あら? この手記を見つけるなんて、貴方は不思議な廻り合わせにあるようね。もしこの手記を開いたのがイレギュラー、貴女なら、さっさとページを閉じなさい。これは貴女に宛てたものじゃないの。それ以外の人はごきげんよう。
さてありきたりな始まりにしてしまうけど、この手記を誰かが見つけているということは、私が死んでしばらく経っているようね。もしかすると、もう不全能の効力が切れて皆がこの手記を認識できるようになったのかしら。そうだと嬉しいわ。
貴方は私が何のことを言っているのか分からないかもしれないわね。でも自己紹介はやめておくわ。私が自分の名前を出してしまうと、不全能による認識阻害が強まってしまうもの。だから申し訳ないけど、この手記を開いた貴方に自己紹介はできない。その代わりに、別の話をしましょう。
この手記に辿り着いたということは、陽苓誡と更科奏繁の物語を知っているということよね。これを書いている時には、まだ彼女たちの物語は途中だった。私はそこにたくさんの手を加えたけれど、結末は知らないの。その前に私、死んでしまうから。あの二人は無事にハッピーエンドを迎えることができるかしら。計画としては数年がかりだから、その物語の中で私は完全に忘れ去られてしまっていることでしょう。もし何かの要素を私が見落としていて時期が早まったとしても、私が忘れられることに違いはないけどね。
奏繁ならその短期間で私の贈り物に気づいてくれるかもしれないとだけ、願っておくわ。
結末を知る貴方に話を戻しましょう。どうだった? 二人の物語は幸福に締めくくられたかしら。それとも、私の定めた筋道を完走できずに悲劇で終わってしまったかしら。私が生前関わった人々には幸せになってほしい。それらを叶えるために仕組んだ、人間同士の連鎖で紡いだ図像だけど……解き明かされず全てが失敗に終わる可能性も十分にあった。だから心配なの。
私が生きているあいだは、私に許される範囲で彼女たちの人生を手助けしたわ。不全能の私にできたのは運命をちょっぴり早めたり、出会いを変えたりする程度だけれど。あの二人が語れない、語っても足りない部分を客観的に補ったりもした。二人の物語を見ていた貴方にとっては、登場人物ではない第三者の視点が突然現れて驚いたかもしれないわね。あれは私が挿入したものよ。この手記と同じ理由で私の名前は出せなかったの。ごめんなさいね。でも、あったほうが分かりやすかったでしょう?
私がこうして手間暇かけるのは当たり前。目の前に運命があった。ならば当然、私はその運命から目を背けるのではなく、導くほうを選ぶ。死後に影響を与え難い私は、生きてるうちに成すべきことを成さねばならない。その何割が未来へ残ってくれるかは未知数。けど、少しでも貴方のお役に立てたなら何よりだわ。
私にできたのはそこまで。物語を進めていくのはあくまであの二人だった。結末は神ではなく、貴方のみが知ることね。
この手記が見つかるのが果たして、私が死んでからどれだけ未来のことなのか、私には分からない。
ただ、もしこの手記を手に取った貴方が誡や奏繁を知っているのなら、どうか伝えてくれないかしら。
私は最初から最後まで、あなた達二人の幸福を願っていたわ、と。今回の私の人生は、彼女達のために使ったのだから。
私の大切な友人たち。繰り返すばかりの私の人生を彩ってくれた。もし二人が、少しでも長く私のことを覚えていてくれたなら――――。そこまで願うのはやりすぎかしら?
もちろん、この手記を見つけてくれた貴方の幸せも願っているわ。願いとは強さになる。持ち続けていればいつか叶う日はくるから。貴方も自分の願いは大切にね?
それじゃあそろそろ、もう筆を置くことにするわ。二人について語りたいことはたくさんあるし、私についても知って欲しいことがいっぱいある。でも、それはこれからの貴方には関係ないこと。貴方はあくまで物語の観測者に過ぎない。だからそこからはみ出る部分については蛇足として、墓に持っていくことにするわ。
〈私の墓に墓標はない。何者も
――――それではさようなら、未来の素敵なあなた。一度きりの、よい人生を。
哀傷ゾルレン まじりモコ @maziri-moco
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