ? いきなり何するんだ? それとも、コイツもぶっ飛ばしていいのか?」
レックスはエルティが張り手を行う前にその動きを察知すると、まるで動物のような俊敏力でその場から飛び退き、警戒するように手にした木の棒をエルティへと突き付けた。
突然剣呑な雰囲気へと変わったレックスに、困惑するエルティだったが、そこに救いの手が差し伸べられた。
「何をしている、レックス。その女に手を出してはダメだぞ?」
『あ……』
『エルティ……!』
『おじいちゃん……!』
盗賊たちをすべて殺し終えたノアが、ゆっくりと集落の人間を引き連れてやって来たのだ。
そして、長老がエルティの名前を呼ぶと、エルティは急いで立ち上がり、長老のもとに駆け寄る。
その様子を黙って見ていたレックスは、不思議そうに首を捻った。
「なんでだ? なんでぶっ飛ばしちゃダメなんだ? アイツ、俺に攻撃を仕掛けてきたぞ?」
「それはお主が女の体をみだりに触りまくったからだろうが……」
「なんで触ったらダメなんだ?」
「それは人間に訊け。もう我はお主の相手をするのに疲れた……」
「?」
どこかげっそりとした様子のノアに、レックスは最後まで理由が分からずに首を捻り続けるのだった。
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