第4話『王女のおべんきょう』

 わたしはソアラ・エステル・ロートリンデ。ファヴェール王国の王女です。

 いま、大砲の弾を運んでいます。重いです。

「あの、姫様……なにをなさるのですか? 戦いでもないのに、砲弾なんて」

 手伝ってもらっている使用人に、そんなことを言われました。

「それは――あ、わっ!」

「あぁっ、ひ、姫、気をつけてください」

「すみません。だ、だいじょうぶです」

 ふり返ろうとして、ちょっと足がよろめきました。あぶなかったです。わたしももう10歳になったのでこのくらい……と思っていました。けれど、やっぱり重いですね。

 砲弾を入れた木箱をしっかり体に引きつけて抱え直してから、どうにか顔を向けます。

「これは、兵法学のおべんきょうに使うのです」

「はあ、そうですか。あれ、でも先生が見つからなくて講義はまだやっておられないのでは……?」

「おべんきょうのための本は届いています。きちんと読んであらかじめ内容を頭にいれておけば、講義も早く進められますから。いまは、大砲のところを読んでいるところです」

「はあ……なるほど?」

「でも、さきほど言ったとおり、この砲弾のことはだれにもないしょですよ」

「……ないしょですか」

「ないしょです。お手伝いしてくださったお礼に、お菓子をお分けしますから。ね?」

 お部屋まで運んでくださった使用人に美味しいお菓子を差し出してお別れして、わたしはひとり、自分の部屋の中で準備をします。

 寝台の上にある天蓋を利用して、高く吊るした振り子を用意します。その振り子のひもは太い縄で、先には大砲の弾が入った布袋が結んであります。振り子の支点と同じほど高さがある脚立の上に袋を置いて縄を手にしてそこから離れ、もういちど覚書を確認します。

「『発射された砲弾はしばらく直線的に上がり、勢いを失うと短時間だけ半円を描いてあとはまっすぐ落下する』……こちらが兵法学に書かれた砲弾の弾道です」

 指を差して口に出して、しっかりと確認します。

「『迫撃砲の砲弾が描く弾道は、仰角を変えてもすべてなめらかな弓形になる』……こちらは、天才画家の手稿です」

 両者ともに空中に放たれた砲弾が描く線――“弾道”について書いています。しかし、このふたつには明確なちがいがありました。

 そこに書かれた弾道をわかりやすい形にすると、斜め上に撃った大砲の弾が描く線は、かたや三角形に近くなり、もう一方は半円に近いものになるのです。

 兵隊が学ぶための兵法書と、天才画家の手稿集。これはどちらが正しいのでしょうか。

 わたしはとても気になりました。

 ですから、まずは銃の弾で実験してみました。

 丸い鉛の玉を兵士から買い取り、投げてみました。しかし、自分で投げていては、横から見た弾道の線はあまりよくわかりません。なので、使用人に投げてもらいました。

 すると、宙を飛んだ弾の描く線は、途中で垂直に落ちることはなく、弓なりに床へと落ちていきました。なんと、戦いを学ぶ兵法書よりも、画家の描く大砲のほうがより正しく砲弾のことを書いていたのです!

 わたしはすぐさま父上にそれを言って、きちんと正しいことが書かれた本と、それを書ける人に教わりたいと伝えました。

 怒られました。

「お前はまた【また に傍点】学習書に文句を言うつもりなのか!」

 そうです。わたしは以前にも同じようなことをしてしまいました。

 律法書と神の教えを学ぶ際に、少しつじつまの合わないところを講師のかたにお聞きしたのです。もちろん、納得のいくまで。数日ほどくり返しました。

 すると、高名な講師であるそのかたは怒って授業を引き受けてくれなくなってしまいました。

 そのときも、父上に怒られました。

 そのあとも、いろいろとありました。

 『講師殺し』とか『勉強会【勉強会 にルビ サロン】壊しの姫』とか、ひどいあだ名がたまに聞こえてきます。

 そんなわたしですから、最近はおべんきょうに困っています。

 なので、自主的に学んでいるのですけれど……父上に怒られてしまいました。「銃と砲ではちがうだろう」と。

 それならほんとうに撃って確かめてみたいと申し出たのですが、それはだめなのだそうです。

 銃の弾も取り上げられてしまいました。

 使用人たちも、もう手伝ってくれません。

 ですから、わたしはいっしょうけんめい考えました。

 そうして思いついたのが、振り子です。

 いろいろと理由をつけてべつべつの使用人に材料を運んでもらって、かんたんなしかけを作ります。

 大砲の弾をさきっぽにつけた振り子を作り、支点からさらに縄を伸ばして、離れたところまで持ってきます。

 脚立の上に振り子の先端である砲弾を置いておき、縄を引っ張れば大砲が下に落ちて振り子が動きだします。あとは、ちょうど良いところで縄から手を離せば、弾はひゅーんと飛んでいくはずです。

「これでうまくいけば……きっともう『変なことをしている姫』とは言われないはずです。ちゃんとしたことをしているのですから」

 あとは失敗さえしなければ、なにも壊さなければ、だいじょうぶです。父上にもお認めいただけると思います。

「では……いきますっ。えいっ!」

 脚立の上から砲弾入りの袋が落ちます。

 結ばれた縄がぴんと張って袋はゆるやかに半円を描きます。

 いまと見て手を離すと袋は斜め上に飛びました。

 その飛びかたは、勢いを失って垂直に落ちる兵法書のものではなく――いつまでも弓なりに飛んでいきます。

 やりました!

 思ったより遠くへ飛んだ砲弾入りの袋が、家具に直撃します。

 やり過ぎでした。

 石が割れたような“ごうん”と、大木が折れるような“ばきばき”を10回ぶんほど合わせて鳴らしたような、すごい音が鳴ります。鳴り響きます。

 絶対にだれかがいまのを聞きつけて駆け込んで来ると思います。

 目の前に家具だった物が砕けて散らばっている光景は、まさに大砲を撃ちこんだようなありさまです。隠し通せるものには見えません。

 どうやら、砲弾というものは部屋の中で飛ばすには不向きな物だったということがわかりました。

「……どうしましょう」




 わたしは再び父上からお叱りを受け、新たに『砲弾王女』という不名誉なあだ名を囁かれることになりました。

 前にも増して、周囲の目は冷たく厳しくなったような気さえします。

「いつか……好きなことをやれるお勉強部屋を、作ってみたいですね……」

 広くても息苦しく感じる王宮の隅で、わたしはこっそり、そんな思いを巡らせました。

「もしも……好きなことを、だれかとお話しできたら……なんて、そんなことは無理でしょうけど……」

 高望みしてはいけません。

 そんなのはきっと、子どもの夢ですから。そんな――素敵な世界は。

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数字で救う!弱小国家 ~楽しめる数学雑学を述べよ。ただしお話は短いものとする~ 稲穂乃シオリ @nagatanobuori

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