ゴエモンはせかいいち

 服を着せた後は歯磨きさせて、すぐに就寝。


 生前と同じく、寝るのは俺の部屋じゃなきゃ嫌だとゴネたので、五右衛門ゴエモンにベッドを譲ってやり、俺はその隣で床に布団を敷いて寝ることにした。


 逆でも良かったんだけど…………せっかく人間になったんだから、犬じゃできなかったことを少しでも味あわせてやりたくてさ。


 敷布団じゃ、使ってた犬用ベッドとそんなに変わらないもんな。



「わぁい! ふっかふかのぼよんぼよーん! よく乗って遊んでたけど、ねんねしたことなかったから嬉しーい!!」



 ほら見ろ、喜んでる喜んでる。良きかな良きかな。


 もしかしたら『カイくんと一緒に寝る!』とまたワガママ言うんじゃないかと心配だったけど、犬の時も寝床は別々にしてたし、そこはすんなり受け入れてくれたようで何よりだ。


 こんなクソ狭いシングルベッドに野郎二人で寝るなんて、罰ゲームに等しい。身も心も休まらねえよ。



「んふー、カイくんの匂いがするー! 幸せー!」



 うぉう、寝具をクンカクンカされるのはちょっと恥ずかしいぞ。


 ああっ、枕は特にいけません!

 最近、加齢臭らしきものが漂い始めてきたような気がしなくもなくもないんだから!


 『カイくん、昔と違ってくさーい』なんて言われたら泣いちゃうよ!?



「……ね、カイくん。僕、もう一つ、人間になったらやりたかったこと思い出した」



 何だ、と尋ねる前に、五右衛門は俺に向かってそっと手を伸ばしてきた。



「カイくんと、おてて、繋ぎたい。犬じゃできなかったでしょ?」



 うつ伏せの状態で、こちらに顔を向けた五右衛門が微笑む。


 これまでの無邪気な笑顔と違い、月明かりに照らされたその顔は――青い瞳が静かに煌めき、形良いくちびるは優美な曲線を描いて、やけに大人びて見えて――俺は軽くたじろいだ。



「い、いいけどさ、お前、寝てる間に襲おうなんて考えるなよ? 寝てたら『まて』って言えないもんな」



 動揺を隠そうと冗談を言いながら、俺は五右衛門の、逞しい体付きとは裏腹に繊細で指の長い綺麗な手を取って、握り締め――――ようとしたのだが。




「…………おい、五右衛門。お前、今『その手があったか!』って顔したな? してたよな!?」


「しししししてないよ!? カイくん、ねんねしたらなかなか起きないから『まて』されないし、とっても良いこと教えてもらったなぁって、喜んでただけだよ!?」


「やる気満々じゃねーか! 俺が寝てても『まて』は続いてるの! まだ『よし』って言ってねえだろ!!」


「今言った! カイくん、『よし』って言った!!」


「ちっがぁぁぁう! 今のはただ説明しただけ! 『まて』、ホラもう一回言ったぞ! 『よし』が出るまで、子作りは禁止!!」


「あー! また言ったーー!!」


「違うっつってんだろ、このおバカ! 『まて』だ! 『まて』『まて』『まて』『まて』『まて』ーーーー!!」


「やだーー! 『まて』たくさん言ったーー!! 『まて』ばっかり、やだやだやだやだやだーー!!」


「やだじゃねえ!! 『まて』できない子は、お散歩に連れてってやらないからなーー!!」


「ぎゃあああん! カイくんの意地悪ーー!!」




 激しく言い合いしながら、それでもしっかりと手を握り合ったまま――俺は、明日から五右衛門にどんなことを教えよう、どんなものを見せてやろうと、密かにワクワクしていた。




 伊勢イセカイ、二十九歳。製薬会社倉庫管理勤務。


 実家に一人住まいの独身。

 彼女なし。友達もすくなし。


 けれど、愛犬が戻ってきてくれたから寂しくはない。


 名前は『五右衛門ゴエモン』。

 元・シベリアンハスキー、現・人間の男の子。


 ご主人様を愛するあまり、おかしなスキンシップを求めてくるところだけが、たまきず


 やんちゃでいたずらっこで甘えっこで、ちょっとおバカだけど世界で一番可愛い、愛しの愛しの愛犬です。


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愛しの五右衛門 節トキ @10ki-33o

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