第19話 その歌声はどこまでも。

 また、いつの間にか降り出した雪が、地面へと静かに落ちていきます。

 ひとつひとつの結晶は可憐で美しく、いつまでも眺めていたいような風景と言えるものでした。


 シミュレーション展開画面を見詰めながら、カマタ先生とユキが、一通り話し終えた時のことです。


コンコン。

玄関の扉が、確かに、ノックされていました。


 ――?


 切り替えたカメラを目にしたユキが弾かれたように立ち上がり、倒れる椅子に構わず駆け出します。そして勢いよく開いた扉の向こうには――。


「クロ助!君、どうしてっ」

 信じられない思いで目を見開くユキの前で、枝をふりふり興奮気味にクロ助が叫びます。根っこを器用に動かして楽し気なリズムまで刻んでいました。


「ユキちゃん見て!動けたの動けるの!見てよ!心でずっと思ってたけどこれって意志の力ってやつなのかなぁ?えへへ」

 後ろで絶句していたカマタ先生が、愉快そうに口を開きました。

「これはすごい」


 クロ助は、ぴょん、と庭に降り立つと、足跡ならぬ根跡をつけて駆けまわっています。その左枝の付け根には、綿の袋に入ったミーちゃんが嬉しそうな笑顔を浮かべていました。雪を巻き上げ軽快に走り回るしなやかな身体が、忙しく前転をしたり後転をしたり、とんぼ返りを見せてくれています。



 そのクロ助が、不意に真顔になって、はっはっと息を切らしながらユキの前に立ちました。

「ねーねー、人はどうして、自分たちが破壊してきた環境に、いずれは自分たちも破壊されてしまうことに気が付かないの?」

「自分たちが……そうだね。その答えをこれから見付けに行くのよ」

「知ってる」


「知ってる?」

「そうだよ、だってボクは知りたがり屋のクロ助だから」

「そっかぁ、確かにそうだね」

 一人と一本は顔を見合わせて笑います。


「ねーねー、ユキちゃん」

「なあに?」

「植物が自分の意志で動けたらさ、虫さん達との距離って縮まるのかなぁ。同じ生き物として仲間になれる? そしたら、命の大きさも同じになったりするの?ねーねーボク思ったんだけどさぁ……」


 カマタ先生が腰を落とし、クロ助の肩口に積もった雪を優しく落としながら口を開きました。

「その続き、ゆっくり聞かせてもらうよ。まずはここに、雪よけのテントを張らせてもらう。あまり長い間、根が土から離れるのはまずいだろう。そうだクロ助、この庭の希望を託された次の「手」は私だ、よろしくね」


「ふうん」

クロ助は、カマタ先生の言葉を興味なさそうに聞き流すと、ステップを踏んで歌を歌い出しました。


「♪そらが見たいよ~

 本当の空がね~♪僕は問いかけるよ~

 意志あるところに~道は開けるんじゃないのか~

 進むべき道は~暗闇の先にあったりするものじゃないのか~♪

 迷わずに進め!♪」


どこか、調子の外れたステップと旋律が、仮の空に響いてゆきます。

ユキは、その様子がどうにも可笑しくて、どうにも切なくて。

そしてどうにも嬉しくて――。



一縷の望みがあるのなら、私は信じるよ。



深い雪の下で、庭の住民たちはその歌を聞いていました。

うつらうつらとした、心地良い眠りの中で。


 

 チーム西側は、始動の日を待っています。

 目覚めるその日まで。

 失われなかった希望と共に――。






 


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僕は忘れない、みんなのこと。 糸乃 空 @itono-sora

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