夕焼け色のブランコ

サトミサラ

第1話

 この感情に名前をつけるのなら、一体何だろうか。悲しみなんてりっぱな名前をつけるほどの価値が、本当にあるのだろうか。

 地面を、蹴った。ブランコが軋む。

 別に、国語の先生が学校を辞めるとか、私には関係のないことだし、成績だって自分次第だ。先生が変わったところで私は勉強をやめるわけじゃないし、先生に左右されるような勉強をしてきたつもりはない。先生をかっこいいと騒いでいた女の子たちも、きっと一週間もすればどうでもよくなるのだろう。

 地面を、蹴った。ブランコの音は重苦しいのに、体だけはふわりと軽く浮いた。

 先生の授業は、分かりやすかった。みんなが寝ている授業でも、いつも私だけは起きていて、それで先生はそんな私を褒めてくれた。先生が変わっても私は授業中に寝ることはないだろうし、この先も褒められたりもするのだろう。

 もう一度、地面を強く蹴った。

 ――フリンだってよ!

 教室で叫んだのは、目立つ男の子だった。フリン? フリンって、不倫? 意味が、分からなかった。

 地面を、蹴った。雫が頬を伝って小さく揺れ、スカートにしみを落とした。

 そうだ、私は優秀な生徒で、だから先生が何をしたとか、たとえばそれが不祥事だったとしても、そんなの、全部、ぜんぶ――関係ないなんて、嘘だ。

 地面は、蹴らなかった。

 震える手は、寒さのせいにしよう。赤い目は、木枯らしのせいにしよう。私は心の中で言い訳を並べて、藍が落ちてくる空に悪態をつきながら、家に向かって走り出した。

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