ゴエモンにまなばせる
松本には、この騒ぎをなかったことにする代わりに妹のシマを紹介しろとお願いされた。
実は、中学の時からちょっと気になってたんだと。うっわぁ、趣味ゲロ悪。引くわ〜。
中学卒業と同時に疎遠になった松本は、俺が高校に入ってから犬を飼い始めたことすら知らない。その犬が、家族になって二年も経たない内に、主を庇って事故死したことも。
愛犬が人間になって戻ってきた……なんて正直に話したって、笑い飛ばされるだけだろう。なので、『スキンシップ激しめの留学生が迷子になった』ということで納得してもらった。
少しも全くちっとも納得したような顔してなかったけどな? 田内とかいう松本の同僚の警官も、一緒になって終始ニヤニヤしてやがったし!
でも……松本達が誤解するのもわかる。こんな光景見れば、誰だって勘違いするよなぁ。
「に、人間って……こんな、難しいことしなきゃならないんだね。僕……僕、全然うまくできないよぅ……」
「だ、大丈夫だって。誰でも最初はできないもんだから。できるようになるまで一緒に頑張ろう、な?」
ベソベソメソメソとグズる五右衛門を懸命に慰めながら、俺はスプーンで掬った炒飯を口に運んでやっている。俗に言う、『あーん』というやつだ。
だって、仕方ないだろ!
難易度の低いスプーンで挑戦させても、ボロボロ落とすばかりで全然食べられないんだから。隙あらば犬の時と同じように皿に顔突っ込んで、直に食べようとするし。
それを何度も叱ってたら、ついには『もうゴハンなんて要らない!』ってキュンキュン泣いて手に負えなくなっちまったんだよ!!
ちなみにトイレは、癖で足を上げようとするから、便座に座って用を足すよう教え込んだ。
本人は元が犬だから全く気にしてないようだったけど、俺としては男の尻を拭くなんて出来れば二度とやりたくないので、こちらは心を鬼にして厳しく躾けさせていただきました。
散歩中に、犬のノリでその辺でうんこされたら困るやん。
近所の人達の前で『カイくぅぅん、拭いて拭いて!』なんてケツ丸出しで叫ばれたら、俺、その場で恥ずか死する自信あるわ。
「ええー、お風呂も自分でしなきゃなの? カイくん、洗ってくれないの? そんなの、やだやだやだ!」
五右衛門がブルブル頭を振る。
するとシャンプーの泡が飛び散り、俺の顔面を直撃した。ああもう、大人しくしろっつったのに!
「人間になったんだから、ちゃんと自分でできるようにならないと駄目だぞ、五右衛門。せっかくカッコ良いんだから、カッコ良くしないともったいないぞ、五右衛門」
食事の後は、男二人で仲良くバスタイムだ。
裸のお付き合い大事、超大事……じゃなくて!
これも仕方なく、だ!
お風呂だって、こいつは一人で入ったことないんだから!!
「カッコイーしないと、もったいないの? カイくんはカッコイーの好き? カッコイー僕、好き?」
カッコ良くても悪くても、存在してるだけで五右衛門は世界一可愛いんだけど……何だろう。この状況だと、とても言いにくい。
だって、裸で密着してるんだぜ?
頭洗ってるだけとはいえ、背後から抱き着いてるみたいな状態で『どんなお前でも愛してるよ』なんて耳元で囁いたら、それこそいかがわしい雰囲気に……って待て待て、
相手は犬! 犬なんだ!
愛犬がご主人様に愛を確かめてるだけだろ!
なのに変な妄想しちゃいけません!!
五右衛門は、人のライフスタイルを覚えようと頑張っている。ならば俺も、早く人の姿の五右衛門に慣れなくては。
「ええと、そうだな……うん、カッコ良い五右衛門は最高だと思うぞ」
気持ちを落ち着かせて、俺は飼い主らしくクールかつエクセレントに答えてみせた。
「そっかあ! じゃあ僕、カッコイー頑張る! カッコイーになってカイくんに……うっぎゃあぁぁぁん!!」
頭を流してる最中に顔を上げたもんだから、シャンプーが目に入ってしまったようだ。
狭いバスルームでキャワンキャウンと泣き喚いて暴れる五右衛門に突き飛ばされ、勢い余って頭からバスタブにダイブした俺は――お湯に沈みながら、シャンプーハットを買い忘れたことを激しく悔やんだ。
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