【番外編】マッシュルーム・スナップ12

「信仰の欄に、特になし、とあるが」


 関所の検閲所で、剃髪した関所役員が面倒臭そうに二つの手形をぺらぺらとめくり、乱暴に許可印をぼんぼん押しながら、いかにも侮ったような声で言う。


「本当に、信じる神を持たんのか? 二人とも? その歳で?」


「……お、おう。群馬県民は、基本的に無宗教だしよォ」


「何とも心の貧しいことだ……まあ、いい。入る時は構わんが、島根から出る際には、県が認可した宗派の証書が必要になる。早々に己が信仰を探し、神の教えに預かるように」


(ちぇッ。下っ端の関所役人が、偉そうに言ってくれてぇ。万霊寺ばんりょうじで戒名貰ってるって、言ってやりゃいいじゃないですか)


(ヒゲブタと、ハト胸ですって名乗るのか? バカ言え! そうでなくたって、島根は万霊寺だけは目の敵にしてるんだ。お前もうかつな事言うんじゃねえぞ)


「門を開け」


 島根県境の関所に、門を開く大仰な音が響く。


 後部座席の髭面が、島根県の印を押された手形を二つ受け取るのを見て、太田おおたは愛車のビートンM2へ楽しげに囁いた。


「オッケーお待たせ、ロッテ。さ、行くよっ!」


「いいか、島根の壁の中では、くれぐれも……」


 関所役人が講釈を垂れようとする、その眼前で、ロッテ(太田いわく、愛車には名前をつけるのが当然とのこと)はそのホバー機構をフル稼働させてふわりと浮き上がり、驚く役人達を尻目に、風を切って関所を走り抜けてゆく。


「あっはは! 驚いてる! ホバー二輪なんて、見た事ないんですよきっと。イノシゲさん、撮れました?」


「……おう、一応な。どうだ、これで?」


「……んーー。イノシゲさん、ホワイトバランス取らなかったでしょ。青いっすよ全体的に画が。第一ブレてるし。もっとこう、脇しめて撮ってください」


「うるせーな毎回ガタガタとよ! じゃあ運転代われ、お前が撮りゃあいいだろ!」


「わぁーッ、見てください、イノシゲさん!」


 走るロッテに跨り、丘の上から見下ろす島根の景色は、いくつもの宗教が混じり合って息づく不思議な街並みであった。クラシックな日本家屋や中華風のもの、インド系の建築などがそれぞれテリトリーを区切るようにして立ち並び、時折混じり合うようにお互いを階段や通路で繋いでいる様は、基本コンクリート造りの群馬建築に慣れている二人からすると、なかなかに趣深い眺めであった。


「……げっ、魚が飛んでますよ。そこらじゅうに……なんか、光ってる」


「ああ、あれが金魚灯ってやつだな。夜、そこらを照らす神獣なんだと」


「喰いかかってきたり、しないッすよね?」


「フグじゃあるまいし。でも気をつけろ、ありゃ手を触れるだけで、罰金二百日貨っ

て書いてある。下手に露店の団子なんか食ってると、寄ってくるかもしれねえぞ」


 二人が喋る間にロッテは素晴らしいスピードで県境の丘を駆け抜け、金魚灯の照らす市街地に向けて下っていった。


「うんまっっ! イノシゲさん、このサボテン大福、めちゃめちゃ美味しいですよっっ!」


「んーーー。食い物に関しちゃ群馬が一番だと思ってたが。なかなか、島根料理もあなどれねえな」


 ラッコのハツ串とかいう初めて見る食べ物を齧りながら、髭面がその美味さに唸り、島根の商店街を見渡す。


 立ち並ぶ露店には二人の見た事もない様々な神像が美しく飾られ、「一食百寿」「万福招来」などと必ず縁起を担ぐ文句を軒先に掲げている。


 街行く人々も、それぞれ剃髪したり顔を隠したりと、何らかの宗派に属しその戒律を重んじている様が、無秩序なようで不思議と調和のとれた空気を醸していた。


「いやはや。さすがは国家を名乗るだけあって、違う国に来たみてえだなァ」


「ちょろいなー。まだまだッすよ、イノシゲさん。ここは関所に近いから、観光者向けなんですよォ。島根の本質は、出雲の六塔りくとう……日本の祈りの全てがそこにある! っていう、六つの塔の中にあるんですよ」


「知ったふうに言うな、てめえだって来たことねえだろ! ……出雲六塔? お前まさかそんなとこ、入ろうってんじゃないだろうな!?」


「狂信者の巣窟にい? そこまでアホじゃないっすよ。近くの街まで行こうってだけ! やっぱり本質を見ないと、本物の体験にならないでしょ。それに塔の写真も撮りたいし」


 太田は喋りながら停めてあったロッテの頭を撫で、千切ったサボテン大福をその口に食べさせてやってから、片手に抱えた露店の飯を髭面にパスして、ひらりとロッテの背にまたがった。


「えっ、もう行くのかよ!? 今日ぐらい、このあたりでのんびり……」


「だめっすよ。ここじゃぼったくられちゃう。宿は六塔の近くで取りますから」


「妙に確信ありげなのはお前、なんでだ?」


「どこの宿も、軒先にガナンジャ様の像が置いてあったでしょ、商人の神様。ガナンジャ信仰はこっちが本場ですからね、霜吹商人より悪辣ですよ。買わないと福が逃げるだの、病気になるだの言われて縁起物押し付けられて、素人はむしられちゃいます」


 髭面は言い返せずに唸りながらも、太田の観察眼に不本意ながら感心して、しぶしぶロッテの後部座席に飛び乗った。


「さー、行きますよぉ! ゴー、ロッテ!」


「まあ、どこに行こうが任せるけどよォ。頼むからお前、罰当たりな真似だけはすんなよ!」


 髭面の懇願を聞いているのかいないのか、太田の駆るロッテはそのアクセルに答えてふわりとわずかに浮き、驚く信徒たちをかきわけて、島根の街を突っ切ってゆくのだった。




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錆喰いビスコ 瘤久保慎司/電撃文庫・電撃の新文芸 @dengekibunko

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